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オラニエ公やブリュッヒャーの容姿について

 体調は良くないのですが、『イギリス摂政時代の肖像』が面白くて読み進めてます。

 その中に、オラニエ公(ウィレム2世)の容姿に関する記述が出てきました。

 彼は細身で病身かと思わせる青年で酒に弱かった……シャーロット【ジョージ4世の娘】は彼があまりにも醜男なので彼をまともに見る気持ちが湧かなかった……(P120)

 シャーロットは青白くか弱そうなオラニエ公子をはっきりと嫌だと思う様になり……【婚約を破棄した】(P139)


 えらい言われようです。この本は基本、誰かがかっこいいとかよりは醜いという描写が良く出てくるっぽいのではありますが……。

YoungwilliamII

 ↑オランダ語Wikipediaにある、1815年のオラニエ公。そんなに醜男には見えませんが、あくまで肖像画なので美化されているのでしょうか。


King Willem II

 ↑1849年の彼(もうウィレム2世になってます)。この肖像画だと、顔が長すぎ、額が大きすぎるような気はします。

 『Waterloo:Companion』にはオラニエ公の容姿について以下の様な記述があります。

ワーテルローよりずっと以前から、この王子は2つのありがたくないニックネームを付けられていた。「Slender Billy(細長いビリー【ビリーはウィリアムの愛称】)」は彼の長い首によるもので、「Young Frog(若ガエル)」は彼の高い額を、その父の「Old Frog(老ガエル)」と区別して付けられたものだった。(P99)



 細くて額が高かったのは事実のようです。「醜い」というのは、この部分によるものなんでしょうか(別に気にしない人も多いと思うのですが)。



 また一方で、ブリュッヒャーの容姿について、恐ろしく褒められているのにびっくりしました。

 ブリュッヒャーには群衆が押しかけた。彼の銀髪と「美しい容姿」はイギリス人の目に一種の聖軍人と映り、人々は彼の馬車のながえを争って引っ張ろうとした。彼が自分の軍馬に乗ってハイド・パークを通り抜けたとき、「今まで見たうちで最も肩幅が広く最も頑丈な老軍人」と称えられ、男女を問わず自分の馬に乗って彼を追いかけ、身の危険を冒しながらも英雄に近づこうとした。(P135)


 私はブリュッヒャーの体格について、なんとなく小さい体を想像していた(老人だから?)のですが、背が高いかどうかはともかくどっちかというと体は大きく、肩幅は特筆されるほどに広かったようです。『The Hussar General』にも、彼の若い頃の描写として「大きな身体」「頑丈な体で、肩は広く」とあるのを先日再認識しました。

Blücher (nach Gebauer)


 あと、ジョージ4世の外見について、私は2~30歳代くらいのある程度のイケメンをなんとなく想像していた(あれだけ愛人を作りまくるわけだし……偏見?)のですが、実際には1810年の時点で48歳のでぶでぶと太った茶目っ気のある容姿で、様々な不安感から優しい女性の愛情に飢えていた……という様な記述を読んで、勝手な想像とのギャップに驚愕してしまいました(^_^;

George IV bust1

 ↑1814年のジョージ4世。むしろかっこよく見えるのですが。


 あとこの本に、「皇太子麾下の第10軽騎兵隊」という話が出てきまして、プロイセン軍なんかでもそういうの存在してますが、ジョージ4世の部隊だという事になっているということで興味を持って調べてみました。

 ネットで見てると、ジェントルマンって何? vol.7には「王太子の友達部隊」とあって、そこらへん詳しく知りたいところですが、『イギリス摂政時代の肖像』にはそこらへんの話までは出てこず、英語版Wikipediaの10th Royal Hussarsにも出てきません。

 バタイユシリーズの『La Bataille des Quatre Bras』にユニットとして入っているかと思って探したところ、10th Hussarsというのはあるのですが、これ?

10hussar01.jpg10hussar02.jpg

 『Waterloo:Companion』などで調べたところ、ワーテルローの戦いの時にはイギリス軍戦線の最も東の方におり、ほとんど戦いに参加しなかったものの最後の追撃にちょっとだけ参加したようです。『Waterloo:Companion』には各部隊に関する詳しい記述が載っており、この部隊に関しても結構な長さの記述があるのですが、ジョージ4世だとか摂政だとかっていう単語は全然出てこず、これが『イギリス摂政時代の肖像』に出てくる第10軽騎兵隊なのかどうか、あまり確信が……。Wikipdiaにはワーテルローの戦いにも参加したとあるし、他に10thの名前の騎兵はないっぽい様な気がするので、一応これっぽいのですが。『Waterloo:Companion』の著者は、ウェリントン卿の欠点の部分についてまるで興味がないかのように絶賛しかしていないのですが、そういう「興味のあるなし」の部分にひっかからなかったものか?

 10th Hussarsは第二次世界大戦時にも戦車を配備されて北アフリカ戦で戦ったようで、OCS『DAK2』でユニットを探してみたものの、見つからず。シモニッチ『The Legend Begins』(日本語版)にはユニットになってました。

10hussar03.jpg

 OCS『DAK(1と2)』は、コマンドマガジンのいくつかの記事によれば戦闘序列が信用できないらしく、その不満から日本語版『The Legend Begins』ではユニットも追加されていたりするものか(あまり良く分かっていない)、そこらへんからの事情なんでしょうか?

(2014/3/31追記:コメントで、『DAK2』の第2機甲旅団ユニット(第1機甲師団所属)の中に、その他の諸連隊と共に第10軽騎兵連隊は入っているはずとのご指摘をいただきました。ありがとうございます!)



