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自作ゲームをドイツゲームらしく

 なぜだかわかんないですが、(『The Blitzkrieg Legend』が出たり『France'40』が出たりで別にもうわざわざ努力する意味もないかというのもあるし、それ以上に自分はこういう創作系能力のパラメータが低いことを再認識して)ほぼ諦めていた自作フランス戦ゲームについて、通勤で自転車を走らせている間に色々思いついたので、こちらにメモっておこうと思います。

・ミューズ川渡河の部分は飛ばす。渡河がある程度終わった5月14日時点からスタートするようにする(というのは、別に渡河の部分を再現したいわけではなく、その後の突破からが扱いたい部分なので)。

・ドイツ軍歩兵師団が側面を固めに歩いて行く……という部分は、完全にカットしても構わないのかも。そこの部分は抽象的に、ルール上されているとみなすとか。あるいは、2個師団で1ユニットにするとかもありかも。

・ドイツ装甲師団を分割できるようにしようかとも思っていたけども、それはなしにして、しかし装甲師団が間延びした状態をカードやチットで表すとか。

・チットの種類として、「奇襲効果チット」とでも言うべきものをドイツ軍プレイヤーがカップに入れていって、それが引かれたら連合軍プレイヤーが秘密裏にその効果をチェックして自軍に適用していく。ただし、1/6とかの確率で、むしろそれが連合軍にとって有利な様に働いたりするとか。

・「ドイツ軍奇襲効果チット」と、その逆の「連合軍反撃準備チット」を用意して(その内容があらかじめ数種類あるとかもあり)、そのチットをお互いのプレイヤーがどのターンにどれを選んでどれだけの数入れていくかの読み合いにするとか? ドイツ軍側は前半戦で多く投入できるが、後半に入る頃に腰折れで入れられなくなり、連合軍側は前半戦ではほとんど入れられないが、後半に多く投入できる……?

・ウォーゲームらしくなく、ドイツゲームらしくて良いと割り切る。ドイツ装甲師団はフランス軍歩兵師団には絶対勝つ(ただし移動力が削られる?)とか、ドイツ軍歩兵師団がフランス軍機甲師団に対して絶対に壁になれる、とかでも良い(そうならない可能性を残す様にCRTを作る必要はない)。

・基本的には、「連合軍がドイツ軍側を罠にハメる(ヒトラーの危惧していた「連合軍の罠にハメられているに違いない!」が、最初から正解である)」ゲーム、という風に割り切るのが良いか? 見えている連合軍ユニットの配置によって、ドイツ軍の攻勢方面を連合軍側が操作できる……ように見える。が、ドイツ軍が完全にその薄い線を狙ってくるかどうかは分からないし、連合軍側の反撃準備も、どこのものがどれだけうまくいくかは分からない(攻勢準備さえうまく行けば相当のことができるだけの戦力はあるのだけども)、とか?

・結局マップは、ハーフマップで同じものを2枚の線か。

・プレイ自体は簡単、主な仕事はお互いの意図の読み合いで、かつ、それをチットやカードが阻害したり効果アップさせてくる感じで。勝率はドイツ軍側が60%ぐらいがいいなぁ……。


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 ↑ハーフマップで作っていたもの。



 ワーテルロー戦役についても、仏英普の3人用ゲームにして、お互いの意図や場所が良く分からない中でそれぞれが勝利を目指す(英普はそれぞれ、勝利を勝ち取ったのは自軍だ、という宣伝戦に勝てる様な状態を目指す)様なゲームができたらなぁ……と夢想はするのですが、そんなことが可能なシステムを自分で作るとかあり得ないですよね……。すでにどこかにそういうシステムがあったらどなたか教えて下さい(^_^;

 というか、そもそも別に私が作るんでなくていいので(その能力も乏しいと思われるので)、上に挙げた感じのゲームでどなたか作って下さいバキッ!!☆/(x_x)

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『TUNISIA』編制について3

 『TUNISIA』に登場するユニットの編制について、その3です。


アメリカ軍

・第601戦車駆逐大隊

 同大隊は、ドイツ軍相手の対戦車車輌としては少々こころもとないM3改造75mm自走砲を装備していたが、3月23日のエル・ゲタールの戦いでは全装備車輌31輌の内21輌を失いながらも、2輌のティーガーを含む38輌のドイツ戦車を撃破したといわれる。(『チュニジアの闘い:1942~1943[下]』P14)

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・第899戦車駆逐大隊

 同大隊は、初めてM10対戦車自走砲を装備した戦車駆逐大隊である。(『チュニジアの闘い:1942~1943[下]』P19)

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・第999師団

 軍法会議で有罪判決を受けた者ばかりで編成されていた。(『歴史群像 No.79』チュニジアの戦い P41)

 “999”という特別な番号を持つ(一つ若い番号を持つ部隊とは100番以上離れている……もっとも“999”には「歩兵」の名は冠せられていないが)この部隊は、指揮官は正規の将兵であったが、兵士たちは執行猶予のついた者たちであった。
 そうした事情でか、部隊編成の段階で、そのころ導入が始まっていた歩兵師団などへの突撃砲の装備は見送られていた。そして兵力も十分に揃わないままにチュニジア戦に投入されていた。(『チュニジアの闘い:1942~1943[下]』P24)

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◆イタリア軍全体について

 イタリア軍は衰退しつつある国家に典型的な、各種の問題を露呈していた。イタリア軍の標準戦車であるM14/41は、薄い装甲と貧弱な火力を持つ軽戦車にすぎなかった。イタリア砲兵は見かけこそ古かったが、まずまずの働きを示した。しかし対戦車火力においては、旧式の47mmm対戦車砲を中核としていたために、最新の連合軍戦車には歯が立たなかった。イタリア軍の歩兵訓練は旧態依然としたもので戦場の実態からはかけ離れており、時代遅れの戦術ドクトリンを基礎としていた。将校と兵士の関係は中世の遺風を残しているため、戦友意識に薄く、任務達成の意欲を共有することもなかった。
 それでも、一部のイタリア軍は平均よりもはるかに優れているとみなされた。ドイツ軍のイタリア戦車隊への評価は良かったが、それはイタリア戦車隊が悩みの種であるイタリア軍歩兵軍団から切り離されて、ドイツ軍団の指揮下に置かれていたこともあったのだろう。特別編成部隊である、ベルサリエリや「青年ファシスト(ジョヴァンニ・ファシスティ)」の評価も高かった。
 在チュニジアのイタリア軍の戦闘能力は、疑いなく1940年のエジプト戦や1941年のリビア戦当時よりも、はるかに改善されていた。しかし枢軸軍の戦線配置にあって、イタリア軍が弱点であることには変わりは無かった。
 (『カセリーヌ峠の戦い1943』P18~19より抜粋)

