fc2ブログ

ナポレオン関係事典2冊

 注文していた以下の2冊が届きました。




 ちらちら見てみたのですが、『THE HUSSAR GENERAL』に出てきた(1807年まで訳を進めました)若い指揮官であるYorckが、1812年にフランス軍側でプロイセン軍団を指揮しており、プロイセン王に無断でフランス側を裏切ったYorck将軍だと分かったり(今まで、Yorckって名前が一緒なだけで別人なのかと思ってました。多分Yorckって名前の人は何人もいたんだろうなぁ……とか)。

 フランス革命戦争についても何ページかに渡る説明があったりで、ブリュッヒャーに関する記事を書く上で参考になりそうです。


 他の本に比べて、必要な時に参照する類の本でしょうから、すぐ手に取れる場所に置いておく事にしました。

12083001

 縦に置けた方がいいのはいいんでしょうけど、まあ大した問題はないかなぁ……。


 ところで、両方ともAmazonでイギリスの古本屋さんから届いたんですが、『Dictionary of the Napoleonic Wars』の方はニューヨークの大学図書館、『Who was who in the Napoleonic Wars』の方はニュージーランドの図書館から撤収?して売られたものの様でした。図書館が、買って置いてみたはいいものの、ほとんど誰にも読まれずにいたので撤収されたものなんでしょうか……。


 夏バテか、ほとんど何も出来る元気がなく、しかもしばらくまた多忙なんですが、余裕が出てきたら「ブリュッヒャーとプロイセン」という題で、とりあえず1805年頃までの記事を書いていけたらと思っています。

スポンサーサイト



『激マン』システムでバルバロッサ~青作戦!!

 GameJournal誌の編集長中村さんからまた、「テストプレイに付き合って欲しい」という事で、自宅にて新しいゲームを拝見してテストプレイにお付き合いしておりました。

 実はGJ友の会の受け付けフォームにてこっそり公開されていたという(中村さんは「し、しまったー!」という体でおられましたが(^_^;))、

■目標!スターリングラード電撃戦
  (「激闘!マンシュタイン」システムの青作戦キャンペーン)

■突撃!バルバロッサ電撃戦
  (「激闘!マンシュタイン」システムのフルマップ3枚連結バルバロッサキャンペーン)


 の、総計フルマップ4枚!

 まずはだいぶ出来上がっている青作戦の方を付き合わせていただきました。

12081701

 写真は第7ターンにて、ドイツ軍装甲師団が占領していたグロズヌイ(右下)が取り替えされてしまい、投了したところ。スターリングラード(右中央)は2ヘクスのうち1ヘクスは奪取していたのですが、マイコプ(左下)が脅かされ、スターリングラード周辺も雲霞の如きソ連軍に包囲されそうな気配がひしひしとありました。

 ヴォロネジ(上方)を取ってマップ右上方向に進撃するという選択肢もあるという事で、面白いゲームになっていると思いました。なにより、『激マン』システムという簡易なシステムで出来るのがありがたいです。


 その後、バルバロッサの方も北方軍集団の方を少しやらせてもらいました(こっちは写真不許可でした)。なんかもー、今回ひたすらサイの目が悪かったのですが、マンシュタイン(とラインハルトも?)が怒濤の進撃をやっていくのが凄かったです。

 チットでドキドキハラハラする『激マン』システムは、ややゲーム的ではありましょうけども、簡便なルールで機動戦を再現するのに適したシステムで、新たにルールをほとんど覚える必要もなくこれらの独ソ戦初期の戦いが大きなマップでプレイ出来るというのは大変な朗報であるなぁと思いました。

 今後もテストプレイをやっていくという事です(特にバルバロッサの方は人数が必要……)。


 ところで今回、撮った写真が斜めっている(真上から撮ると暗くなったり影が落ちたりで、どうしても斜めに撮影しがちです)のを、Photoshop CS6で直せるのではないか……? と思い、探してみたら、ありました! CS6で実装された「遠近法の切り抜きツール」というもの。