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1810~1820年のイギリス

 寒暖の差の中で自転車通勤しているゆえと思うのですが、この週末超絶喉が痛くなり風邪の症状を呈してきまして、何もできないのでAmazonで適当なワードで検索して眺めておりました。

 たしか「ナポレオン 戦争」で検索していたと思うのですが、それでいくつか興味深そうな本がヒットしたので、注文してしまいました。



 一番左の『ナポレオンの軽騎兵』は、オスプレイ和訳本のナポレオン関係書籍の中で唯一買ってなかった本(他は、『ナポレオンの元帥たち』『ウェリントンの将軍たち』)なのですが、以前見た時は中古で2000円くらいしていたので諦めてました。が、今回見てみたら500円くらいだったので、買ってみようと。

 『イギリス摂政時代の肖像』は、1810年~1820年という、ジョージ4世が摂政だった時代を扱った本です。『The Hussar General』にも摂政ジョージ4世とブリュッヒャーが若干からむシーンがあったりしたのですが、なんといっても厳格な父王ジョージがジョージ4世ら兄弟の不品行によって狂ってしまって……とか、当時のイギリスの国内の様子とかに興味がかなりあるので、古本が1000円以内で買えるのでこれは良いだろう、と。

 『バイエルン王国の誕生』は、もくじを見る限りナポレオン時代のみがほぼ扱われているようであり、当時のドイツ諸侯がどんな感じであったのか非常に興味があるのと、書評を見てると単独で読んでもかなり面白いということであったので。


 で、その中で『イギリス摂政時代の肖像』がまっさきに届いたので、ちょっと読んでみました。まず驚いたのがジョージ3世の精神異常に関しての詳しい説明でした。

 国王ジョージが先天性のポルフィリン代謝異常症を患っていたのは事実である。当時の医学では、この病名、疾患はいずれも知られていなかった。その症状には激しい腹痛、止まらないおしゃべり、精神錯乱の様相が見られた。
(同書P317)


 国王はこの疾病に過去四回襲われていた。最初は彼が二○歳代半ばのとき、二回目は五十歳代のとき、次は六三歳、その次は六六歳のときだった。症状はいつも同じ興奮状態 - 「精神の興奮と過剰なおしゃべり好き」、不眠、および腹部のひどい痙攣であった。単純に言えば国王が判断力を失ったように思われた。彼は何時間もしゃべりつづけ、その言葉は時おり非常に早口になり支離滅裂になった。おしゃべりをやめられないようだった。彼は矛盾したことを言い何度も繰り返し、誰もいない空間に向けて演説し、ますます支離滅裂になり、声がかれ静脈が紫色に浮き上がり膨張するまで、しゃべりつづけた。
(同書P10)



 今まで読んだ本だと大体、ジョージ3世の精神異常は息子らの不品行がもたらしたものという感じで、またその詳しい症状もこれほど書かれてなかった様な気がします。ブリュッヒャーの妄想などについて興味を持っていたところだったのですが、ジョージ3世のこの件を読んで、「やはり現代なら、こうだったと分かっている症例とかがあるんだな」と思いました。




 そしてまた、この本は「巧みな切り口により読者を物語の現場に誘い込み、詳細な叙述によって歴史の現場に居合わせた気にさせる」(同書P372の訳者あとがきより)と書かれていて、実際読んでいて大変面白いんですが、その中に「うおお、なるほど!」と思う様な記述が。

 というのは、同書P21~2辺りにある、「イギリス上流階級は午後3時ころから動き出し、夜10時~真夜中頃に上流階級の馬車が大量にゴゴゴゴゴゴと動き回り、朝方になって眠りに就き、昼過ぎに起きる」という話で、なんでこれにそんなに興奮するのかというと、ワーテルロー直前の6月15日にブリュッセルのリッチモンド公爵夫人のホールで開かれた舞踏会に関して(映画『ワーテルロー』の前半に出てくるあれです)。

The Duchess of Richmond's Ball

 『Ney vs. Wellington』(TSR)のヒストリカルノートによれば、ウェリントン公爵が舞踏会のホールに到着したのは、「やや遅れて、午後11:00を少し回ってから」。真夜中頃にウェリントンが「真夜中の食事」をとろうとした時、重大な報告の入った封筒が届けられる。で、午前2:00頃にウェリントンは「いつもの私が寝る時間になったようです」と言って退室し、リッチモンド公爵の書斎へ入って地図を確認し、

「ナポレオンめ、まんまといっぱい食わせおった! 神よ! やつは24時間私より行軍において進んでいるぞ!」
 ウェリントンは怒って大声で叫んだ。
「どうするつもりだね?」
 リッチモンドは尋ねた。ウェリントンは手近な小さい鉛筆を拾い上げ、
「私はすでにカトル・ブラに軍を集結させるように命令している」
 と言い、地図上のその場所に素早く下線を引いた。
「しかし我々がここで彼を止められないなら、私はここで彼と戦わねばならない。」
  ウェリントンは鉛筆を下へ置き、指でワーテルローの地域を指した。


 という、現在では恐らく虚構だと推察されるようになってきている有名なエピソードへとなるわけですが、それはそれとして別に、私がずっといぶかしく思っていたのが、その時間帯。

 午後11時~午前2時(を中心としたその周辺の時間帯)に催される舞踏会ってどうなの? と。普通の現代日本人の感覚が想像するとすれば、舞踏会ってのは午後7~10時くらいって感じのものじゃないのかなぁと思うのです。ところがリッチモンド公爵夫人の舞踏会のように午前2時過ぎに舞踏会が終わったとして、そこから帰る女性陣達は、治安の良い日本の感覚でも「危ない」という感じがするでしょう。

 で、このリッチモンド公爵夫人の舞踏会というのは、当時としても異常な時間帯であったのか、それともごくふつーの時間帯であったのかという様なことが気になっていたのですが、今回この本で、「ごくふつー」であったことが良く分かりました(^_^;


 以前、オラニエ公が10歳にも達しないうちに将軍の地位に就いたという記述について疑問に思っていたのを、『歴史群像』の記事でカール大公も同じように10歳にも達しないうちに将軍の地位に就いたということを知って、「あ、それがごくふつーだったのか」と得心したのとまったく同じですね。