※ベルサリエリ部隊はBrsの部隊名を持つユニットで、「青年ファシスト」は「GGFF」師団です。Brsユニットには質の高いものもいますが、GGFFユニットはえらく質の低いのもいたりしますね……。 

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◆ドイツ軍全体について

 ロシアに大兵力を送る必要があったことから、アフリカ急派のドイツ軍では兵数よりも兵器の質が重視された。チュニジア戦のドイツ軍は、エリート部隊である戦車、自動車化歩兵、空軍部隊の比率が、これまでに無く高かった。
 チュニジアはまた、ティーガー重戦車、ネーベルヴェルファー多連装ロケット砲、Pak.40型75mm対戦車砲といった、数々の新兵器が西方連合軍に対してデビューを飾る場ともなった。チュニジアに投入されたドイツ軍のほとんどは、戦闘経験を持ち歴戦で鍛えられた部隊であった。まさにこのとき、ドイツ国防軍はその戦闘能力の絶頂期にあったのである。(『カセリーヌ峠の戦い1943』P19)

※ユニットのうち、降下猟兵部隊や対戦車砲大隊ユニットなどは空軍所属なのだろうと思われます。『TUNISIA』のドイツ軍ユニットの色は、仲間内では「イギリス軍ユニットかと思った」「ドイツ軍という感じがしない」など、あまり評判が良くありません(^_^; その後出た『DAK』ではドイツ軍ユニットは灰色、ドイツ空軍地上部隊ユニットは青灰色に塗られており、恐らくそっちの方が評判は良かったのではないかと思ったりも……。

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◆フランス軍全体について

 チュニジアのフランス軍は、フランス将校に率いられた精強な地方部隊を含んでいた。兵員は現地フランス人社会と外人部隊から徴募された。しかしその最良の時期にあっても、装備状態はヨーロッパの基準からすれば見劣りがした。チュニジア駐屯軍は本質的に、原住民の叛乱から植民地を守る警備隊にすぎなかった。1940年の対独講和によりその兵力と装備はさらに制限を受けることになり、対戦車砲の配備は禁止され、装甲車両もその性能と数を限定されたのである。その結果として、チュニジア駐屯フランス軍は、支援兵器に乏しく、旧式の装甲車両しかない、平凡な歩兵兵器を持つだけの軽歩兵部隊となっていたのである。個々の部隊には優れたものもあったが、師団単位として協働作戦する訓練は受けていなかった。パトロールや襲撃といった任務では優れた働きを見せたが、長期に及ぶ正規戦には適していなかった。いわば一流の闘志をもった、三流の軍隊だったのである。(『カセリーヌ峠の戦い1943』P24~25)

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OCSインストとカセリーヌ(枢軸側)

 『Enemy at the Gates』をかつて買ったので、どうせならやってみたいと仰せのGJ中村編集長をお迎えして、OCSインストしておりました。

 と、その前に自宅ゲーム部屋なのですが、以前壁に非常に好きなマップである『激闘! ナルヴァ軍集団』を貼ってみた(その写真は『Baltic Gap』5.6ドッペルコップフシナリオのプレイ研究の一番下に)のですが、第2弾として『L'Armee du Nord』のフルマップ3枚を貼ってみました。

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 『L'Armee du Nord』はワーテルロー戦役を扱ったゲームです。詳しくはこちら↓

4/15ミドルアース大阪で『L'Armée du Nord』

『L'Armée du Nord』ワーテルロー&ワーブルシナリオ

 このマップも私は非常に大好きで、『激闘! ナルヴァ軍集団』ともども、「マップは大好きだが、プレイはしばらく成立しそうにない」ので、貼ってみました(アイドルマスターとかのでっかい何かとかを貼るという考えもあるにはあったのですが、まあこっちの方がいいでしょう。代わりに自室にそのアイマスのでっかいクロスは貼りましたバキッ!!☆/(x_x))。


 さて、中村さんへのOCSインストなんですが、ワニミさんにも来て頂いて、説明&実地演習? 色々ツッコミを頂きながらもなんとかおぼろげに最低限をお伝えしました。

 で、まあ試しに『TUNISIA』のカセリーヌ峠シナリオをやってみようということに。

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 ↑VASSALデータからキャプチャーして印刷したものなんですが、どーもうちのプリンタ(PX-1600F)は色が変に出る様な気がしますが、どうしたらいいのか分かってません。

 中村編集長は第10装甲師団を、私は第21装甲師団を、ワニミさんは第15装甲師団を動かすことにしようか……? という事になったのかなってないのか良く分からない状況の中(おい)、中村編集長は的確に質問&状況判断をなさっていきます。ところが私は「第21装甲師団が全部動いちゃったら、一般補給を繋いでいる鉄道線が連合軍に占領されちゃうかもしれないよ……?」という事で頭がいっぱいになり、何も考えられない状況に(前回カセリーヌ峠をプレイした時には連合軍側だったので、枢軸軍側の状況を何も分かっていなかった)。

 結局私はほとんど何も考えを働かせられることもなく、色々ワニミさんや中村編集長に教えてもらいながら(再度おい!)、結局↓の様な動きとなりましたが……?

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 第10装甲師団の背後に大量の補給物資があり、これをカセリーヌ峠方面に通すために目の前の1級道路を打通する必要があるんですね(状況を何も分かってなかった)。全体の動きとしては、第10装甲師団の北側にいる連合軍部隊を閉塞しつつ、カセリーヌ峠を奪取する……という形になっている? のですが、その後の連合軍のムーブから見ると、中途半端だったのかもしれません。

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 第21装甲師団と第15装甲師団は混乱させられ、第10装甲師団の北にいた連合軍部隊はDAK司令部方向に圧力をかけまくってます。

 なるほどなぁ……と後知恵的に思うところはあるものの、事前にこれを見通せる様になりたいですが。とりあえずですね、「主戦線よりも側面の方が大事だ教」に入信予定なので、それでなんとかならないかなと思ってるんですが(というか、バランスの問題なんでしょうけども)。


 時間的に半ターンしかできなかったんですが、でも大体の流れは掴めただろうなという事で終了。今後も適当な間隔で『Enemy at the Gates』に向けて練習していきましょうということで、『Enemy at the Gates』で練習するとしたら何がいいだろうかという事で、マップを広げたり。

