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リッチモンド公爵夫人の舞踏会の場所について

 前エントリで書いた『Children at the Battle of Waterloo』を読み始めてます。ある程度時系列に沿って、複数の子どもについて扱われているようで、最初に出てきたのはリッチモンド公爵の息子ウィリアム(当時15歳)でした。

 ワーテルローにおいて「リッチモンド公爵」と言えば、カトル・ブラの戦いの前日にブリュッセルで開かれていた「リッチモンド公爵夫人の舞踏会」です。映画『ワーテルロー』でも前半に出てきます。

The Duchess of Richmond's Ball by Robert Alexander Hillingford
 ↑1870年代にRobert Alexander Hillingfordによって描かれた絵(Wikipediaから)。

Intelligence of the Battle of Ligny
 ↑1818年にWilliam Heathによって描かれた絵(Wikipediaから)。
 (『1815 The Waterloo Campaign: Wellington, His German Allies and the Battles of Ligny and Quatre Bras』の同挿絵解説によれば、「ミュフリンクがフランス軍によるカトル・ブラへの急進撃の知らせを持ってきているのが見えるが、実際の伝令使はウェブスターであったし、実際にはこの時にはソンブルッフにいたブリュッヒャーがどういうわけかリッチモンド公爵夫人の舞踏会に姿を見せている」)

 以前、1810~1820年のイギリスというエントリで、この舞踏会が午前0~2時とかに開かれていたのは普通のことだったのか……? という以前から疑問について書いてましたが、他にもそこはかとない疑問がありました。

 それは、「リッチモンド公爵はイギリスの貴族だろうに、ブリュッセルに自分の邸宅を持っていたのか……?」ということ。

 ところが、この『Children at the Battle of Waterloo』には、こうありました(概略)。

 (売官によってウェリントン公爵の副官となっていた)ウィリアムは、ウィーン会議に出席していたウェリントン公爵がブリュッセルに向かうとそれに従い、その地でリッチモンド公爵の残りの家族と合流し、彼らは a rented house に居を構えた。


 おおう、ということは、かの舞踏会も借家(借邸宅?)で開かれたのか?

 と興味を持って少しく調べてみますと、割とそれどころでない実情が。

 Wkipediaの「Duchess of Richmond's ball」によりますと、この舞踏会が開かれた場所に関して詳しい記録は残っていないが、1888年にある人がそれらしい場所を発見して、その広さは37m×16mであったとのこと。ちなみにバスケットボールのコートが28m×15mだそうですから、それよりちょっと長い程度ですね。

The Duchess of Richmond's ball (the coach-maker's depot)
 ↑舞踏会があった場所と1888年に推定された馬車置き場(Wikipediaから)。


 「舞踏会」と言えばアニメとか映画では、かなりの広さの場所でおこなわれているイメージがあるのですが、そういえばこの「リッチモンド公爵夫人の舞踏会」は、絵画にしろ映画の中でにしろ、やや手狭な場所でとして描かれている感がありました。

 しかもその場所なのですが、リッチモンド公爵が借りていた邸宅自体ではなく、その裏手にあった馬小屋、あるいは馬車置き場、あるいは馬車整備工の作業場であった場所(雨の日にはリッチモンド公爵の娘達がそこでバドミントンをしてたりした)をリッチモンド公爵夫人が一生懸命に舞踏会場として飾り付けをしたものだったようです。

 “There was never such a ball”によると、「全ての柱には花や緑樹で花輪の飾り付けがされ、壁は赤、金、黒色の厚手のカーテンがかけられた。」

 『Children at the Battle of Waterloo』でも「ダンスホールとするべくふんだんに飾り付けられた」とあります。

 しかし、後世の絵にあるような立派な柱や、柱や壁に見られる彫刻、それにシャンデリアなんかは本当はなかったのだと理解すべきでしょうか。


 また前記ウェブページによると、招待された客は224人で、うち女性が55名。かなり狭い。リッチモンド公爵家自体がイギリス貴族でもかなり上位の家のようですが、そこにウェリントン公爵(彼は初代ですが)、オラニエ公(ネーデルラント国王の息子)、ブラウンシュヴァイク公爵、アクスブリッジ卿なども参加していて、かなり豪華な出席者だったという認識らしいです(そうなの?)。