 ↓が元の写真だったのですが……

12081702

 この「遠近法の切り抜きツール」を適当に広げた後に、ゆがんでいる四角の四隅にツールの網の四隅を合わせていきます。で、エンターキーを押して数秒待つと、最初に貼ってあった写真の様に!!(90度回転させてますが)。

 今までのPhotoshopでも違うやり方で同様の事は出来たのかもですが……。しかしこれは、検索したり、例えば「PhtooshopCS6の新機能「遠近法の切り抜きツール」を紹介」というサイトを見たりしても、そんなに「おお! これはすごい」と思ったりしないのですが、ボードウォーゲーマーが撮った写真をこのツールで修正出来るというのは非常に非常に便利な機能ではないでしょうか。今後活用していこうと思います。

『The Habit of Victory』和訳ほぼ完成しました

 盆休み中に進めていた『The Habit of Victory』の和訳ですが、分量的にはほぼ完成しました……と思います。

 ただ、「どう訳したらいいのか……」というのが困ってしまう様な部分が(多分)10数カ所くらい残ってます。何回か見直すうちに分かってくるかもしれませんが、どうしても分からない場合どうするか。人の手を借りるべきかもしれません。

 最終チェックなどもしなければならないと思うのですが、とりあえずの作業終了を祝いたいと思います(^_^;)


 これを機会に、『The Habit of Victory』の戦闘シナリオ(限定)用のシークエンス表のデータを公開しておきます。以前も一度公開してましたが、2度ほどプレイした上での修正版です。

http://www.mediafire.com/view/?1ktakp76jp9s3b4


 「おれ、『The Habit of Victory』の和訳が終わったら、ブリュッヒャーの伝記記事書くんだ……」とか、死亡フラグの様な事は思ってたりするんですが、まあどうなるか……。フランス戦の自作ゲームも作りたいし、OCSを練習しなければいけない様な気もするし、またなんやかんやウォーゲーム関係の仕事が入ってくるとか……。

 ニコニコ動画上の投稿動画に昨日、「うp主の新作楽しみにしてるよ」という書き込みがされてました。もうずいぶん投稿してなく、「イタリア軍敗走動画:後編」の作業もストップしたままですが、ありがたいことです……(T_T) 



 「後編」は、シナリオは出来上がっている?ので、後はモチベーション次第? やる気が降臨してくれれば……!

盆なので『The Habit of Victory』作業中

 今まで進めることをサボっていた『The Habit of Victory』の和訳ですが、盆休みであるので「どないかせんといかん」という事でやっております。

 良く分かっていなかったのですが、先般ミドルアースで古角さんとお会いした時に「ザッカーのルールブックは大変でしょう」という風に言われ、『ああ、なるほど!』と思いました。確かに他のルールブックに比べてみると、どこに何が書いてるか分かりにくい、使用してある語が一定しない、説明不足ではないかという部分が散見される……等々で、だから訳すの大変なんですね……。しかも量が膨大!(エラッタも結構あるし、さらにカード説明のための追加説明が膨大な量なんですが、この追加説明が文法的になんか色々省略されてるっぽくて分かりにくい(T_T)(T_T)(T_T))

 しかし泣き言ばかり言っていても始まりません。和訳がストップする一番の原因となっていた「Operational Intent Card」という用語なんですが、当初わけも分からずに「作戦意図」ととりあえず訳していたんですが、そのカードの使用方法から察するに「移動力設定」と訳した方が良さそうだと思い、そう訳す事にしました。

 盆休み初日の昨日(13日)は、「とりあえず最後まで和訳はしてあるけど色々不明点満載」の和訳バージョンの印刷したもの全26ページのうち、15ページまで「不明点」を潰す作業をしまして、まあまあかな、と(最初の方ほど不明点は少ないのではありますが)。今日作業をしていると、カード関係の部分が入ってきました。

 その中で、攻囲戦関係のカードで「Parallels」というのが出てくるのですが、これが当初意味不明でとりあえず「パラレル」とだけ書いておいていたのですが、今回は不明点を潰す作業なので、さらに調べてみる。新しく買った『ジーニアス第4版』の電子辞書を見てみる……ふさわしそうな訳語なし……。しょうがないので、これも新しく買った『ランダムハウス英和大辞典』を見てみる…………………………「あ、あっ! 《築城》平行壕って訳がある。これじゃあ?!」 ググってみると、攻城戦で平行壕を何本も掘るのだという説明が出てきました。これっすね! 素晴らしい!