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 しかしマップの広さ的に1枚以下でできる、(現在自宅で広げ中の)『Baltic Gap』のドッペルコップフシナリオとか、そっちの方が良いのかも……という話になってました。


 今後も練習予定ですが、『Enemy at the Gates』をやるとなれば人数が必要ですし、OCSプレイヤー募集です。関西、中国、中部、北陸、あるいは四国とかも?で興味のある方~。

『TUNISIA』アフリカ戦線の終焉シナリオ

 ワニミさんと『TUNISIA』の最終シナリオである、「アフリカ戦線の終焉」シナリオを練習&研究プレイすることができました。

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 セットアップは全部していただいている状態……ほんと毎回ありがとうございます!(>_<)


 このシナリオ、説明によると、枢軸軍が「いつ」敗北条件を満たすかどうかだけが焦点であり、勝敗を競うような状況ではないということなのと、連合軍側がユニット数が多いので、これを2人で分けて練習&研究プレイをしようという事になりました。私は数が少なめの方がいいので、東側のイギリス第8軍(モントゴメリー)とその西側のフランス第19軍団を担当させてもらうことに。ワニミさんは西側の英米軍を指揮されます。第1プレイヤーは連合軍指定です。


 が、プレイ前にセットアップをして下さったワニミさんからご指摘が。

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 セットアップの指摘によると、写真の○で囲んだヘクスには砲兵ユニットが単独でしかおらず、防御力は1(砲兵の防御力は常に1なのです)。「ここは絶対抜かれる」ということが予見されすぎてしまうので、ちょっと配置替えした方がいいだろう、と。

 セットアップが史実通りになっているのか、ゲーム的には非常にやばいような指定が時にあるようで、こういうのはプレイヤー間(あるいは特定の会の中)で置き直しとかの合意をした方がいいだろうという事になりました。他に、対空射撃は味方の航空ユニットにも適用されるのだろうか*1(されないとは書いてないっぽい)とか、色々とプレイヤー間で「ここはこういうことにしておこう」と決めておいた方がいいことがあるっぽいという話がありました。

*1:1940年6月28日、イタリア北アフリカ軍総司令官、リビア総督イタロ・バルボ空軍元帥がトブルクの飛行場への着陸時に味方の誤射により死亡した。彼は同世代の将軍たちに比べ戦争における近代的技術の効果をより深く理解していたものとみられていた。バルボの家族などはムッソリーニの命令による暗殺であると強く信じた。

Wikipedia:イタリアのエジプト侵攻
Wikipedia:イタロ・バルボ

【ニコニコ動画の第二次世界大戦PCゲーム動画界では、「俺のバルボが死んじまった!!!」というセリフが一部で有名であるらしいですが、詳しくは私は知りません(^_^;】



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 写真は第1ターンの終了時。黒い○の上の方が勝利条件都市のビゼルタ、下の方がチュニスで、枢軸軍はこの2つを失うと敗北します。

 中央のイギリス軍がチュニス方向に食い込んでおり、またイギリス第8軍は(モントゴメリーには似つかわしくもなく)初期配置から大進撃しております。ってのは、一番東の海岸線沿いのヘクスが完全な平地で、そこを守備していたドイツ軍の第90軽師団は対戦車ユニットも何もなく、イギリス軍側は歴戦の第7機甲師団を(移動モードではあるものの)ぶつけることができたのです。第7機甲師団は(マレトラインシナリオでもそうだったらしいですが)個々のユニットの強さはまあまあ程度ではあるもののとにかく所属しているユニットの数が多く、移動フェイズ中に第90軽師団をオーバーラン、戦闘フェイズに単独でいた敵砲兵ユニットを殴って突破の結果を獲得し、突破フェイズ中に第90軽師団の残りをオーバーランしてそのままチュニスの南東3ヘクスの地点まで走破したのでした(尤も、この後進撃はぴたっと止まってしまうのですが)。

 史実を調べてみると、枢軸軍のこの戦区は持ちこたえており、最初に破れたのはチュニス南西の平地方向からの進撃に対してだったようです。シナリオ上の第90軽師団の初期配置は穴であると思うので、ここも(プレイヤー間合意で)どうにかしないといけないと思いました。なにより、そのために写真の様に枢軸軍のチュニス南方の戦線が恐ろしく突出した状態になってしまうんですよね(こんなことになるくらいなら、枢軸軍側としては一番東の海岸線のヘクスに山のようにユニットを積んだ方がましでしょう)。

 写真は第1ターン終了時なので、とりあえず可能な限り枢軸軍側はチュニス南方の戦区から戦力を引き抜いた後です(枢軸軍側のプレイも、青い線の辺りで区切って2人でおこなうことにしました。私が南方を担当しました)。


 さて、第2ターンなのですが、天候決定フェイズで66が出て泥濘に! 両軍何もできません……ってか、ルールを良く読んでみるとレベル1航空基地にいるすべての航空ユニットが非活動状態になる……だと(2以上だとむしろ整備もできる)。レベル1だらけだった連合軍側は空軍がひどい状況に。枢軸軍側はレベル2以上の割合が高かったので、むしろ空軍的には絶好のチャンス状態となりました。

教訓:チュニジアプレイ中には、航空基地はレベル2以上にしよう!


 第3ターンのイニシアティブは枢軸軍が獲得し、第1プレイヤーを選択しました。第1ターンには「取るものも取りあえず」退却した状態でしたが、できるだけまともな防御線をはることに努力します。

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 増援フェイズには特別増援(Variable Reinforcement:不確定補充増援……とでも呼んだ方がわかりやすいような気もします)で枢軸軍側に補充ユニットが到着。

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 何を再建しようかな……っと、Eqx1で第501重戦車大隊が再建できるではないですか! それは安い!(Eqx2くらいはいるものかと思っていた) 再建せざるを得ない、という事でデッドパイルから再建(OCSではこうやって重戦車大隊は何回も出てくるものらしいです。なるほど)。


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 チュニス西方では枢軸軍は、第15装甲師団、第10装甲師団、ヘルマン・ゲーリング師団などで戦線をはらざるを得なかったのですが、第21装甲師団はもともと接敵してなかったので予備モードにでき、これをチュニス前面(47.25)に置いて機動予備とすることにしました。そこに第504重戦車大隊と、第501重戦車大隊も入れ……これは、夢のコラボレーション!!