 出席していたブラウンシュヴァイク公ですが、すでに手持ちの『The Battle of QUATRE BRAS 1815』(Mike Robinson)でも「死を予感しているかのように青白い顔だった」(P108)と書かれていたを見ていたのですが、『Children at the Battle of Waterloo』上でも、「死を予感したかのように激しく身震いしていた」と書かれていました(そして実際に彼はこの翌日、カトル・ブラの戦いで亡くなります)。

 『Children at the Battle of Waterloo』ですが、若者向けということで、ひょっとしたら体裁が歴史物になっているだけのフィクションだったりするのではないか(洋書でも子ども向けのノルマンディー戦ものとかだとそういうのがあるのを見つけてました)……という危惧を抱いてもいたのですが、出てくる人物がえらい具体的で割と細かいですし、「ウィリアムはお金で副官の地位を買ってたんだ! 当時はそれが普通だったんだけどね!」(もっと抑えた書き方ですが)とか、「ウェリントンは横柄な態度で有名で、彼の冷たい態度は容易に忘れられないようなものだったから、誰もが彼に尋ねるのを躊躇した」ってな感じで書いてあったりと、よくある子ども向けに「いい話」にソフティフィケートされた感じではないのかな、と好感を持ってます。

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ワーテルローでの女子ども

 ここんとこ、軽い風邪をもらってしまって重いことができないで寝てばかりいます。

 本当ならブリュッヒャーのことについて着手したいのですが、できず……。

 で、適当にKindleの特価本でも探そうと色々やっていたら、ワーテルローの戦いの時に戦場にいた子ども達に関する本があるのを見つけました。



 しかも、若い子向けに書き直された本だとかで、ちらっと見てみたところ難しい単語があまり使われてない印象があります。

 単純にワーテルロー全体を扱った本だとかだと他の手持ちの本とかぶりますが、こういう特殊なところに焦点を当てた本で、しかも子ども向けに書き直されていて単語があまり難しくないとなれば、あまり調子の良くない時にでも読んで楽しめるかもと思って、(在庫がなかったのもあって)Kindle版で購入して、B5の両面用紙に印刷して冊子にしてみました(115ページになりました)。

 あと、本当はナポレオン戦争中の女性についてのことの方により興味があるのですが、この本関係で検索していて、ワーテルローの戦いの時の女性に関する雑誌記事の公開版を見つけました。

Napoleonic Wars: Women at Waterloo

 元々は『Military History』という雑誌の記事のようです。これも印刷して、分からない単語を書き込みながら読み始めてみています。

 個人的には雑誌の記事程度が分量的にも読むのにちょうど適しているので、記事が1つ50円とか100円とかで読めるとかになってくれるとありがたいですね~。

『ナポレオン一八一二年』がものすごくよかったです

 だいぶ前にちょこっと読んでいて、かなり長い間放置していた『ナポレオン一八一二年』をここ十数日かけて読了しました。



 ものすごく良かったです! 以前のエントリで「読みにくいんじゃないかと思うから後にしよう」とか書いてたんですが、いやいや、これこそを他のロシア遠征本の前に読むべきだった……(T_T) (このエントリも参照)

 文章が平易で、地図もかなり完備されていて、作戦面の動きが非常に分かりやすいです。分析的な記述も興味深いですし、特に良かったのがロシア軍側のアレクサンドル皇帝、バルクライ・ド・トリー、バグラチオン、クトゥーゾフの人物像や行動に関する詳しい記述があったこと(それに比べると、フランス軍側の人物に関する詳しい記述は、コランクール辺りを除けばあまりないですが)。他のロシア遠征本(和本)と比べた時に、まっさきに読まれるべき本だと確信しました。