 ただ、まだ非常に謎に思っていることがありまして、それはワーテルロー会戦関係の本を読んでいると、指揮官にしても兵士にしても、起きる時間が超早い(これはヨーロッパは緯度が高くちょうどワーテルローの時期は日が長くて午前4時だったか5時だったかで日が昇るらしいので、不思議ではない)のですが、寝る時間もまた超遅いこと。特にウェリントンとナポレオンは、一日の睡眠時間が2~4時間くらいしかないのがザラ。超重要な時期なのでやるべきことをやってたら睡眠時間が短くなるのはしょうがないとしても、一般兵士も睡眠時間が彼らほどではないものの短そうなのが気になってます。



 あと、Amazon上でみつけはしたけど、買ってないものとして。



 ナポレオンに嫁いだマリー・ルイーズの伝記本を日本人が書いているのは知りませんでした。マリー・ルイーズに関しては、ナポレオン2世が「私の母は、私の父にそぐわない人間だった」という様な事を言ってたり、ナポレオン没落後すぐに別の男性に籠絡されていたりというあたりしか分かっておらず、それほどいい印象を持っていなかったのですが、先日読了したコレンクールの『ナポレオン ロシア大遠征軍潰走の記』ではナポレオンがマリー・ルイーズのことを「賢い」とか「気丈」とかってべた褒めに褒めて、嬉しげに手紙をコランクールに見せつけてくるとかってシーンが何度も何度も出てきて、実際この時期マリー・ルイーズもナポレオンに対してべた惚れであったらしい……という感じのことを知って、印象が変わりました。

 で、興味はないわけではないんですが、私の知りたいメインのところとはずれると思うので、そこまでは手を出さないで置こうと、買ってない状態です。


 あと、『近世ヨーロッパ軍事史』の方ですが、2014年2月発売ということなんですが、その著者がアレッサンドロ バルベーロ氏であることを知って「えっ」とびっくり。私が最初期に買ったワーテルロー洋書である『The Battle: A New History Of Waterloo』の著者でした。



 この本、3分の1くらい訳したところで止まってしまっているんですが、かなり面白い本だと思います。それに数あるワーテルロー本の中でも評価が高い。ので、『近世ヨーロッパ軍事史』の方も良いのかもしれません。ただこれも、私は近世ヨーロッパ軍事史全体に興味があるわけではないので、本屋で立ち読みしてみて、買うだけの価値がありそうなら買うという事にしようかなと思います。


『The Hussar General』をやっと完訳

 先日、英語で書かれたブリュッヒャーの伝記本である『The Hussar General』をやっと(とりあえず)完訳させました。



 文字数で30万字程度、自分用にB5用紙に2段組で印刷して冊子にしましたが、168ページになりました。

 で、これをもとにして、他の資料も参照しながらブリュッヒャーに関する日本語の(当たり前ですが)伝記記事を書こうと思うわけですけども……。

 今まで『ブリュッヒャーとプロイセン』という題名でこのブログ上で原稿を書き始めてましたが、プロイセンの国土の変遷やプロイセンの将軍達などにも手を広げて書こうというのが無理すぎるという反省に至りまして(^_^;。でもそれが例えば10ページ程度の記事としてブリュッヒャーの伝記を書くなら、それほど大変ではないだろう……とも思ったのですが、10ページ程度じゃ短すぎるんじゃ……といっても、縛りなしで書くとなると長くなっていきがちだし……と色々揺れ動いております。

 一応、ほぼブリュッヒャーのみに焦点を絞った、ある程度充分な、しかし詳しすぎないような伝記にする……という案を考えるのではありますが、そこのバランスを具体的にとっていくのが難しいんでしょうがってばどってんばってん

 希望として、「地図はいっぱい入れたい」「登場人物に関するコラムなどもあったらいいなぁ」と思うのですが、これも放っておくと私という人間は冗長散漫になりがちだと思うので、「あるべき」ものに限り作り、冗長っぽものはばっさり切り捨てる方がいいかと思ったりしております。


 ところでこの『The Hussar General』ですが、読んでいると本当にブリュッヒャーは精神状態や体調が極端に悪い時期が何回もありまして、「ああいうのって、現代医学の観点から見ると○○という病気だった……ということが分かったりするのかなぁ」と漠然と考えておりました。

 ところが、昨日(ここ数週間買おう買おうと思っていた)『脳内麻薬』という本を買えて読んでいたら、びっくり、ブリュッヒャーの症状そのままと思えることが書いてある!(P32)

 ドーパミンは前頭前野を興奮させ、意欲的にさせる物質ですから、大量に分泌されると過剰な興奮が生じます。その結果以下の様な症状が起きると考えられています。

(1)興奮状態になり、時には攻撃的になる
(2)アルコールやタバコの依存症や過食など、ある種の行動がやめられなくなる
(3)幻覚を見たり、妄想を抱いたりする(統合失調症)

(中略)

 一方、ドーパミンが不足すると、例えば次のような症状をもたらします。

(1)意欲や興味、好奇心などが減退し、無気力な状態になる

(以下略)






 これがまさにブリュッヒャーにぴったりで、イライラが押さえられない攻撃衝動、ギャンブル依存症、自分は象を妊娠したに違いないと妄想を抱いたり、1814年戦役でパリが陥落すると超絶無気力状態になって死にそうになったり。

 同書によると(P45)、ドーパミンが出過ぎないように、逆の作用をするセロトニンという抑制性の神経伝達物質が出ているということなんですが、ブリュッヒャーはもしかしてこのセロトニンがあまり出ないで、ドーパミンが出まくる人で、出まくって前半部分の様になり、出過ぎて枯渇して最後の様な症状になったのだ……とか?