(余談ですが、私は中学生時代、自分の自転車をサンドイエローに塗って、アフリカ軍団マークと第21装甲師団マークを描いてました。といっても中学校は自転車通学禁止だったので知り合いに見られるとかあまりなかったのですが、しかし後に教育実習で母校にその自転車で行った際に、「あれ、これって、ナチスの……?」とか言われ、「あ、いや、私がやってる少林寺拳法の卍マークなんですよ。いやだなぁ、あはは」とごまかしたりしてました)



 第3ターンの連合軍ターンですが、私が担当したイギリス第8軍方面は歩兵が追いついてきてないとか、地形の問題とかでお休みでした。一方、北西ではアメリカ軍が怒濤の攻撃ラッシュで枢軸軍戦線に小ポケットを作りまくってました。

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 このアメリカ軍、初期配置で機甲部隊が山の中に置かれていて、担当したワニミさんが散々ぼやいておられた(山の中で戦車は役に立たない、というか移動さえほとんどできなくなってしまう)のですが、苦労して再編されてすっきりしたアメリカ軍が攻勢を始めると枢軸軍の戦線はぼろぼろに。ARが低いこともあってアメリカ軍は「強くない」というイメージだったのですが、物量はかなりあるので、「これはイメージを改めないと」と仰ってました。

 枢軸軍側としては目の前に迫った恐怖である、チュニス西方のイギリス軍ハイスタックに阻止砲撃をおこないまくり、ここの攻勢は止めていたのですが、「そっちを囮にして米軍を進ませよう」というワニミさんの深謀遠慮だったそうです。なんと、ノルマンディーにおける英軍と米軍の様な……(^_^;


 時間が午後6時を過ぎていたので、この後第4ターンのイニシアティブだけ見て、どうなりそうか見ようという話になったのですが、連合軍のイニシアティブのサイの目が3だったのに対し、枢軸軍の目が2!(私が振りました(^_^;) これはアメリカ軍に包囲された枢軸軍ユニットはどうしようもないどころか、恐らくビゼルタは陥落するだろう、という見通しでした。 

 今回(というかここんとこ)、航空作戦を割と緻密にやってまして、そこらへん若干経験値が上がってきて嬉しいです(でもまだまだやらないとダメですね)。施設砲爆撃がかなり有効な場合があり得るという話が。

 3枚目の写真でも登場してましたが施設砲爆撃で「鉄道妨害(Train Busting)」(以前はInterdiction(阻止))をおこなうことができ、これで相手の移動を邪魔することができるのですが、チュニス前面で実際枢軸軍側は移動が大変でした。これには砲爆撃力も大して必要でないので、どんどん活用すべきなのだと思われます。


 これでキャンペーン以外の『TUNISIA』のシナリオは一応やったことになりました。この後キャンペーンをやろうという事になってまして、他の参加者の必要に応じてもう1回くらいシナリオをやる可能性がありますが、その後キャンペーンに着手すると思います。尤もやってみて、数ターンとか数回目で「あ、これダメですね。もう一回最初からやりましょう」ということになる可能性も充分にあると思ってますが、それはそれで楽しい。ってか、OCS楽しいです。ある程度以上複雑、あらゆることがトレードオフ、確実なものなど何もない、その中で自分なりにやってみて……って辺りが。


 ただ、かなりエネルギーは使っているものか、前々回もでしたが帰ってきたら普段寝る時間までにはまだ時間があるのですが、もう何もできないで、早めに寝るという(^_^; でも前回(マレトライン)の時はそこまでではなかったですね。でもあれはこかどさんにほとんど指示を仰いでいたからかもしれません。

『TUNISIA』枢軸軍の編制2

 『TUNISIA』枢軸軍の編制その2です。



・第5降下猟兵連隊

 第5降下猟兵連隊は本来は砂漠のロンメル軍に送られる予定であった。その第2大隊はすでにラムケ旅団の下で砂漠で戦っていた。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P6)

 1942年11月11日以降、コッホ中佐の第5降下猟兵連隊が次々とチュニジアに到着した。第5連隊は1942年5月に編成されたものだが、連隊長コッホ中佐は1940年の西方戦役でベルギーのエバン・エマール要塞を陥れて勇名をはせ、各指揮官もヴェテランぞろいであった。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P6)

 第5降下猟兵連隊の第2、第3大隊の前身は1941年クレタ島に降下した『第1空挺突撃連隊』であった。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P18)

【『TUNISIA』シナリオ1の開始時11月15日ターンでは、第1、第2大隊はチュニジアにおり、第3大隊はシシリーボックスに置かれている。】

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・軍団直轄降下工兵大隊

 1940年のエバン・エマール要塞攻撃の時にはコッホの下で小隊長だったヴィツィヒ中尉も、今や少佐となって、第11航空軍団の軍団直轄降下工兵大隊を率いてチュニジアにやってきた。コッホとヴィツィヒはエバン・エマール要塞攻略に大きく貢献し、ともにヒトラー直々に騎士十字章を受けていた。空軍の役者が揃いすぎの感もある。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P18)

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・(参考)『The Blitzkrieg Legend』のコッホ大尉とヴィツィヒ中尉の特別作戦マーカー

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・バレンティン連隊

 1942年11月20日からは急編成の降下兵部隊であるバレンティン連隊がビゼルタ前面マチュルに展開し、右翼のヴィツィヒ大隊とともに緒戦の危機的状況を戦い抜いた。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P18)

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・第190装甲大隊

 最初チュニジアの守りはほとんど空軍部隊に頼りきりであったが、やっと戦車部隊も到着し始めた。
 フォン・ブロムベルク少佐の第190装甲大隊は、砂漠で戦っていた本体の第90軽師団に送られる予定であったが、第2中隊のⅢ号戦車が11月8日にベンガジに揚陸された他は、12日から22日かけてチュニジアのビゼルタ港に送り込まれた。
 定数が揃ったとして、Ⅲ号指揮戦車2輌、Ⅱ号戦車7輌、Ⅲ号戦車46輌、Ⅳ号戦車10輌という強力な助っ人である。戦前の国防大臣の息子である(らしい)その大隊長は、22日マチュル方面に偵察に出かけたところ、連合軍機の攻撃を受けて戦死してしまったが……。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P18)

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・イタリア海兵大隊×2

 1942年11月16日現在の枢軸軍第90軍団の陣容の内の一部。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P9)

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・第47擲弾兵連隊

 1943年1月中旬の「アイルボーテ(急使)Ⅰ」作戦には、新参の第47擲弾兵連隊が投入された。ブーゼ中佐に率いられたこの部隊は、前年の夏、東部戦線はクリミア半島のセヴァストポリ要塞占領で大きな働きを示し、中佐は騎士十字章を受けていた。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P77)