 個人的には、ウージェーヌが随所で活躍しているのが興味深かったです。ウージェーヌに関して洋書など調べて詳しく知りたいなぁと思ったりしましたが、いやいや、そんなところまで手を出しちゃダメだよ……(洋書の積ん読が多すぎるのに)。

 最後まで読むと出版案内のところに、『アレクサンドル1世』があったので、注文してみました(昔持っていた様な気もするのですが……)。



 『ナポレオン一八一二年』上でもアレクサンドル1世の人物像が非常に興味深かったのですが、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の妻ルイーゼとの関係(ルイーゼ側が憧れて一時期仲が良かったが、ティルジット和約でルイーゼは裏切られたと感じた)とか、1813年戦役、1814年戦役でのブリュッヒャーとのやりとりやなんかが書かれていればなぁ……と期待してます(が、どうなんでしょ)。

『TUNISIA』普通の展開?

 前エントリのミドルアース大阪ですが、私は前半は睡眠不足?で死んでおり、後半は『TUNISIA』でチュニジア戦の最初の史実を確認し、その後こかどさんが『TUNISIA』のシナリオ1を研究プレイするのを横で見ておりました。


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 史実を本で確認してますと、連合軍は↑の写真の黒矢印で進撃してきて○のところで激戦してその後も前進、チュニスまで12kmのところ(1ヘクス8km程度なので、2ヘクス先辺りか)で88mm砲で撃退され、その後また○のところまで戻ってそこでドイツ軍によって包囲されるも、青色矢印の根元のところに空挺降下してボロボロになっていたアメリカ軍部隊がふらふらとやってきて包囲環が閉じられるのを阻止したとか……。

 チュニスの2ヘクス先まで来られていたとなれば、それは確かに大変な状態だったのだなぁ……と再認識しました。また、アメリカ空挺部隊の降下先などもなかなか興味深い……。



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 その後こかどさんの研究プレイを見ていたのですが、第1ターン表の連合軍は「これは、最低限防御態勢を整えて、この後の攻勢準備ですね」と。今まで第1ターンから全力で殴り合うというのしか見てなかったので、「なるほど、これが普通のプレイなのか!?」と(^_^;

 考えてみると、私のこの前の連合軍プレイは「防御に気を遣うこともなく、殴るわけでもなく、まさにピクニック気分で前進」しており、そうすると側面を抜かれてボロボロになるのは当然だなぁと思いました。

 あと、第1ターン裏で枢軸軍側が第501重戦車大隊をチュニスに揚陸することもできる、という事に気付きまして、今まで第1ターンから殴り合いだったからかSPを運ぶこととのバランスを考えていたからかもですが、501は揚陸できないと思い込んでいたので、認識を改める良い機会になりました。


 第2ターン裏くらいまでやっていたのですが、いわゆるこの「普通の展開」?を見ていると、割と史実通りに展開するので、「おおー、なるほどなぁ」と。頭が死んでいたので何もできないかと思っていたのですが、また勉強になりました。こかどさん本当にありがたいです。

ミドルアース大阪に行ってきました(2014/08/17)

 ミドルアース大阪に行ってきました。OCS『TUNISIA』もやったのですが、それは別エントリにして、ミドルアースだけの報告を。

 といっても全ての卓などは撮ってないので、写真を撮ったものだけ。


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 なぜか、伝説のビッグゲーム、SPIの『WAR IN THE PACIFIC』が広げられていました。初めて見ましたわ……。



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 SCSの『THE MIGHTY ENDEAVOR』。最近までその存在も知らなかったのですが、ノルマンディー以降ベルリン陥落までを一人が英米軍+東部戦線ドイツ軍プレイヤー、一人がソ連軍+西部戦線ドイツ軍プレイヤーとなって再現するのだとか。

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 インストはもちろん、コマを切るのもその場でやっていたという……!(^_^;


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 上陸寸前のセットアップ。しかしルールが簡単なSCSだからか、少なくとも第7ターンまでは進んでいたらしいです。