 あくまでドのつく素人判断なんですが、ドイツではブリュッヒャーの症状についてとか研究されてたりするんでしょうか。



 あと先日、割と無気力状態の時にてきとーに検索用語を入れてウェブサーフしてて、『The life and campaigns of Field-Marshal Prince Blücher, of Wahlstatt』というグナイゼナウが書いたらしき本がGoogleブックス上にあるのを見つけました。著作権的に保護される期間を過ぎた本なので、ウェブ上で全部見ることができます(フリーソフトを使ってPDFファイルをダウンロードすることもできます)。

The life and campaigns of Field-Marshal Prince Blücher, of Wahlstatt

 といっても、訳したりはせずに、ただ、『The Hussar General』を読んでいて状況が良く分からない様なことがある時に、そこら辺を参照して参考にする程度にしようかと思ってます。ただ、本文の最初のところにブリュッヒャーを称揚するような文があり、これを訳してみたらなかなかに感動的でもあり、また『The Hussar General』を読んできた印象ともかなり一致し、また分析的で良いなとも思うので、引用してみようと思います(P41:ただ、直後にブリュッヒャーの家系が古くからの貴族だったんだとか書いてあるのは、どうも現代から見るとちょっと嘘っぽい、称揚する本にありがちな「良いとこばかり書く」(ウェリントンの『公爵と皇帝』とかもそんな感じがあります)かとも思うので、そこらへん、基本「称揚してます」って感じで見ておかないとダメだと思いますけど)。

 ……彼の人格は、嘘偽りのないその率直さ、人々に好かれた自由な話し方など、素晴らしい人柄の結合によって際だっており、それが彼に、兵士達からの限りない信頼と愛情とを得させることになった。彼は兵士達のことをいつでも「我が子ら」と呼び、兵士達は彼のことを話す時に「親父」以外の名前で決して呼ばなかった。危機における断固とした態度と決断は、世界第一級の指揮官に比肩した。戦いの興奮の中、重要な攻撃における緊張状態において、攻撃のために部隊を率いる彼の勇気、大胆さ、沈着冷静さは異彩を放っていた。彼は毅然たる者を褒め称えるのを常とし、彼の態度は動揺する者達や行動の遅い者達にとって模範となった。だが、なによりも彼をこんなにも栄光の頂点へと達せさせたのは、彼の見せた戦場の敵の周到な計画と機動をするどく直感的に洞察し見通すその力であった。敵のどんな移動も彼の鋭い目による警戒を逃れることはできず、どんな時でも彼の決断はすばやく、その命令は遂行された。彼の軍事的力量と、兵士達への愛情の深さと、その統制と、意志の固さの前には、どんな距離も遠すぎるということはなく、克服できない障害などはなかった。彼の思慮深さ、用心深さと冷静さは、勝利の時にさえも、活力のあるやり方とうまく混じり合って、占領地を守り、彼の勇敢な軍の英雄的な偉業のもたした成果を確保する上で、あらゆる場合における最も良い結果をもたらした。……




最近読了/読み始めたミリタリー関係書籍について

 最近読了/読み始めたミリタリー関係書籍について書こうと思います。結構良いものが多い様な気がします。




 独ソ他の空軍本を古本で買ってみましたに書いていた内の1冊ですが、これ非常に良かったです。第二次世界大戦の軍用機について、戦略爆撃機や偵察機なども含めて、1機種数ページで非常にいい感じで紹介されており、今まで数冊購入してみたこれ系の本の中ではピカイチだと思いました。

 OCSやってるのとの関連で言えば、『TUNISIA』に輸送機扱いで出てきていたイタリアのサヴォイア・マルケッティ SM.79なんかが一項目があったのに感嘆しました。ただ、OCS的には非常に重要な輸送機(元爆撃機)であるドイツのJu.52は載ってなかったのですが、Wikipediaを見ていると、第二次世界大戦の時には非常に旧式であったからという事でしょうか。というか、割とWikipediaを見れば良い、という説も成り立ちそうですけど(^_^;






 ロシア遠征本を読み始めましたで挙げていた残り2冊のうちの1冊です。『ナポレオン1812年』の方を先に読み始めていたのですが、途中行方不明になった(後でちゃんと出てきた)ためこっちのコランクールの本を読み始めたのですが、「手記だから読みにくかろう」という予想を裏切って、非常に読みやすく、また興味深く、むしろ引き込まれました(訳者あとがきを読むと、元の手記はやはり同じことの繰り返しの記述や、日本の読者にとっては興味の薄い事項なども数多く書かれているらしのですが、それらを訳者が注意深く選別して、読みやすい様にしてくれたらしいです。すばらしい!)。

 コランクールに暗い見通しをきかされてもナポレオンが割と強引に楽観的に「ロシア遠征したいんだよ」という感じなのが良く分かります。後知恵的に「ナポレオンは愚かだった」というのは簡単ですが、基本的にあそこまでほとんどあらゆる事がうまくいってきた(うまくいかせてきた)人物がそうなってしまうのはしょうがなかったのだろうという気がします。

 またロシアの焦土戦術はナポレオンにとって全くの予想外だったのみならず、どの兵士達にとっても全く予想外で、恐怖を感じさせるものだった……という様な記述が「なるほどなぁ……」と。これも我々は後知恵で知っているわけですけども、当時ナポレオンや兵士達が、「おそらくロシア側はこうするだろう」と当時の常識から予測していたことがまずあって、それを裏切るものとして結果が来たのだという時系列を重々押さえておかないとやっぱり物事は分からないという気がしました(これはチャンドラーの『ナポレオン戦争』なんかを読んでいてもそうで、チャンドラーは事前に各陣営がこういう予測を立てていたのだけどもそれが外れて修正して……というところを詳しく書いてくれるので、非常に興味深いです)。

 一般兵士達が経験した極寒による恐るべき状況に関しての記述は少ないですが、軍事作戦についてはわりと詳しく書かれており、またロシアからパリへの逃避行についてもかなり詳しくてその部分も興味深く読めました。




『明断と誤断 戦史エッセイ』(a-gameでの通販ページ)

 ゲームマーケット大阪行ってきましたに書いてました、大木毅さんのCMJ上などでの戦史記事をまとめた冊子本です。

 主な内容は以下のもの。

 クルスク戦の虚像と実像
 新説と「新説」のあいだ
 冬のアイロニー
 作戦が政治を壟断するとき
 SS中佐 パウル・カレル
 極光の鷲たち
 ある不幸な軍隊の物語
 百塔の都をめぐる死闘


