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OCS『Enemy at the Gates』に登場する優秀なイタリア軍部隊

 7月17、18日のミドルアースでの『Enemy at the Gates』プレイに向けて、7月3日のミドルでワニミさんと練習しようということでセットアップの用意をしています。

 そうしている中で改めて、登場する優秀なイタリア軍部隊(のAR)を見て感銘を受けたので『イタリア軍入門』や英語版Wikipediaで調べてみました。OCSはARを見て感銘できるという点でも素晴らしいですよね~!






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 ↑アオスタ候アメデオ皇太子快速師団。ARが5と4が基本! すごい!

 【1942年の】3月に入り……メッセ将軍の要請により『アオスタ候』快速師団は完全な自動車化師団として改編され、2個騎兵連隊が外される替わりに第6ベルサリエリ機械化連隊と第120自動車化砲兵連隊が編入された。その後、夏までに40輌のアンサンドロL6軽戦車装備の第67ベルサリエリ機甲部隊やセモベンテ47mm自走砲を配備した【第3】アレッサンドリア自動車化騎兵部隊【兵科マークにAG:Assault Gunとある】も同師団に所属となり、ようやく独軍に見劣りしない師団編成となった。
『イタリア軍入門』P63、64


 ベルサリエリはゲーム上では「Brs」と表記されています。第6ベルサリエリが機械化連隊と書かれていますが、ゲーム上では自転車部隊になってますね。どうなんでしょ……。ちなみに裏の移動力は徒歩の10移動力で、徒歩で10とかってすごい使いやすいんですよ。67Brsも裏は15移動力あって、平地では攻撃力2倍でいいですね。戦力は低いですが……(^_^;

 ベルサリエリについては、以下。

 ベルサリエリの意味は「狙撃兵」だが、近代では“自動車化歩兵部隊”の役割を担った。……
 第二次世界大戦でベルサリエリ部隊は機械化され、SPA41装甲車やL6軽戦車も配備して高い機動力を有した。これらの部隊は陸軍機甲/自動車化師団に分散して配属されてバルカン、アフリカ、東部戦線と全戦線で投入され、ロシアでは1941年に『アオスタ候』快速師団所属の第3連隊はスターリノ占領にも貢献。1942年には第6連隊も加わり、ドンからドネツにかけての攻防戦を繰り広げている。
『イタリア軍入門』P236


 英語版Wikipediaの3rd Cavalry Division Amedeo Duca d'Aostaを見ていると、「第120自動車化砲兵連隊(指揮戦車として捕獲したT-34を運用していた)」とか、「この師団は1942年12月のドン河沿いの戦いで壊滅した。同師団の約半分は戦闘団として再編成され、1943年2月まで戦い続けた。」とかとありました。






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 ↑黒シャツ部隊(Blackってこと?)の1月3日連隊と3月23日連隊。AR3は平均的ですが、戦力が8と高い!

 さらに国防義勇軍(MVSN)である『タリアメント』黒シャツ部隊に『モンテベッロ』黒シャツ部隊を加えて再編成された『1月3日』連隊が第35軍団に、『3月23日』連隊が第2軍団に配置された。
『イタリア軍入門』P64








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 ↑普通の歩兵師団の方々。資料によっては一部が山岳歩兵師団扱いされていることもあります。AR3は立派かと。

 ……ソ連軍首脳部は、撤退したルーマニア軍の左翼に陣取るイタリア第8軍に目を付け、ここを突破してクライスト将軍の独A軍集団そのものを包囲する計画を立てた。“マルイ・サトゥルン”(小土星)と名付けられたこの新たな反攻作戦は12月11日に始まり、イタリア第29軍団と35軍団が強力なロシア3個軍の激しい攻撃にさらされた。
 かろうじて15日までイタリア軍は持ちこたえて敵を撃退したが、ドン河右翼を越えた赤軍第3親衛軍は迂回してイタリア第8軍の背後に回りこんだ。……右翼では独第298歩兵師団と『トリノ』『ラヴェンナ』『パスビオ』各師団の残余部隊が集結して、22日の赤軍による攻撃を食い止めたのだった。
『イタリア軍入門』P67、68



 イタリア軍の師団名は都市名であることが多いですが、それについてこんな風に書かれていました。

 これらの歩兵師団は一部の例外〈『レ』(国王)『レジーナ』(王妃)や第一次大戦の激戦地に因んだ『パスビオ』『ピアーヴェ』や『ルピ・ディ・トスカーナ』(トスカーナの狼達)等の愛称〉を除き、基本的に編成地方や都市の名称を付けられ、徴兵、招集された兵は兄弟、親戚を構わず同じ部隊に配属された。これはイタリア人特有の郷土愛を高め、郷土防衛軍の意識を鼓舞する考えでもあったが、結果としてイタリア国家としての軍隊への帰属意識が薄れ、開戦後は特に海外に派兵された兵士の士気にマイナスの影響をおよぼしたのであった。
『イタリア軍入門』P232