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・アフリカ装甲擲弾兵連隊

 1943年2月18日にドイツ軍は、カセリーヌとテベサの分岐点であり、アメリカ軍の飛行場のあったテレプテを占領した。そこで大きな働きぶりを示したのが、ロンメルの旧友メントン大佐に率いられた「アフリカ装甲擲弾兵連隊」で、かつては第288特別部隊と呼ばれ、その兵士達は右上腕に椰子と太陽を組み合わせた部隊章を付けていた。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P103)

 メントン大佐の部隊は、元々は第287および第288特殊部隊であった。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P105)

【下段は『DAK2』の第287、288特別部隊およびアフリカ装甲擲弾兵連隊?のユニット】

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・第71ネーベルヴェルファー連隊

 1943年2月20日、峠道に対し新兵器が投入された。アンドレアーエ大佐の第71ネーベルヴェルファー連隊のロケット砲は、轟音とともにあたりを一掃した。(『チュニジアの闘い:1942~1943[上]』P105)

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『TUNISIA』マレトラインシナリオ

 先日のミドルアース大阪で、ワニミさん、こかどさんと『TUNISIA』のマレトラインシナリオをプレイすることができました。

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 マップはワニミさんが用意された、カラーコピーによるものです。ごく一部しか使いませんので。

 とはいえユニット密度はまあまああり、なんとなく枢軸軍を担当するっぽくなった私でしたが、数ある部隊をどうしたものか良く分からない。連合軍側の勝利条件は8つあるレベル2陣地(写真で赤く引いた線の内側)のすべてを占領するか、あるいは補給源となっているGabes(赤い○)を占領することです。

 とりあえず南方から迂回は必至かなと思うも、移動力やシークエンス的にどうしても連合軍側に先に南方の峠はおさえられてしまうので、大量に予備を後置するのみにとどめ、大して何もせず。

 そうすると連合軍側は(後で聞いたところによると)第二線の部隊が第一線陣地に送られる前に取ってしまおうということで、南方迂回よりも陣地への怒濤の攻撃をおこなったのですが、サイの目の悪さなどもあり奏功せず。


 再度セットアップしなおして、今度は連合軍が怒濤の南方迂回で、さきほどの教訓により陣地線の方の改善案が出てきていた枢軸軍側はそちらに気を取られ、迂回に対してほとんど何もできず、2ターンでGabesを占領されてしまいました(^_^;

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 途中色々とこかどさんやワニミさんに教えてもらったり、終わった後作戦研究の話を聞いたりしていたのですが、いやいや、非常に面白かったです。やはりお二人はOCSの経験が豊富で、私はルールは一応理解し始めたものの、運用が全然分かってないですね……。練習&研究プレイなので対戦相手からも教えてもらえるし、3人目のこかどさんがヒトラー総統閣下となって私に指示をくれたり、私がその理由を聞いたら教えてくれるのが非常にありがたかったです。

 このシナリオ、南方迂回された後の地形が「さえぎるものなどほとんどない」開けた状態で、かつ枢軸軍側はマレトライン南方の山地の中でも北の方の峠上に司令部や連絡線や後置の機動予備を置いているのが便利な様で不便というのが大問題の様に感じました。ここらへんをなんとかしないといけないわけですが、8つの陣地のうちより南東側の第一線は一箇所でも取られたら第一線全体の保持自体が難しくなるので、もう下がらなきゃいけないのだな、と。

 連合軍は連合軍で、南方迂回してマレトラインの戦力を減少させるというのとのバランス、枢軸軍側は南方迂回にいかにして対応するか、マレトラインをどれだけ、いつ下げて、どういう防御ラインを構築するのか、また大反撃を(もしするなら)どのようにしておこなうか……という辺りが非常に難しく、面白そうだと思いました。

 ぜひまた、2回目、3回目とプレイしたいシナリオだと思いました。とにかく経験値を上げないと(^_^;

ミドルアース大阪に行ってきました(2014/2/9)

 ミドルアース大阪に行ってきました。私はワニミさん、こかどさんと共に『TUNISIA』のマレト・ラインシナリオをプレイさせてもらったんですが、とりあえず他のプレイの様子をご紹介。


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 マーケットガーデン作戦のゲームらしいのですが、私は全然知らなかったマップもユニットもでっかいゲーム。



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 アド・テクノス/ゲームジャーナルの『アウステルリッツの戦い』。初参加の大学生の方と新規加入の方とで対戦されてました。



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 コマンドマガジン新刊の『珊瑚海キャンペーン』。評判はなかなか良いらしいです。


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 『ANDEAN ABYSS』という名前のゲームなんでしょうか? 南米コロンビアを舞台にしたマルチドイツゲームらしいです。盛り上がってました。



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 シモニッチ氏の最新作『France'40』。私も買ったんですが、まだ全然触ってません(^_^;



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 『France'40』のゲーム終了時の様子。ドイツ軍のプレイが非常に難しいというもっぱらの噂ですが、今回されていたプレイでもドイツ軍の惜敗だったようです。しかし独仏どちらも面白いらしいですよ。


 今回、大学生の方が初参加で来られたり、対戦はしないけども短時間(あるいは長時間)見に来られた現役会員or知り合いの方々などもたくさんおられて、かなり人数がいました。

 次回は3月9日で、私はゲームマーケット大阪の方に行くことになったのでミドルアース大阪には行けませんが、新規参加の方へのシフトを手厚くという話もされてましたので、興味のある方はちょっと見るだけとかでも全然結構ですので、ぜひお越し下さい。



 あ、3月2日には大阪市北区扇町でゲームジャーナル友の会(ゲーム例会)がありまして、そちらには私は行くことになるだろうと思います。そちらもよろしくお願いします。私は今OCS熱真っ盛りなので、友の会でも可能な限りOCSをやるだろうと思います。

OCS Wikiに書き込み始めました

 ずっと以前から存在していたOCSに関する日本語Wikiページがあった(更新はしばらくされてなかった)んですが、そこへの書き込みを始めてみました。

Den of The Gamers

 と言っても、OCS専門のWikiではなく、Gamersブランド全体のWikiで、「Den of The Gamers」は「Gamersファンの巣窟」という感じでしょうか?