 特に、クルスク戦に関する新説(今までのクルスク戦の定説は虚像だった!かも)、冬のアイロニー(モスクワ反攻ができる、というスターリンの誤謬が、むしろ後のヒトラーの破滅をもたらした)、パウル・カレル像(偏ったプロパガンダ的な人物としてのパウル・カレル像)あたりが非常に非常に興味深かったです。

 あと、「ある不幸な軍隊の物語」はイタリア軍の弱さ(あるいはそれにも関わらず奮戦したこと)に関する分析記事で、私はCMJ上ですでに読んではいたのですが、あらためて線を引きながら読みまして、もうホントに非常に興味深くて、「やっぱイタリア軍は面白いなぁ」と。OCSやる上でもある意味愛しさを感じると思います(^_^;



 で、そのイタリア軍と連なる話ですが、実は「なんでこの本をもっと早く買っておかなかったのか」という本を「発見」しまして……。



 この左の『ムッソリーニの戦い』という本は、右の『北アフリカ戦線 (欧州戦史シリーズ (Vol.5))』の巻末で紹介されている北アフリカ本の一冊なんですが、今までもこのページは何回か見ていたはずなのになぜかスルーしてまして、最近その存在に気付いてAmazonで注文してみたのです。そしたら、イタリア軍の戦いに関して結構詳しい話が載ってまして、「これだ、これこそが今まで知りたかったことなのだ……!」と感涙状態にさえ……(^_^;

 といっても、前線での戦いの記述はあまりなく、ムッソリーニvsイタリア軍の将軍達という部分の記述の方が主な様な気がしますが(^_^;、それでもムッソリーニがどういう考えでそういう戦争を命じたのか、それに対して将軍達がどういう考えでどう反応し、どういう事をやったのか、またイタリア軍の実力としてどこらへんまで可能そうだと彼らが分析していたのかとか、そういう辺りがかなり分かりやすく書かれていて、非常にいい感じに思われます(まだグラツィアーニ攻勢あたりまでしか読んでません)。

 一方で、人気のある『イタリア軍入門』なんですが、私はこの本を通読するのがつらく、部分部分しか読んでなかったのですが、(以前もちょっと書いてましたが)私は「分析的な本」が好きで、「事実を淡々と書いた本」が苦手であるという事から来るものなのだろう……という事をここに来てますますはっきりと自覚しました。大木さんのイタリア軍分析記事が超面白かったのですが、その参考文献に『イタリア軍入門』も挙げられていたのもあって、自分の傾向の限界をわきまえた上で「分析的な部分に特に着目して」ぜひもう一回目を通してみようと思ってもいます。





 それから、雑誌ですが、『歴史群像』のここ最近の2冊。



 この2月号と4月号、前者に「ナポレオンの元帥達(前編)」と「アウステルリッツ会戦までの流れ」、後者に「ナポレオンの元帥達(後編)」と「アウステルリッツ会戦」の記事が載ってまして、それがなかなかに良かったです。

 「ナポレオンの元帥達」、すごく良いのですが、非常に非常に残念なのが、すべての元帥に関する記事でなく、一部の元帥しか紹介されてないこと、それに一人の元帥に関して割かれたページが(肖像や戦場画込みで)半~1ページで、「書きたいことは色々あるけど紙幅が少ないから詰め込みました」感がものすごくあること。

 5回だとか10回連載とかでいいので、1人あたり1~3ページくらい使わせてあげてくれたら! 参考資料も複数あげられていて、もっといっぱい書けるはずなのにそれを紙幅の為にけずられてしまうのはもったいないです……。と言っても、「紙幅」問題はどうしようもないことなのだと思いますが。

 アウステルリッツ記事の方は、R/Dさんが1805年12月2日アウステルリッツで指摘されている様な「定説とは違ったアウステルリッツ」の話は全然出てきません(でもそれはある意味当然でしょうね~)が、地図と、特に状況説明が非常に分かりやすくて頭に入って来やすいのが本当に秀逸だと思いました。特に2月号の方における、クトゥーゾフ、カール大公、ダヴーの動きに関する説明が非常に良かったです。

 先日『ナポレオン戦争』の1806年戦役の、開戦前のプロイセン軍の作戦案に関する文を読んだのですが、いやはや、地図を参照せずに読んでいるから当たり前なんですが、全然頭に入ってきません(^_^; これまで他の洋書でもそこらへん訳していても頭に入ってこないのも、地図を見ずに訳してましたから……。

 ここらへん、地図を入れる、地図を見るということも重要ですし、また説明が分かりやすいかどうかというのも非常に重要ですよね。一朝一夕に簡単にできることではないと思います……。



 で、最後に。確か『歴史群像』のバックナンバーのどれかを見ていて引用元として見つけたのだと思うのですが、第442連隊などの日系部隊に関する本として、『ブリエアの解放者たち』という本があるらしく、注文してみました。日系部隊には興味を持って今までも本を探してきたのですが、この本の存在は全然知りませんでした。



 これが! ちょっと拾い読みしてみただけでも涙ぐむほどに心に来る本で、超オススメであると思いました。日系人二世や一世の情緒的な部分の描かれ方が本当に秀逸であると共に、白人の側の考え方も良く分かる様に書かれていて、「なんで日系収容所とか作ったねん」という様な疑念にも「なるほどなぁ……」と思わされるし、そこらへん、「事実を淡々」でない、私にとって非常に相性の良い本であるということなのかも。これも、「なぜこの本を今まで見つけられてなかったのか……」と思いましたが、題名的に日系部隊の本であるのがわかりにくいからですかね……。


 と、いっぱい本を挙げましたが、ほとんど古本で(Amazonで)買ってるので、それほどお金がかかってないのがすごいですね……。『歴史群像』は新刊で買っているんですが、これから1806年戦役が連載で扱われると思われるので、少なくともしばらくは「出たら買い」状態になるでしょう(実は『歴史群像』は古本などで買っても、一部の記事しか読んでないんですが、なるべく多くの記事を読む様にしたいです)。

