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リッチモンド公爵はなぜブリュッセルに来ていたのか?

 先日、リッチモンド公爵夫人の舞踏会の場所についてで触れていた、ワーテルローの戦いの直前にブリュッセルでおこなわれた舞踏会の件ですが……。


 既読の『ウェリントン公爵と皇帝ナポレオン』をたまたまひもといていたら、「はじめに」の中にこのような記述がありました(P10)。

 経費節減のためブリュッセルへ来住していた貴族仲間に公爵が頼みこみ、馬車小屋をあわただしく模様替えして会場としたもので、ウェリントンも深夜までそこで踊って見せた。


 ところが本文の方を見てもここらへんの事情は何も書いておらず……(この本、ウェリントン贔屓であるのはしょうがないとして、索引がないのが泣けますネ。信用できるかどうかはともかくとして、記述量は多いので索引があればもっと良かったのに)。

 以前、町の本屋で見かけていたものの当時は見送っていた、イギリスの公爵家について書かれた『英国の貴族』という本をAmazonで中古で買ってみたのですが、そのリッチモンド公爵の項にはこうありました(P223:チャールズというのがリッチモンド公爵)。

 四代公爵チャールズも元気が良かったが、夫人のシャーロットも元気がよく、血の気が多かった。一八一五年六月十五日、ナポレオンの進撃によるワーテルローの戦い(六月十八日)に備え、シャーロット夫人は海を渡ってベルギーのブリュッセルに出かけ、ブランシセリ街で司令官ウェリントン将軍激励の一大パーティーを開いた。「公爵夫人主催のウォーターロー・ボール」と呼ばれたこの大パーティーは、史上最大の形容を付けて永く語り伝えられたほどの盛事であった。



 この本によるとこの第4代リッチモンド公爵チャールズは、「極めて気骨のあった人物として知られ」ていたということで、かの放蕩皇太子ジョージ(後のジョージ4世)を徹底的に批判して、その弟ヨーク公と決闘までしたとか。


Henry Hoppner Meyer10
 ↑第4代リッチモンド公爵(Wikipediaから)


 彼は軍人で、伯父から公爵位を継いだ1806年には少将であったらしいですが、その軍事的功績については諸資料にあまり触れられてません(Wikipediaに、1794~5年に、西インドやジブラルタルでフランス艦隊と戦った、とある程度)。『Children at the Battle of Waterloo』によると、リッチモンド公爵とウェリントンは「古い友だち」であったそうで、それゆえにリッチモンド公爵は彼の息子達をウェリントンの副官にしていた……と(第1章)。というのは、1806年(7年?)にリッチモンド公爵はアイルランド総督(? Lords Lieutenant of Ireland)となり、ウェルズリーはその部下にあたるアイルランド大臣(? Chief Secretary for Ireland)になっていたので、ここで少なくとも接点があったようです。

 Wkipediaによると、リッチモンド公爵は1815年戦役において、ブリュッセルに置かれていた予備部隊の指揮官であったそうで、そうであるがゆえにブリュッセルに「経費節減のために来住し」、前線指揮官であるウェリントン公爵を一生懸命夫妻ともども応援して、舞踏会を催すことになったのでしょうね。なるほど……! ようやく繋がりました(^_^;

 リッチモンド公爵はWikipediaによると、「カトル・ブラの戦いもワーテルローの戦いも見に行った(参加はしなかったけど)」と書いていると思うのですが、少し検索してみると、『Children at the Battle of Waterloo』の最初の登場人物である彼の四男であるウィリアム・レノックス(15歳)がウェリントンの副官になっていたのにちょっと前に馬から落ちて従軍できなくなっていたのを、彼が配属されていた近衛旅団長メイトランドの同僚副官(18歳)がカトル・ブラの戦いで戦死したというのを聞いて矢も楯もたまらず父親と一緒にワーテルローの戦いを見に行って……という風に複数の資料に書いてあり、カトル・ブラの戦いをリッチモンド公爵にしろ、ウィリアム・レノックスにしろ、見たという記述はないような気もします。

 ただ、『Children at the Battle of Waterloo』にしても、そこらへんの事情は全然書いておらず、同書にいきなりメイトランドに会いに行ったと書いてあるのを読んで私は「なんでメイトランドのところに行くのん?」と思ったのですが、そういう事情なら当たり前ですねぇ(^_^;

 この本、登場人物である子ども達の行動を描写するだけでなく、ワーテルローの戦いにまつわる大小のことごとを詳述していてそういう意味でも面白いのですが、もしかしてその分、途中の事情説明が省かれていたりする? ウィリアム・レノックスが包帯巻いて片目が見えないというのも、第1章には出てこず、第5章になっていきなり触れられててびっくりしましたし(しかし見逃してるのやもしれません←※2016/11/30追記。読み直していたところ、第一章に書いてありました。案の定見逃してました(T_T))。

 同書で特に面白かったのは、ウィリアム・レノックスとリッチモンド公爵がワーテルローの戦場に朝着いて、ウェリントンに挨拶しに行った時、ウェリントンは、

「ウィリアム、君はベッドに入ってなきゃダメだろう。公爵も、ここに用事はあるまい?」

と冗談めかして言ったとかって話で、同書によるとこの朝ウェリントン公爵は見通しは明るいとして上機嫌であったそうです(私が今まで読んだ本では、緊張していた、というのが多かった印象でしたが、色々な説があるということでしょうか)。



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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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