 今まで他のWikiにいくらか(もちろん別件で)書き込んだことはあったのですが、文法を手探り&ヘルプで参照しながらなので非常に少しずつです。

 私が更新した分は左側の「最新の30件」の上の方に2014年に更新されたものです(尤もこのエントリーの書き込み後、他の誰かもどこかのページに手を加えてそれらがリストに上がる可能性があります)。

 色々ままならない事がありまして、とりあえず現状、The Blitzkrieg Legendのページの画像を2つ横に並べるか、あるいは画像の右側にテキストを流し込められればなぁ……と試行錯誤してみたのですが、できないでいます。どなたか分かる方おられたら教えてもらえるか、あるいは勝手に編集していただければ……(後で見て文法を理解する様にしますので(^_^;)。


 Wikiに何を書いていくか、というか書けるものが何があるか……なんですが、ゲーム的な部分に関する解説はそもそも自分がゲームをやっていかないと分からないのでだんだんやっていって少しずつ書いていくとして、それ以外に特に『TUNISIA』について、その編成が雑多なのに私は非常に興味を持ってまして、その編成に関して知りたい&まとめたいと思っていたので、それもWikiに書き込めればと。

 資料としては、ワニミさんが持っておられた&ブログでも紹介されていた以下の本を入手してみました(&『砂漠のキツネ』は昔から持っていたのですが、チュニジア戦の部分は読んでなかったと思われ)。



 ちょっと見てみた感じでは、中でも『カセリーヌ峠の戦い1943』がずば抜けて面白いと思いました。カセリーヌ峠の戦いが中心なので戦役中のその他の戦いにはざっとしか触れていませんが、記述が分かりやすく面白く読めます。

 グランドパワーの本も別に悪くはなく、細かく戦役全体を扱っているようなのでその点で良いかと(写真が非常に多いのは言わずもがなです。が、私は写真よりも分析とか部隊評価とかエピソードとかが多く入っている方が好きなので)。この上下2冊は私はAmazonで買いましたが、ヤフオクで見てみるとグランドパワーの本が大量に出品されていて、多くが1000円以下なのでそっちで入手されるのも良いかもです。

 あと、『TUNISIA』のデザイナーズノートによると『Campaign for North Africa』という洋書が非常にオススメらしく、アメリカのAmazonで見ても絶賛されているんですが、日本Amazonからはどうも買えない……? 今まで私は洋書は日本Amazonから買える状態のやつしか注文したことないので、アメリカAmazonからでもユーザー登録を英語でちゃんとすれば問題なく買えるのかもですが、どうも面倒&能力的にリスキーなので、とりあえず見送り……(あ、でもどなたか知り合いの方でもし買われるという方がいたら2冊買って売って下さいバキッ!!☆/(x_x))。


 で、これらの本に少しずつ部隊に関しての記述があるわけですが、それらを集積したいと思ってます。ただ、Wikiが先がこのブログが先か、という問題があって、色々技術的なことが絡んでるんですが、そこらへん試行錯誤するかとも思います。とりあえず、画像データ問題的に一度このブログに書いてみようかと思います。



・第334歩兵師団

 1942年11月末に新編されたばかりであり、チュニジア到着時には戦力が未完のままであった。(Zaloga,P16)

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・第10装甲師団

 第10装甲師団は、1940年のフランス戦、1941年から1942年の独ソ戦を戦った歴戦の師団である。通常編制の装甲連隊に加え、同師団には第7装甲連隊の第3大隊として、ティーガー重戦車を装備する第501重戦車大隊が追加されていた。(Zaloga,P16)

 東部戦線から抽出され、フランスで補充されて戦力が充実した同師団は、1942年末の時点で、第7装甲連隊にⅡ号戦車、Ⅳ号戦車合計41両と、105両もの長砲身5センチ砲搭載のⅢ号戦車を装備していた。(『ドイツ装甲部隊全史Ⅰ』P182)

【この第501重戦車大隊なのですが、『TUNISIA』のシナリオ2(3ターンのミニシナリオ)「The Battle for Kasserine Pass(カセリーヌ峠の戦い)」には登場しません。同じターンから始まるシナリオ4「The Tunisian Campaign ― Battle of Kasserine Starting Point(チュニジアキャンペーン:カセリーヌの戦いから)」では登場するのですが、北方の海岸近くの方に配置されています。大体の本には、この時期ファイド峠で第501重戦車大隊は戦ったという風に書かれているのですが、ここらへんどういう扱いなんでしょうね(別に『TUNISIA』が間違っているだろうということではなく、どういうことなのかな~、と)。】

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・第21装甲師団

 第21装甲師団は、1月遅くに第5装甲軍の指揮下に移され、戦力再建を進めながらスファクスの守りについた。同師団は装備戦車をすべて第15装甲師団に譲り渡し、チュニスで創設されたグリュン戦車大隊【『TUNISIA』上のユニットとしては不明】と、それまでは第90軽師団と呼ばれた第190装甲大隊【←どういう意味?】により、戦車戦力の更新が図られた。(Zaloga,P17)

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・スペルガ師団

 1940年のフランス戦に参加した部隊であり、その後強襲上陸師団として再編されていた。(Zaloga,P17)

 【『イタリア軍入門』(吉川和篤 イカロス出版)のP220による記載では「第1師団スペルガ」となっており、山岳歩兵師団に分類されています。】

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・チェンタウロ師団

 イタリア軍の最良の戦車師団のひとつであり、バルカンで戦ったのち、北アフリカのリビアへと転戦した。チュニジア戦の段階では、戦車戦力は1個大隊程度にまで減少していた。(Zaloga,P17)

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『ナポレオン戦争』3~5巻買いました

 『The Hussar General』の和訳ですが、ライプツィヒの戦いの1日目まで進んでまして、大変面白いです。




 ヨルク将軍が、ブリュッヒャーやグナイゼナウと衝突しながらも活躍し始めるのと、スウェーデン王太子となって連合軍の一翼を担ってブリュッヒャーと一緒に進撃……するはずのベルナドットが、狂った様に慎重でおかしな言動に満ちあふれているのがえらい面白く(^_^;

 ただ、このベルナドットに対する描写はプロイセン軍側からの偏見も入っているのではないかな……とも思ったりで、もしかしてベルナドット(のみ)に関する和書があったら参考にしたいと思って探したのですが、見つかりませんでした(T_T)

 しかし切実な問題は、そろそろ和訳が近づいてきた1814年戦役に関して、私はほとんどまったく分かってない&資料を持ってないことでして、ある程度の分量がある資料といえば長塚隆二『ナポレオン』くらい? 1806年戦役に関しては有坂純さんの昔『TACTICS』に載った記事(のちに『世界戦史2』という本に改訂収録された)、1813年戦役に関しては歴史群像の記事がある程度参考になったのですが、歴史群像でも1814年戦役は今まで記事になってないようなのです。