『Reluctant Enemies』ソロプレイ第2ターン

 続けてOCS『Reluctant Enemies』の第2ターン裏までをやってました。

 第1ターン裏のヴィシーフランス軍ですが、英連邦軍が海岸沿いの川を渡河した先端部分を全力でボコれそうだったので、ボコってみました。

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 すると防御側2ユニットが壊滅!(1ユニットはどうせ戻って来ないコマンド部隊です)

 続けて第2ターン表もヴィシーフランス軍が取って、連続ターンとなったので、川向こうの2ユニットも「もし砲爆撃が成功してDGになったらやろう」と思ってやったならば……。

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 この2ユニットも壊滅! 川越しの攻撃だったので、さすがに1ステップ損害程度にとどまるかと思っていたので、2ユニット壊滅は若干驚きでした。これで海岸沿いの進撃路では英連邦軍はぼろぼろの様相を示してきましたが……。


 ヴィシーフランス軍は、中央の峡谷でも戦力を前方へ送り、英連邦軍の攻撃に耐えられるような雰囲気が出てきました(連続ターンになってなければやばかったろうと思います)。

 前回エントリにコメントでさとうさんに教えていただいていた、トランス・ヨルダンの方面ですが、一応やり直していたのですが、ヴィシーフランス軍の騎兵ユニットがこの位置にあればかなりうざいのではないかと……(青い○)。

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 茶色い○のヘクスに、その右下にずらーっと並べた自由フランス軍ユニットが増援で到着する(しかも増援登場時に燃料供給済み……だと?)のですが、青い○の場所へは予備モードになっても1ターンでは戦闘モードの面を表にしては届かず、最前線の騎兵ユニットがやられなければ一般補給も届くし、輸送トラックごと2Tを抱えてもいます。

 尤も、うっとおしいのはうっとおしいけども、何ができるのかというと微妙?(^_^; アンマンに守備部隊を置いておかせるという効果と、航空基地を取れる可能性がある程度かも……。


 さて、第2ターン裏。イギリス連邦軍は海岸沿いに進撃するのは一時的に断念し、次のターンに川沿いに出られる程度にのみ進むにとどめます。で、中央の峡谷のヴィシー軍側の守備態勢が完全に整ってしまう前にVPヘクス(VPはどうでも良くて、その後背に出られる地点の確保という意味合いで)を取れないものかと全力を傾けてみたのですが……。

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 リアクションフェイズに後ろから騎兵ユニットがそのヘクスに入ってきてしまうも、「……多分ここはやるしか?」と航空爆撃と砲撃をおこなうも両方ハズレ。DGになっていなくてはそもそも比が立たないので、攻撃を断念……。というか、この配置だと回り込まれて補給路を断たれる可能性も……? 前線での攻撃に全力を傾けたので予備部隊もないし……。

 第3ターンの表をイギリス連邦軍が取れば問題はないのですが、もしヴィシーフランス軍側が取ったら、悲劇的なことが起こるかも……。やっぱ、ぎりぎりに背を伸ばしての攻撃は良くないですかね~(でも多分そういうプレイの方が、史実により近くなるとも思われますが)。

 イギリス連邦軍は、補給(SP)の到着量は少なめなのですが、補充で6ゾロを出し、『Reluctant Enemies』特有の回復ルールと相まってこれまでに失った(再建不可能でない)3ユニットのうち2ユニットが前線に復帰してまして、トータルの損失ではヴィシーフランス軍の方が数倍に達してますので、まだ優位かな……?

『Reluctant Enemies』ソロプレイ第1ターン表

 盆休みに入って9連休なので、『Reluctant Enemies』のソロプレイを通してやってみようと思っています。

 まず最初に、前回思っていたことなんですが、勝利得点ヘクスに分かりやすいように水性ペンでフチを付けてしまおうと。『Reluctant Enemies』は2つあるシナリオのどちらでも必ず勝利得点ヘクスを参照するので、プレイのたびにいちいち参照するのはめんどくさい。で、サドンデスヘクスは赤、2VPヘクスは紫、1VPヘクスは青でフチを塗ってしまいました。