 これらの辞書はVAIO Zを購入した時に、今までVAIO X(XPで運用してた)の時に入れていた国語辞典や和英辞典がインストール出来ない/古くさいのでなんかもっといいのはないかという事で色々探していて買ったものでした。

 ロゴヴィスタの電子辞書というブランドは全然知らず、当時はレビューもなかったので賭けで購入してみたのですが、すごく悪くはないし、中に入っている『ジーニアス第4版』は分かりやすく面白いので、普段使っている『英辞郎』だけでは訳せない時に参照して、『英辞郎』には載ってない訳が載ってたりして役に立ってます(第2版は本で持っていたのですが、第4版の方が遙かに面白くていいような気がします)。

 『ランダムハウス英和大辞典』は、Amazonのレビューなどを見ていると非常に評価が高いのですが、VAIO Zで参照出来る様にするために電子辞書版を買おうとすると、プレミア付きで4万円ほどもかかってしまう……! とてもそんな金をかけるわけにはいかないのでどうしようかなと思っていたら、書籍版が(当時)古本で4000円弱で買える事に気づきました。家に置いといて参照すればいいかー、という事で買いまして、すぐ参照出来る様にデスクトップ機のすぐ上の空間に置いてあります。VAIO Zで訳していてジーニアスでも分からない時にはメモっておいて、帰ってきてから見たりもしてます。

12081401
↑27インチディスプレイとプリンタの間に横に寝かせて置いてあるのが『ランダムハウス英和大辞典』です(カバーは取って使う派なのです)


 これまた余談ながら、今まで訳を書いていくのに『Nami2000』というアウトラインプロセッサを使っていたのですが、長い間「字の色が変えられたりすると便利なのに……!(変えられないのです)」と思ってました。ところが先日気分転換にアウトラインプロセッサを探してみて、『StoryEditor』というソフトがその要望にぴったりかなうものだと知って、それを導入して使ってみています。

フリーソフト「Story Editor」を使う



 最近『英語脳の鍛え方』という本を買ったのですが、それには(P265)、

 英和辞典の紹介
1 『ジーニアス英和辞典第4版』(大修館)学習辞典では超スグレモノ。
2 『ランダムハウス英和大辞典第2版』(小学館)翻訳家には必携。


 なんて書いてありました。割愛しますが、その他にも3冊英和辞典が紹介されてて、更に特殊な辞典が5個、英英辞典が5個紹介されてたり……。

 今までほぼ『英辞郎』一本で訳してきた(ググったりもしてましたが)んですが、Amazonのレビューを見てたりしても「複数の辞書を活用する」という事の重要性に気づきました(遅い)。

 『Illustrator』や『Photoshop』の解説書も1冊だけではダメだと思って複数買い始めたりしてたんですが……(実際、買ってみてその考えは正しかったと思います)。しかし金がかかるぅ……。

↓買ってみた解説本。どれもオススメかと思います(「逆引き……」は今見たらCS6版が出てた……(T_T))



 ただ、MustAttackを眺めてたりして思うのは、「皆さんゲームされたり、ゲームをいっぱい買ったりしてはるけど、自分はゲームするよりも洋書を訳してたりするのが楽しいなぁ……」と。というか、「『The Habit of Victory』を訳さなければならない事を考えると、普通にゲームなど楽しめない」という問題もあったりします(洋書の訳は、『The Habit of Victory』からの「逃げ」でした(^_^;))。

 あ、でも洋書の訳というのは、別に英語を訳すのが楽しいという意味ではなく(そういう時もあるけど、しんどい事の方が多いのです(T_T))、「知りたい事なのだけど日本語で読める本がないから訳していて、そうやって未知の事が知れるのが楽しい」という事であります。

 ブリュッヒャーの件でも、どうせなら詳しく知った上でゲームがしたいと。いや、最近は、ゲームしなくてもいいから詳しく知りたい、という感じになってますが(^_^;)