 『歴史群像』では、今ナポレオン戦争に関する連載記事が続いてまして、最新号で1805年まで来ているのですが、それを待つわけにもいかない。

 で、最近買い物にえらく気が大きくなっている(バイトもしたし……(^_^;)のも手伝って、買うのを見送っていたチャンドラーの『ナポレオン戦争』を試しに買ってみることにしようと。



 この本、私は書店で見たことが(たぶん)なく、実物を見ないで買うには高すぎる……という様な思いや、あるいはチャンドラーの著作には色々間違いがあったことが分かってきている(ただし、間違いのない本など存在するわけはないのですが)ことなどから、「届かない位置にあるのはすっぱい葡萄」という防衛機制が働きまして(^_^;、買うリストから外しつづけてきました。しかし、1814年戦役に関して資料がないまま訳すよりも……(あらかじめ、あるいは途中で調べられる別の資料を持っているのと、そうでないのとでは和訳の楽さ加減が全然違ってくるので)、とか、気が大きくなっているしまあいいんじゃないか……という葛藤を揺れ動き、「恐らく1814年戦役が載ってそうで、かつ一番興味があるワーテルロー戦役が入っているに違いない第5巻は買ってもよいのではないか……」ということで、とりあえず買ってみたのでした。

 届いた第5巻を見てみると、結構良さそうで、他の巻に何が載っているかも書いてあって1806年と1813年が載っているのを間違えることなく買えるので、もうそれも注文してしまいました(第3巻と第4巻)。しかし、1805年以前はどう考えてもあまり興味がない(プロイセンに関わりがないから)ので、買わないことに。

 で、じっくり1813年戦役や1815年戦役を読んでみたんですが、これは素晴らしいです! 端的に言って、面白いのです。叙述が分かりやすい上に躍動感に富んでいて、分量的にもほどよく、展開が理解しやすい(その点長塚『ナポレオン』は、ぽんぽん話が進んでいきすぎの感があります。戦役面だけを扱う本でなくてナポレオン関係のすべてを扱っているのでしょうがないのですが)。特に、戦役における各指揮官の思惑が、同時進行で起こった出来事などによってそれぞれ思惑が外れ、それに急いで対処したりってな部分が個人的に大変興味深かったです。また、戦役分析なども簡潔にして要を得て大変参考になりますし、ところどころに同時代人の証言が出てくるのも良い。

 地図は最低限のものがあるだけで自分でおっかけねばならないですし、指揮官の名前も大量に出てきて、ある程度ナポレオン戦争について知ってないと誰が誰やら分からなくなる可能性もありますが、これは他の本でも(出版年代的にも)当たり前のことで、欠点には当たらないでしょう。

 「チャンドラーの著作には色々間違いがあったことが分かってきている」の件ですが、読んでいるとチャンドラーは「この件はまだ明確になっていないが……恐らくこうであろう」とか、「この件に関しては色々議論があるが、例えばこの命令書にはこう記されていた」とか、結構このナポレオン戦争史学界?自体が研究途上であることを前提として考えていることが分かりますし、最新のナポレオン戦争に関する洋書群をいくらか読んでいても、間違いが指摘されたりお互いに違う説が載っていることも当然ままあるので、「間違いが見つかっている」=「チャンドラーに価値はない」とすることはむしろ馬鹿げているのでしょう。それよりも、チャンドラーの叙述のわかりやすさ面白さが与える好影響にこそ焦点があてられるべきなのかも?

 といってもやはり問題は値段なわけですが、1000円~3000円程度の良いナポレオン戦争関係の和書を探す過程で時間がかかったり、良いものもあったりそれほど良くないものもあったりすることを考えれば、また、英語がすらすら読めるわけでなければ(私は、時間をかければ一応読めるっぽいのですが、とにかく時間がかかるので)、ナポレオン戦争にある一定以上興味があれば、買う価値はあると思いました(で、私の場合はプロイセン軍が関係するものでなければあまり興味がないので、1~2巻は見送るわけですね(^_^;)。

 参考に、各巻におおむね何が載っているのかを挙げておきます(この情報がないことも、私が買うのを大きく躊躇した理由でしたので)。

第1巻
・ナポレオンの人物・軍人としての資質と欠点
・1796年以前の軍人としての修業時代
・イタリア遠征(1796~1797)
・ナポレオンの戦争術分析

第2巻
・エジプト・シリア遠征(1798~1799)
・ブリュメールのクーデタとイタリア遠征(1800)
・フランス再建、第三次対仏大同盟、グランド・アルメの創設
・ウルムからアウステルリッツ(1805年戦役)

第3巻
・1806年対プロイセン戦役
・ワルシャワへの進撃からアイラウの挫折まで(1806~1807年の東プロイセン・ポーランド戦役)
・対ロシア戦の再開からフリートラント、ティルジット和約まで
・イベリア半島での戦い(1807~1809)

第4巻
・ドナウ遠征(1809)
・ロシア遠征(1812)
・退却(1813年3月まで)
・諸国民戦争(1813)

第5巻
・1814年戦役
・1815年戦役
・付録(軍事用語一覧、各戦役の編成、ナポレオンへの主要な「背後への機動」の例、主な戦闘の概要、フランス帝国貴族など)
・参考文献
・索引
・(第1~4巻の)正誤表


 正誤表は、分量はそれほど多いわけではないですが、ものすごく少ないというわけでもなく、些細なものも「いや、それはまずいですね」というものもあって、うーん、あった方がいいのはいいかも……。


 あと、最後にちょっと報告です。このブログのリンクに、『ナポレオンの元帥たち』が張ってあるものの、そのリンク先がなくなっていたようで、分かっていたものの放っておいたんですが、先日たまたま、この和訳がウェブページの状態で存在しているのに気付きました。

ナポレオンの元帥たち―栄光を追い求めた二十六人―

 で、リンクも張り直してあります。

 Amazonで書籍版を買おうと思えば超絶プレミアムが付いているので、ぜひウェブページで。



OCSは口頭でインストできるのか?

 OCSをやってみたいという人を見つけてインスト(ルール説明)しようとする……という段階に入り込んでるんですが、しかしその時自分の中でかなりの疑問があります。それは、

 OCSは口頭でインストできるのか?