 で、まず第1ターンの表(英連邦軍ターン)をやってみました。


【以下、さとうさんからコメントを頂いたルールの部分を忘れていて間違っていたので、うすーく灰色表示にしておこうと思います。この薄い灰色表示の部分はルール間違えによるミスなので、参考にされませんよう(^_^;】


 前回(OCS『Reluctant Enemies』お試しプレイ)には私は西半分しかやらなかったので、今回初めてじっくりと東半分を考えてみたのですが……。

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 ↑の写真の部分、最初真ん中の4-3-5騎兵ユニットを殴りに行くんだろうなぁ……と計算してたんですが、いやいや、明らかに戦力も移動力も足りない。というか、航空基地の左下にむき出しの補給集積所があるんですが、SPがどうとかよりも第2ターンにそのヘクス自体に自由フランス軍ユニットが大量に湧くので、そのヘクスを守らなければならない(? ヴィシーフランス軍に占領されていたら出てこない?)。

 しかも周辺のヴィシーフランス軍には騎兵ユニットや自動車化ユニットが複数あって、それらが走ればサドンデスヘクスであるアンマン(Amman:写真右)を占領できてしまいます(青い矢印)。もしイギリス連邦軍側がなんの手当もしなければ、第1ターン裏、第2ターン表と連続ターンになればヴィシーフランス軍は何の苦労もなく「はい、アンマン取りました。勝ちです」となってしまう……!?

 「いやいや、それはやばすぎるでしょ。ここは第1ターンは守勢で、第2ターンから攻勢の場所なのだろう……」ということで、補給集積所とアンマンにユニットを送りました(茶色い矢印)。

 実際、ヴィシーフランス軍はこの地域で第1ターンにはかなりいやがらせをできるように思いました。


CIMG050313.jpg

 ↑第1ターン表終了時です。

 海岸沿いではコマンド部隊3つのうち2つが吹き飛んだものの、最初に渡っておくべき川をなんとか渡ってヴィシー軍ユニットを2個とばしました。その一つ東の荒れ地の中の戦闘はダイスの目が悪くイギリス連邦軍ユニットが一方的に1つ壊滅。他の2つはまあ順調にユニットを飛ばしまして、計ヴィシー軍の損害は4ユニット、英連邦軍の損害は3ユニット(うち2ユニットはどうせ一般補給路が繋がったら消えるコマンド部隊なので、実質1損害)。

 ヒストリカルノートを訳している最中なのですが、この直後、ヴィシーフランス軍は反撃を敢行し、英連邦軍をびびらせています。特に真ん中上部の山脈の西側の部分で大反撃をおこなったようです。

ブリュッヒャー本の評価




 『Blücher:Scourge of Napoleon』の序文を読んでいましたら、他のブリュッヒャー本の評価が載っていました(XVIIIページ)。

 まずドイツ語でのブリュッヒャー文献で2つの主要な作品があり、ほとんどその2つ(のみ)を参照するものが残念ながら多い、と。私が全訳した『The Hussar General』もその例に漏れず、またこの本は非常に面白いのではあるが文学創作的な点が多すぎて、事実とフィクションの境界が曖昧だと……(司馬遼太郎作品みたいなものか……)。



 私もこの本は、文学的表現(ある意味、中二病的な表現)が割と出てくると思ってまして、そうすると訳が難しくなるのでとりあえずそれで苦しみました。『Who was who Napoleonic Wars』のブリュッヒャーの項ではこの本は「英語で読める伝記では最も重要なもので、他の伝記作品の詳細な目録も含んでいる」と書かれてもいるのですが、なるほど、そういう問題があったか……。


 そしてまた、以前『ブリュッヒャーとプロイセン』第1回で書いてました他の2つの英語文献に関して。

 これまでに英語で出版されたブリュッヒャーの伝記は、2つしかない。最初のものは『The Life and Campaigns of Field-Marshal Prince Blücher』(London 1815)であり、ワーテルロー直後に書かれたに違いないが、それゆえこの伝記は明らかに不十分なものであった。この本には非常に多くの誤りが含まれていたが、とは言ってものびのびとした価値があり、作者は複数の目撃者をインタビューしている。