『TUNISIA』シナリオ紹介

 『TUNISIA』のシナリオ紹介です。

 以下、あくまで私の個人的な見解です(Wikiに掲載予定ですが、事実誤認や意見の相違などありましたら、どんどん書き換えて下さい。というかWikiとはそういうものですが……)。




シナリオ1:The Race for Tunis(チュニスへの道)
使用マップ:A
シナリオの長さ:14ターン
開始ターン:42年11月15日
終了ターン:42年12月29日

CIMG050301.jpg

 トーチ作戦でアルジェリアなどへ上陸した連合軍が、チュニスを押さえるために大急ぎで走ってくるのを、これまた大急ぎでチュニジアに戦力を投入した枢軸軍側がそれを撃退しようとする……というシナリオです。

 両軍ともに初期戦力はかなり少なく、補給もかつかつで、それどころか最初は司令部さえ存在しません。戦線が存在しないところから、どこで守ろうとするか、反撃しようとするかが問われることになります。連合軍にはある程度の数の増援が到着しますが、それを苦労して前線まで持っていかねばならず、またアクションレーティングの低さには悩まされるでしょう。

 両軍ともに空挺降下できる可能性があり(史実では連合軍側が複数箇所に空挺降下しています)、慣れてくるとその点に目配りが必要になってくるでしょう。

 シナリオの長さは14ターンですが、最初の5ターンのみが11月で天候悪化の可能性が低く、12月に入ると泥濘の可能性が高い時期となります。ユニットの少なさや、最初の5ターンで一度ゲームに区切りをつけてみる可能性を考えると、入門用に適しているとも言えると思います。もちろん、14ターンで勝利条件を競うことも楽しめるでしょう。




シナリオ2:The Battle for Kasserine Pass(カセリーヌ峠の戦い)
使用マップ:AとBの一部
シナリオの長さ:3ターン
開始ターン:43年2月15日
終了ターン:43年2月22日

CIMG050302.jpg

 有名なカセリーヌ峠の戦いを扱ったシナリオです。連合軍の配置のまずさを突いて、ロンメルが連合軍を東西に分断してしまおうと、シナリオ使用範囲を駆け抜けます。実際にそうであったように、アクションレーティングの差がかなりあります。
 
 ユニット数はほどほど、シナリオの長さは3ターンと、入門用にやってみるシナリオとして恐らく最適ですが、マップの使用範囲がマップAの一部とマップBの一部と非常に中途半端なので、カラーコピーや印刷でマップを用意するのが良いでしょう(ただしマップ外として、枢軸軍の航空基地2つやシシリーボックスなども使用するため、マップ端からどれだけの距離にあるかを分かりやすくしておくするのがオススメです)。

 枢軸軍の予備的な補給物資のほとんどが第10装甲師団のいるファイド峠にあり、枢軸軍は恐らくここから補給を通すために打通をおこなわねばならないでしょう。




 シナリオ3はシナリオ1の時点から始まるキャンペーンゲームで、チュニジア戦のすべてを再現しようとする、58ターン以下という長丁場シナリオです。




 シナリオ4はシナリオ2の時点から始まるキャンペーンゲームで、初期の部隊展開と泥濘の時期をすっとばし、その後の戦いに焦点をしぼったキャンペーンで、32ターン以下の長さです。




シナリオ5:The Battle for the Mareth Line(マレト・ラインの戦い)
使用マップ:Bの一部
シナリオの長さ:8ターン
開始ターン:43年3月5日
終了ターン:43年3月29日

CIMG050305.jpg

 モントゴメリー率いるイギリス第8軍が、枢軸軍の防衛線であるマレト・ラインから、北西方向へ突破しようとする戦いを扱います。海岸沿いは陣地が8つあり、そのすべてを奪取するか、あるいはその背後の港を占領することが勝利条件です。

 史実では山脈を抜けて背後から攻撃をしかけたイギリス連邦軍に対してDAKの装甲部隊は自軍を逃がすために必死の反撃をおこなっており、陣地戦と機動戦の両方への目配り、バランスが問われるのではないでしょうか。枢軸軍の陣地線の、特に第一線は長く保持できるものではないと思われるので、戦力の引き抜きが重要になってくるでしょう。

 使用マップ範囲の狭さに比べてユニット密度はある程度ありますが、大したことはありません。山脈の西では寄るべき地形の乏しい地獄の機動戦になると思われ、しびれるシナリオではないかと思っています。




シナリオ6:The End in Africa(アフリカ戦線の終焉)
使用マップ:A
シナリオの長さ:11ターン以下
開始ターン:43年4月22日
終了ターン:43年3月29日

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 チュニジア戦の最終盤を扱うシナリオで、枢軸軍の勝利(チュニスとビゼルタの失陥を防ぐ)はあり得ないという、悲劇的なシナリオです(そのため競技プレイをするならば、攻防を入れ替えてどちらが早く勝利条件を達成するかを競え、とルールに書いてあります)。

 連合軍の戦力は圧倒的で補給は潤沢、対して枢軸軍側はほとんどの師団が残余戦力わずかで、補給上の効率も良くないという状態です。枢軸軍による反撃さえどれだけ可能かは分かりませんが、史実を追体験し、DAKの最期に思いを馳せることができるでしょう。


ミニゲーム詰め合わせを持ち運ぶ

 コマンドマガジンのyas_nakgさんのブログで、先日のゲームマーケットで初心者の方々に『太平洋戦史』をインストした件について書かれていて、興味深かったのでコメントを書かせてもらいました。太平洋戦争海戦もののミニゲームも作ってくれたら……という話も添えまして。

(多少ルールを間違ってプレイしても)エエんやで

 そしたら(かあるいは以前から構想があって?)、すぐに作られていて、びっくり!