 という事でして、なんか自分的にはそれって苦しくなくない? とも思ってたんですが、以前読んだとある教育関係本に関して読み返していて、疑問が氷解しました。



 この本の中には、人間に3つのタイプがあって、

1.「具体的動作を見て学ぶタイプで、不良になりがち、将来職人とか向いてる」
2.「聞いて覚えるタイプで、学校では優等生となる」
3.「文字を見て覚えるタイプで、講義形式に向かないが自分で努力して技能を覚える」

 である……ってな事が書いてあるんですが、改めて私は明確に3のタイプであり、一方で良くある「ウォーゲームのルールは説明されて覚えるのが良い。ルールブックとか読んでいられない」という方は2なんだろうな、と。

 尤も、私もごく簡単なルールなら聞いて覚える方が良いくらいなんですが、OCS程度に複雑になってくると、もう読んで覚えないと気持ち悪くてダメでした。だいぶ前から『Enemy at the Gates』とか『BURMA』とかは経験者の方と一緒にプレイさせてもらえる機会があったのに、その時々にOCSに入り込めなかったのは、和訳が気持ち悪くない程度に整理されていなかったのも要因だったのだろうなとも思います。


 そいでもって、先日ワニミさんに言って『えっ……? おお……なるほど』という反応をされたんですが、

 私はそもそも普段からゲームをほとんどプレイしてません!

 プロフィールにも書いてますが、ルールを翻訳してたり、ゲームエイドを作ってたり、戦史本や戦史記事を読んでたり、戦史記事やウェブ記事を自分で書こうとしてたり……ということが多くて、ゲーム自体はほとんどプレイしてない。ウォーゲームを普段からやりまくっている方々と比べると異質です。


 なもんで、OCSを自分がプレイする上でも「他の色んなウォーゲームの経験」が少なすぎてということもあって長考しまくってます。ただ、さっきのタイプ論的にも、自分で考えてTrial&Errorを繰り返して、それでだんだんと経験値を増やしていってある程度自動的にできるようにしていこうと。そうしたら長考さ加減は減るのではないかと。

 『Baltic Gap』のDoppelkopfシナリオも現状では部隊数が多すぎて苦しいのですが、ワニミさんなどは『TUNISIA』をやってて、「もっと大部隊を指揮したい!」と仰ってました。私は『TUNISIA』くらいが現状ちょうどいいです。が、OCSの醍醐味はむしろ大部隊同士の殴り合いにおいてこそ発揮されるらしいので、どんどん慣らしていって、大部隊指揮も軽い負担でできるようになりたいです。

『TUNISIA』キャンペーンの最初の5ターン

 ワニミさんと『TUNISIA』キャンペーンの最初の5ターンを練習プレイさせてもらいました(連合軍側で)。

 最初に、ワニミさんからMMPのお得意様?に送られてくるという『TUNISIA』用の置き換えユニットをいただきました(シートの一部なのですが、シートごと)。ありがとうございます! まだ詳しく見てしてないのですが、これがなくてもプレイに支障はないけども、あるとより厳密な戦闘序列でできるよ、というもの?

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 『TUNISIA』はフルマップ2枚ですが、最初の数ターンはほとんどマップの北辺部分しか使いませんでした(写真中央の白いテープによる四角がカセリーヌ峠シナリオの範囲で、ほぼその北辺以北)。


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↑見えにくいと思いますが(クリックすると拡大できます)、黒い太線が両軍の対峙する中間線あたりで、連合軍側は地中海岸にAR2の弱体なユニットが数個。それにその南東にAR4のフランス軍ユニットが1個。これらの部隊を先鋒として、史実ではチュニスなどを取るべく連合軍は攻勢をかけたし、先日ワニミさんがこかどさんとプレイ(ワニミさんが連合軍担当)した時も、敢然と攻勢をかけたそうです。しかし私はこの状況を見て、「ええっ、そんなムチャな……」と思いました(^_^;

 キャンペーンでなくシナリオの場合だと、写真で白い×印が置かれたヘクスが勝利条件ヘクスで、5つのうち2つを獲得せねば連合軍は負けだとか……。

 ところが最初のターンの天候決定で私が「泥濘」を出しまして、両軍まったく動けなーい。第1ターンは連合軍が第1プレイヤーだと予約されていたのだけども、それも意味なく、第2ターン、イニシアティブは枢軸軍が獲得(^_^;

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 ↑第2ターンが始まってすぐくらいの前線のズームアップです(連合軍側から見てます)。黄色の矢印の様に、早速側面に回り込まれてます。


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 ↑第3ターンくらい? 連合軍としては、中央は広がった平地が結構あって怖いのでそこは保持するにとどめ、西から来たアメリカ第1機甲師団(ただしARは2)を南翼から進撃させようと考えました。ARは低いけど歩兵も数はそろってきたので、北翼からも圧力を。


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 ↑第5ターンの連合軍ターン終了時? 第1機甲師団が結構進んでいってます。

 が。この時点で連合軍の補給はほぼ完全に枯渇。「攻撃された時」用の2T×2くらいしか前線にはありませんでした。


 実は次のターン以降、季節は12月に入り、天候の半分以上が泥濘になって、史実でも作戦行動のない時期だったそうで(ってか実は『歴史群像』のチュニジア戦特集号を買って読んでいて知っていたはずなのですが、頭になかった)。



 しかもこれも頭になかったのですが、キャンペーンでなくシナリオでやるならばすでに終了ターンであり、勝利条件ヘクスの1つたりとも窺う位置にいない私は、「司令官の地位を剥奪」決定(^_^;(モントゴメリー的進撃しかしませんでしたから~)

 ただ、キルレシオ的には損害2ユニット程度で枢軸軍は6~7ユニット飛んでいたので、「キャンペーン的にはあり」だとは言われましたが、いやでも、史実だと空挺作戦とかやってでも連合軍は進んでいたという事を後で『歴史群像』で再確認しまして、いや、空挺ユニットと輸送機があったので空挺作戦は可能だな~とは思っていたんですが。

 ぜひまた今度、しょっぱなから果敢に攻める連合軍もプレイしてみたいです(今回は第1ターンが泥濘+第2ターンにイニシアティブ取られたので、しょうがないといえばしょうがないんですが)。

 あと、第5ターンにもがら空きの側面に回り込まれて鉄道線を切られたりしてしまったので、「主戦線よりも側面の方が大事」という感覚をもっと大事にしていきたいです(おい)


 次回は2月9日のミドルアース大阪で、『TUNISIA』のマレト線シナリオか、カセリーヌ峠シナリオを練習プレイしようという話になっております。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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