 2つ目の英語によるブリュッヒャーに関する著作は、Ernest F.Hendersonの『Blücher and the Uprising against Napoleon』(New York 1911)であるが、古くさく、タイトルが示している様にこれもまた不十分なものである。

(『The Hussar General』P258)



 『The Life and Campaigns of Field-Marshal Prince Blücher』に関して『Blücher:Scourge of Napoleon』は、「聖人伝に近いものになっているので、注意深く使用されねばならない」と書いています(P454)。

 『Blücher and the Uprising against Napoleon』に関しては「ブリュッヒャーの前半生に関する詳細が欠落しているので、ちゃんとした伝記だとは考えることができない」と書いています(P454)が、そうするとこの本は信憑性に関してはまあまああるということなのでしょうかね……? 『The Hussar General』の解説でも、「古くさい」とは書いてますが、内容が信用できないかのような表現はありませんし……。


 で、当の『Blücher:Scourge of Napoleon』について著者自身はなんと書いているかというと、「この本はドイツ、ロシア、フランスの史料を基礎にしており、ブリュッヒャーの全体像を描き出す上で異なったアプローチの長所を取り入れたものになっています。」とのこと(XVIIIページ)。


 当初は『The Hussar General』のみでブリュッヒャーについて書こうかとも思っていたのですが、シル少佐の件でもあったように、単一の資料のみに当たると「コピペ」になってしまうのが気にかかる面もあり、これで4つの資料がある状態になったので、そこらへんの懸念は解消できるかも……。

 本に書き込む形で読めるようになってきたので、電子データの状態でのみ存在している『The Life and Campaigns of Field-Marshal Prince Blücher』を印刷して読みやすいようにしてみました。

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 460ページほどもあって、両面用用紙に印刷するとものすごく分厚くなったので、3分冊に……。

シル少佐本と英単語

 シル少佐本が届きました(OCS4.1aとシル少佐関連で書いていたものです)。



 見てみると、全9章のうち最初の3章がシル少佐自身の行動の記録で、第4章もその直後あたりに関して。第5章から後世への影響が始まる感じでした。結局120ページ程度がシル少佐自身に割り振られており、まあちょうどいい程度かなと……(本自体は313ページ)。


 ここ数ヶ月、当時のドイツに関する記述を含んだ和書を複数読んでまして、いやが上にも興味関心が深まってます。↓の一番左の本をたまたま古本屋で買いまして、その後Amazonでその他の本を探して読みました。



 個人的にはナポレオン戦争当時のドイツに関しての話が散見されるので読んでいて興味深かったのですが、そこまで興味のない人にお勧めするようなものでもないかなとは思います(^_^; でも一番右の本はフリードリヒ・ヴィルヘルム3世とその親族の話や、将軍達に関する話も出てくるのでそこらへんに興味のある人には良いかも。


 買ってからシル少佐関係で少し紐解いたりした他は積ん読状態になっていた『Blücher:Scourge of Napoleon』ですが、序文を読み始めてみたらブリュッヒャーの能力に関しての詳しい記述で、ハマりました。とりあえずは今までに手に入れた本におけるブリュッヒャーの能力分析に関してまとめてみて、その後1800年頃から1807年にかけてのブリュッヒャーとその周辺のことがまとめられないかな……と考え始めてます(今まで作業が進まなかったのは、ブリュッヒャーが参加した1790年代の革命戦争関係のことにいまいち興味が持てないでいたのにそこをやらなきゃならないと考えていたからだと判明……そこを飛ばせばもっと気持ちよく作業ができる!)。




 それから、分かる英単語の量を増やすことが必須だというのはずいぶん前から分かっていて、電子単語カードなど色々色々色々……やってきたのですが、きっちり全部挫折してきました(以前にも同じ事書いてましたが、その後もまた色々手を出しては挫折していたのです(T_T))。しかし! 今度こそ! たぶんもしかしたらひょっとして恐らくは大丈夫かもしれない……手段を開発しました!