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 ↑山岳(アルピーニ)歩兵師団の方々。AR4は強い! ドイツ軍司令部も驚嘆したという粘り強さ! ヴィチェンツァ治安師団(治安維持にあたる部隊?)の話も出てきます。

 ……ドン河のイタリア軍陣地左翼の3個山岳(アルピーニ)師団は、年が明けても未だハンガリー第2軍と共に戦線に踏み留まり、『ヴィチェンツァ』歩兵師団とその他の残余部隊、さらにドイツ軍2個師団から新設された第24軍団の増援を受けて、果敢にソ連軍の攻撃を防いで戦線を支えていた。ドイツ軍最高司令部の官報でも数日間に2度に渡って『ユリア』山岳師団の防衛線の功績を称え、ラジオモスクワもこれを確認している。……
 ドン河を越えて迫り来る赤軍を迎えたイタリア山岳軍は、圧倒的な戦力差の中で3日間の激戦を粘り強くしのいだ後、遂に撤退命令を出した。3個山岳師団と残存部隊は零下30度の中で退却戦を続けながら友軍陣地を目指し、26日にはニコライエフカで『トリデンティーナ』山岳師団の一部と独伊両軍残存部隊は敵の包囲網を突破することに成功したが、『ユリア』と『クネーンゼ』山岳師団と『ヴィチェンツァ』歩兵師団はヴァルイキの後方100kmで撃破された。
『イタリア軍入門』P69、70


 山岳歩兵師団についてはこんな記述もありました。

 ロシアではこれらの山岳歩兵師団は、想定されていたコーカサス山脈ではなく、ドン河沿いの平原の戦線を維持する任務に就かされた。戦略的決断のミスのために、山岳戦のために訓練、装備、編成されていた山岳歩兵師団が、機甲部隊や機械化部隊などという対抗のための装備もなく訓練もしていない敵部隊に対して、平原で穴を掘って戦うことになったのである。だがそれにも関わらず、これらの山岳歩兵師団は1943年1月まで戦線を維持し続け、枢軸軍戦線が崩壊すると前進してきたソ連軍部隊によって包囲されてしまった。だが彼らの一部はこの包囲網を突破し、後に枢軸軍が後退先で構築した新しい戦線まで辿り着くことができた。トリデンティーナ師団の約3分の1(15,000名のうち生存者4250名)、ユリア師団は約10分の1(15,000名のうち1,200名)のみがこの退却行を生き抜いたのであった。そして、クネーンゼ師団の兵士達は文字通り全滅したのである。
英語版WikipediaAlpini


 ……山岳戦を想定して輸送・砲用の馬匹を装備した山岳歩兵師団……
『イタリア軍入門』P231

 各師団は基本的に2個山岳連隊と1個山岳砲兵連隊及び1個混成工兵大隊と1個化学戦中隊や各種補給・サービス部隊から構成された。
 1942年5月、『トリデンティーナ』『ユリア』『クネーンゼ』の3師団がコーカサス山岳地帯進撃のためロシア戦線に派遣され、ドン河で展開しニコライエフカ防衛戦で貴重な戦力となった。また、先発の『モンテ・チェルビーノ』山岳スキー大隊はドネツ戦で勇猛に戦い、赤軍から「白い悪魔」と呼ばれたのだった。
『イタリア軍入門』P235,6


 この最後のところで触れられているモンテ・チェルビーノ山岳スキー大隊がこれです(右側)。

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 AR5! 素晴らしい! 『イタリア軍入門』には、P63とP235にこのモンテ・チェルビーノ山岳スキー大隊の兵士達の写真が載っています。P63の方は特に、白い雪中迷彩ヤッケを着てスキー板を担いで進んでいる写真で、これが「白い悪魔」という呼び名の元なのでしょうね。

 英語版WikipediaでMonte Cervino Battalionの項目を見つけましたが、具体的にどんな風に凄かったかまでは書いてなかった……。ニコニコ大百科のイタリア軍の記事には、このモンテ・チェルビーノ山岳スキー大隊の話とあと、アオスタ候快速師団のサヴォイア騎兵連隊という話が出てきますけど、サヴォイア騎兵連隊ってどれ……?

 左のバルボ【?】騎兵旅団も強いですねー(もしかしてこれが↑の騎兵連隊のこと?)。イタリア軍のバルボ将軍と何か繋がりがあるのか、ないのか、調べてみたのですが、とりあえず綴りが違ってました(将軍はBalbo)。騎兵旅団については、戦闘序列の中にあるくらいしか見つけられませんでした……。






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 突撃工兵部隊もAR4で強いです。いい味出してます。

 またドイツ軍を参考にした攻撃型工兵部隊として爆破工兵が組織され、地雷工兵や火炎放射器工兵を含む突撃工兵を養成する学校も1940年3月チビタベッキアに開校。この敵前線の夜間強襲突破を主目的とした部隊は、1942年の北アフリカ・トブルク戦やアラム・ハルファ戦で活躍した。
『イタリア軍入門』P242,3




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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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