『太平洋の試練』をゲームにすると


 すごいっすわー。ぱないす! もう、期待しまくりです。


 先日のエントリには書きませんでしたけども、当日は無料配布の「ガザラの戦い」というミニゲームも大量に置かれていたので、3枚ほどもらってきていたのですが、MustAttackでサイフォン谷村さんの開発者ブログへのリンクで見て、pdfでネット上に置かれているのを初めて知りました。おおおお。これがあれば、無料配布分が手元になくても大丈夫ではないですか! 初心者の方とか、あるいは初心者に配ろうかと思う方とか、ぜひぜひ。

BGO(盆栽ゲームズ・オンライン) ガザラの戦い


 実は先日から、ミニゲームをA4ジップロック1個に入れて持ち運ぶという事を考えまして、それをゲームマーケットにも持っていってました。入れてあるゲームは、

・『1813諸国民戦争』(GJ28号:1813年戦役)
・『赤い夕陽のナポレオン』(CMJ52号:1814年戦役)
・『日露大戦』(ウォーゲームハンドブック2011:1904年日露戦争)

 でしたが、それに『ガザラの戦い』も加えることにしました。これら全部やったことない状態だったんですが、先日『赤い夕陽のナポレオン』はインストプレイしてもらったので状況はちょっとましですね(^_^; その他のゲームも世間の評価が高いです。私は基本ヘクスゲームだけをやりたいのですが、1813年戦役には興味があって、世間の評価が高いので、『1813諸国民戦争』もやってみようかと。

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 というか、先日「OCSと激闘!シリーズ以外はやらない(『France'40』は除く)」とか言っていたのをさらに無視していますが(^_^;

 トレイはボードウォークとかイエローサブマリンで売っている、透明のやつを使ってます。このトレイ、端の部分が薄くなっているのでA4ジップに入れるのには非常に都合がいいですね。

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ゲームマーケット大阪行ってきました

 2014年3月9日のゲームマーケット大阪に行ってきました。

 といいましても、実は朝一の設営から参加で、前日あまり寝られなかったこともあり、ようやく12時前くらいから会場を見てまわって買い物を始めたんですが、一通り巡った後はぐったり(^_^; 数時間ほどはサンセットブースで放心状態でいました。

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 ↑今回の戦利品です。

 真ん中のマミさんのカードゲームは去年その存在に気付いた時にはすでに売り切れていたもので、会場で見て『やった! あれは見に行こう』と思ってました。で、卓へ行って説明書を読んで笑いました。「後輩の前でかっこいいとこ見せようとするマミさんが基本的にマミられるゲーム」 これは買いだろうとGET!

 あと、SNEの『ゴーストハンター13』という、TPRGをタイルでGMなしでやるとかいうゲームが面白そうだと思って、あらかじめ買うつもりでいたのですが、すでにして売り切れ。しょうがなく今Amazonで注文しました(会場内で買えた方がはるかに安かったのですが、しょうがない)。




 基本的に今回はあまり散財せずに手堅くいこうと思っていたので、興味を持ったものを説明聞いたりしたものの、よほどでなければスルー。ただ、写真の『POWERS』というカードゲーム(トランプ併用)は、手軽にできそうな史実ゲームっぽかったので買ってみました。

 それから、コマンドマガジンブースでは大木さんのこれまでのCMJ上などでの戦史記事をまとめた冊子を購入しました。こういうのはぜひどんどんやって欲しいです。CMJやGJの過去の戦史記事やゲーム記事なんかもまとめて電子書籍や、冊子にしてぜひ販売していただければ~。


 会場では色々な方にお会いして、ちょこっとずつ話したりしました。サイフォン谷村さんはAndroid上にCMJの無料配布「ガザラの戦い」を移植しておられて、その画面に私は結構興奮しました。「第二次世界大戦陸戦ものをぜひサイフォンさんで出してくださいよ~」とプッシュしておきました。できればPC上で。Androidなら2.3でも動くとありがたいです(^_^;

 私が一番興味あるところの情報の不確実性をゲームに織り込むというのは、原電系ゲームでこそやりやすいことだよなぁ……と最近とみに思うことなのです(が、自分で作るとかはプログラム能力とかないので、私にはどうにもなりません(T_T)) 『Unity of Command』や『大戦略』をちょっと試してもみたのですが、前者はユニットの動かし方が若干ゲーム寄りすぎ(1ユニットずつ移動戦闘なので、その効率テクニックを考えるのがメインになりすぎる様な気がしました)、後者も似たところがありますが兵器にフィーチャーをあてすぎだと感じてしまって、どうも入り込むことができませんでした。兵科記号使用でゲーム寄り過ぎないウォーゲームが今後出てくれたら、貢いで応援したいです。情報不確実性もぜひ。


 サンセットブースでは基本、出品されている中古ゲームを眺めてぐちーずさんやBluebearさんらとお話ししたり、疲労の余り放心したりしていたのですが、Bluebearさんが私がMustAttack上で「『赤い夕陽のナポレオン』をソロプレイしているつもりです」というのを書いているのを見ておられて、ようやく疲労度がましになってきた頃に、プレイしてみることになりました。しかし私はルールをまったく読んでおらず(すいません)、全部Bluebearさんに教えてもらいながら……。

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 以前Bluebearさんがプレイされた時には、第3ターン終了時に連合軍は都市を4つ取っておかないとサドンデス負けするのだけど、それがどうにも取れないので試してみたいということでしたので、私はフランス軍を担当させてもらいました。

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 ↑第3ターンの途中で時間切れ終了となりました。割と急いでやりましたのでお互いルールミスも含んでですけども、Bluebearさんは強行軍を大いに活用されて「そうか、こうしたら目があるのか! いやー、今回やれて良かった」と喜んでいただけたようで良かったです。

 私は強行軍を全然活用できてなかったんですが、それでも作戦的状況とか考えて結構面白かったです。今回はからずもインストしていただき(ありがとうございます!)、またルールも読み込んでプレイしてみたいと思います。1814年戦役をとらえるにはやはり地図とゲームが非常に役立つとも思いますし……。


 ゲームマーケット大阪は、今回参加人数2000人超らしく(前回は1500くらいだったとか?)、大いに盛り上がってました。過去2回に比べて、女性の人数、コスプレしている人、それに小さい子どもの人数の増加が特に目に付いたように思います。このままどんどん人数増えるとかって、若干怖い気もするんですが(^_^;、しかし喜ばしいことかなぁと。