 というのは、私が常用している電子辞書である英辞郎には良く使われる単語について、1(最も良く使われる1000語)、2(次に良く使われる1000語)、3(次に……)……と12まで(つまり12000語)のレベルが割り振られているのですが、洋書に分からない単語の意味を書き加える際にこのレベルも⑥とか⑪とかっていう風に書き込んでしまおうと。で、やってみるとレベル⑥辺りが割と多くて、⑥以下のものをとりあえず暗記する努力をしてみると良いのでは(で、⑦以上はしばらくは放置)という気がしたので、⑥以下のやつには消せる蛍光ペンで○をしてみる、と。時々③とか④とかもあるので、それは大きく○をして特に覚えなきゃいけないよ、と。で、覚えたら○を消すこともできます。



 だいぶ前に、「興味のある文と一緒でなきゃ単語は覚えられないのでは」と思って、電子単語カードに洋書の文を引っ張ってきたりもしてみたのですが、めんどくさくて挫折。その後も単語だけを単語本とか単語カードとか単語ソフトで覚えようとして挫折してきたわけですが、自分がめちゃくちゃ興味のある本に分からない単語のレベルを書き込んで、そのレベルの低いものから覚えようとすれば、その洋書は良く開くわけだし、興味のある文がそこにあるわけだし……で、自分にとってかなり良い方法なのでは………………………………ということになんでもっと早く気付かんかったんやー!!!

 喜ばしさ4割、悲しさ6割というところでしょうか。


 といっても、洋書に分からない単語を書き込むことによって読んでいく……という方法は実力的に長らくそこまでできないでいたのも事実で、ここ半年くらいでようやくできるようになってきた様な気がします。

 というか、一度だいぶ前にそれをやってみようとしたことがあったのですが、その時にやってみたとあるその洋書の部分が、政治的な駆け引きが二転三転して展開も訳が分からない……というような部分だったので、それでその時は挫折してしまったのではなかろうか、その時もっと分かりやすくて面白い部分を選んでいたならば……ということに思い至りました……。

 うおおおーん。泣けますわぁ……。

『TUNISIA』反撃なるも……?

 久方ぶりに『TUNISIA』キャンペーンの続きをやってきました。

 前回は、史実通りに攻勢をとるものだと思って怖ず怖ずと攻勢っぽく進んでみたら、おっとろしいほどに枢軸軍側に懐に侵入されてしまい、どうにもならなくなったところまでを扱いました(『TUNISIA』枢軸最大限進出!?をご参照下さい)。

 で、第2ターン(第1プレイヤー)の連合軍の移動の続きなのですが、南方の内陸部にも枢軸軍部隊がかなり進出されてしまっていていて、次に連続で枢軸軍ターンが来る可能性を考えるとこのターンに増援で来たアメリカ第1機甲師団を内陸部への抑えに回さざるを得ません(補給源ヘクスに入られてしまうと補給がストップしますし……)。

 で、(また)手拍子で防御的なヘクスにユニットを配置しようとしたのですが、「防御しか考えないのは良くないですよ」的な助言を頂きまして。「守りを固めて、とかではなく、相手を脅かす」「あえてリスクをとって、どこに回すか」ですよ(他色々)、と。

 ふむー、と考えまして、アメリカ第1機甲師団を前の方に展開させるようにしました。下の写真で、下方から出ている黒い矢印です。

CIMG050309.jpg

 さて、包囲下になってしまったイギリス第6機甲師団と第78歩兵師団なのですが、

1.とにかく下がって一般補給を繋ぐ(一部の部隊は助からない)。
2.チュニスとビゼルタへ向かって突進する(ARで負けており、距離的にも苦しい?)

 の選択肢の他にも、その間の中間地で相手の補給線を脅かす、という手があるかと思いました。
(しかしこの意図は結局、もう一本南方の鉄道線を相手が確保していたのを見逃してまして、あまり意味がありませんでした……そうとは分かっておらずに、そこにアメリカ第1機甲師団が突っ込む選択肢を考えてもいたのですが、予備部隊を確保したいと考え、そうすると戦力的に無理かなと思って断念してました。ただ結果的に、その予備をとっておいた為に補給集積所を失わずにも済んだので……)

 写真で一番上の位置から下向きに矢印を引いた場所の第6機甲師団は、その向きに緑色のイタリア軍戦車ユニットを殴った後、あわよくば青色の矢印向きに進んで、ドイツ軍の5-5-8(!)ユニット殴ることを考えます。

 その左側の第78歩兵師団は悩みに悩みました。下がって一般補給を通すのが良いかなとも思ったのですが、その後殴られやすくなって、結局意味がないように思いました。で、結局、第6機甲師団と共にイタリア軍戦車ユニットを殴ろう、と。

 この時私が一番恐れていたのは、黄色い矢印で示した進撃路を枢軸軍がこの後とってくることで、本気で進撃されたら恐らくどうにもならないのではないか、そして補給源であるBoneの港湾も失わざるを得ないのではないか、とも思っていたのですが、どうやってもその戦線に回せる戦力が皆無なので、どうしようもない。もう開き直って、「来るなら来いやぁ」の心境。はっ、これが、「あえてリスクをとる」なのですね!? バキッ!!☆/(x_x)

 第6機甲師団と第78歩兵師団による全力攻撃ですが、「補給が2T余ってるけど、どうせ相手に取られるなら」と期待せずに砲兵で撃ってみたら、望外に当たり! DGになって相手戦力は1.5に。こっちの総戦力は31だったので、軽障害の最大比率18:1が立ちました。でも良く考えてみると、突破でこれらの部隊が動けるようになるAe2の結果を得るには、それでも若干目が良いくらいでなければならない。

 振ってみたところ、割と良い目で、Ae2を獲得! これはそのままドイツ軍ユニットを殴る目処が立ったか……しかも平地で第6機甲師団の機甲ユニットと機械化ユニットは戦力2倍と1.5倍だひゃっはー! と思ったら、突破フェイズにも燃料を入れなければならないのに燃料がない事に気付き、動けないことが判明(T_T) しかし残りの歩兵で全力で殴りに行ったら……割といい目で「Ao1 DL1o1」 防御側壊滅!(攻撃側は1ヘクス退却を選択)

CIMG050311.jpg

 ↑壊滅させた枢軸軍ユニット。


CIMG050310.jpg

 ↑白い○が、それらのユニットのいた場所。


 ある程度の戦果にほっとしましたが、考えてみると、望外に当たった砲撃も含め、すべてのサイの目が良い方に偏っていました(私には非常に珍しいことに)。このうちのどれか一つでも良くなければ、こんな戦果はあり得なかったわけです。おおおおおおおおおおおおお。


 この後、第2ターン裏の枢軸軍、第3ターン表の枢軸軍、と枢軸軍が連続でターンを取りましたが、ワニミさん曰く「あの2ユニットが飛ばされてしまって、ユニットが足りない」とのことで、延翼運動や包囲強化、守備強化などに費やされたようで戦闘は起こらず。連合軍ターンが来たのですが、最近日中でも眠くてしょうがないのがやってきてしまって、この日はこれで終わりということにさせてもらいました。

 ただこの後、第6機甲師団と第78歩兵師団はおおかた全滅せざるを得ず、この連合軍ターンで何ができるか……です。

 以下、ちょっとメモ的なこととして。

■航空輸送が可能なユニットは常に移動モードの面を上にした予備モードにしておいた方が良い。というのは、リアクションフェイズに航空基地に空輸して1/4の移動力で移動可能なので。

■No Flightターンがあった場合、次のターンの表のリアクションフェイズに、裏側プレイヤーは空輸で部隊を運んだり、SPを運んだりした後、自分の裏ターンが来たら整備して再度運べる。つまり、裏側プレイヤーは半ターン分早く空輸できる。

□「第1プレイヤーターン」と「第2プレイヤーターン」ですが、「第2ターン」とかと併記する時ややこしいので、通称で「表」と「裏」ではどうでしょうかね?

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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