GJ友の会でオランダ&カセリーヌ

 3/2のGJ友の会に行ってきました。

 普段そんなに人数来ないのですが、今回は最初からミドルアース大阪の人達もぞろぞろやってきまして、みなさんで何をやるのだろうと思っていたら、出版されたばかりの『フリードリヒ最大の危機』が始まってました。

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 6人で一国ずつ持ち、デザイナーの中村さんがマスターも兼ねるというやり方で、皆さん大いに検討&楽しまれていたようです。


 私は、ワニミさんと共に、富山のK氏にOCSのインスト。K氏は『The Blitzkrieg Legend』オランダシナリオを半ターンだけやってみただけという事でしたが、ルールを読み込んでおられて、空挺降下の時に「移動モードでの移動力が6までのユニットは輸送の時のサイズを半分で換算する」というルールをK氏から聞いた私とワニミさんは「なん……だと……!?」という体で、「ということは『TUNISIA』での空挺降下や、海上輸送の時も半分ではないか……!」と大興奮&パニックに。「これが分かっただけでも今日来たことの元はとれた」とか言う始末(^_^;

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 しかし、ナイメーヘンからフラーフェ(Grave)(黒い矢印)へは、たとえ特別作戦で橋梁をかけたとしても、オーバーランできないのでは……? という問題が発覚したり(今までできると思い込んでたっぽく。『The Blitzkrieg Legend』オランダ第1ターンでもオーバーランしてました)、燃料について解釈の分かれるところが出てきたりで、すぐに問題解決が可能でないっぽく士気崩壊

 で、持って行っていた『TUNISIA』のカセリーヌ峠シナリオをやってみましょう、そっちの方がいいでしょう、ということになりました。

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 とりあえず第1プレイヤーのドイツ軍を動かしてみられたK氏は、第15装甲師団などでカセリーヌ峠までの連合軍を確実に撃破していきます。これが全部移動フェイズ中のオーバーランによるもの。私などは、「いやいや、カセリーヌ峠の敵ユニットは戦闘フェイズで殴るべきなのでは」とか言っていたのですが、「そんな悠長なことを言っていては、枢軸軍は勝てない!」と一蹴され(^_^; で、その様子を見ていて悟りました。「そうか、ロンメルはすべてのギャンブルが成功するという前提で動いていたのだな……」と。

 ワニミさん分析では、今回K氏のサイの目は若干良い目で安定しており、それも成功の要因であろう、と。私の様に2Dで基本的に4の目しか出ないのとは違うのですバキッ!!☆/(x_x) それゆえ私はモントゴメリー的進撃しかせず、すでにワニミさんにはモントゴメリー認定されているとのことでした。一方、K氏はまさにロンメルの様な鬼神の進撃。

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 戦区の東の方、ファイド峠の第10装甲師団や第21装甲師団も、着実に連合軍ユニットを吹き飛ばしていき、一掃してしまいます(史実ではいくらか連合軍部隊が峠近辺に残ってしまっており、その掃討に時間をとられた。私の一回目のプレイでもここには連合軍部隊が残りました)。


 今までのカセリーヌ峠シナリオの経験では、「これは史実通り、ドイツ軍は勝てないシナリオだろう」と我々は言っていたのですが、今回「もしかしたらこれは、ドイツ軍は勝てるかも……?」という流れに。

 で、連合軍ターンもK氏が練習のため連合軍を持ってプレイされてみたのですが……。

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 連合軍戦力を見てワニミさんは「これは弱い……(T_T)」と仰っていたのですが、K氏指揮のもと、ファイド峠付近の荒れ地に残っていた枢軸軍の7戦力歩兵を連合軍部隊が殴ってみたところ、サイの目が良くて陥落! ファイド峠の東に置いてある大量の補給物資へ連合軍はさえぎるものなし&そこから補給の引けなくなった枢軸軍側は反撃のやりようもなし! という事態に至り……。

 「うおー、この展開でも枢軸軍は勝てんかー」「反撃のサイの目が良かったし……」

 割と一番の問題と思われるのが、史実ではいきなり攻撃を食らってわたわたしていた(完全にそうではないにしても、いくらかは)連合軍司令部が、特にシナリオにおいては非常に冷静に、枢軸軍の弱点を狙って反撃が出来てしまうということで、「キャンペーンをプレイした場合にはもっとおたおたするだろうから、キャンペーンがやはり良いのだと思われ」「でもキャンペーンでも弱点は突きそう……側面を晒さないようにプレイするということを試してみたいですね」「シナリオではコマンドコントロールが必要な気がするけど、うまく機能する良案が思いつかない……」という様なことを話しておりました。

 あと、OCSには色々「もっとこうしたらいいのに……」という改善点が山ほどあるよねという話とか、OCSは一種「バカゲー」の雰囲気を持ってもいるのだけど「そこがいいよね!」という話などをしてました。

 K氏には楽しんでもらえたか不安でしたが、一応「楽しめました」と言っていただけました。ホッ……。


 今後の予定としては、来週にでも『TUNISIA』キャンペーンを開始予定です。が、キャンペーンが進むにつれユニットが増えてきて人手が必要だと思われるも、プレイヤーが不足しております。新規参加者大歓迎です。喜んでインストいたします~。

 あ、それと、『TUNISIA』のチャートやカセリーヌ峠のセットアップシートを作ってまして、Wiki上にリンク先を貼ってあります。『TUNISIA』をお持ちでプレイされる方は、ぜひご活用下さい。

 ゴールデンウィークには滋賀県東部でゲーム合宿があり、そこで私は連結『激闘! バルバロッサ電撃戦』に2日ほど参加予定なのですが、その前後があいていて、5/3、あるいは5/6にその滋賀県東部でもってOCSができんかなと画策しようと考えております。滋賀県東部なら、富山や滋賀や愛知の方にも良いのではないかと……。
今までの訪問者数(2011/9/17以降)
プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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