 ブリュッヒャーに関する英語本で注文していた『Blucher and the Uprising of Prussia Against Napoleon, 1806-1815』が届いたのですが、表紙のアヤしさから危惧していた通りリプリント版で、それはいいのですが、どうもGoogleがスキャンで読み取ってそのままレイアウトなんかも無視して(コストをかけない為だと思いますが)印刷したものだったのですね。地図や写真や索引なんかはごっそり省かれています。スキャンも、「1%くらいミスしてると思います」と書いてあるのですが、実際それくらいある様です(^_^;) でもまあ現物がほとんど手に入らないか、あるいは高額でしか手に入らないとしたら、価値があると思います。




 1806年戦役に関する良い本があれば注文したいなとも思ってR/Dさんのサイトを見たりもしていたのですが、どうもあまりこれといったものはない様だし、OSGのザッカー様の本を参考にしたいと思ってます(それだけでもかなり分量あるのだし)。

 ただ、ナポレオン戦争時代の人物や戦いの概観についての知識が足りないなぁと思って、以下の2冊を注文してみました。出来れば人物について、そのキャラクター(個性)が書いてあってくれると嬉しいなぁと思ってます(私は「事実」よりは「キャラクター」(と「システム」)に興味がある人間なので)。




偉大なるプロイセン陸軍参謀総長様だったとわ……!

 ワーテルロー関係の洋書などを読んでいると良く出てくるプロイセン軍の将校として、ミュフリンク(Müffling)少将という人物がおります。

 ワーテルロー戦役の時、ウェリントンの司令部に居て、プロイセン軍側との連絡係将校をしていた人物です(同様にプロイセン軍司令部にはイギリス側からハーディンジ中佐という人物が連絡係将校として来ていました)。

 このミュフリンクという人物の印象として私の中にあったのは、漠然と「滑稽なネタにされる人物像」という感じでした。というのは、R/Dさんの、

 大陸軍 その虚像と実像 1815年6月15日 ブリュッセル

のページの最後の部分に、「根拠のないヨタ話」としてですが、以下の様にあるのがイメージ作りに買ってたのです。

『断言できないが、ブリュッヒャーは至急の情報を送るのに軍の中で最も太った男を選び、そいつは30マイルを移動するのに30時間もかけたのではなかろうか』
 ……
 Hofschröerによるとこの最も太った男とはミュフリング自身のことだという。
 ……
 だが、このNapierの手紙はかなり多くの人から人気を集めているようだ。歴史関係の本だけでなく、フィクションの中でもしばしば引用されている。バーナード・コーンウェルの小説「炎の英雄シャープ ワーテルロー」にもこの「太った男」は登場している(階級はなぜか少佐だが)。そして、1971年に作られたSergei Bondarchuk監督の映画"Waterloo"にも、やはり太ったミュフリングがどたばたと駆け込んでくる場面がある。




 その他にも、連絡係将校として来ていたのに英語を理解してなかったというネタがあったりしなかったかな……? と思ったのですが、見つけられず(単なる思い込みかも)。

 見つけられたものとしては以下のものがありました。

 この【6月18日の】朝、Muffling【プロイセン軍から来ていた連絡将校】はウェリントンに、この城館【ウーグモン】を保持するための守備隊の能力についていくらか不安を述べていた。ウェリントン公の唯一の答えは、「ああ、しかし貴官は【ウーグモンの守備を任された】Macdonellを知らないから。」というものであった。危機の瞬間に、この中佐は軍の中で最も並外れた戦士のうちの一人としての彼の名声の価値を自分自身で証明した。

                                    -『The Battle』P96辺り




 ウェリントン公爵の、いかにもな話し方と、なんだか右往左往するミュフリンク少将の人物像が伝わってくる様であります。


 さて、ミュフリンクに関してはこれくらいの印象しかない中で『THE HUSSAR GENERAL : The Life of Blücher, Man of Waterloo』のワーテルロー前の部分を読み始めまして、その中でミュフリンクがワーテルロー戦役前にブリュッヒャーを「もうろくじじい」扱いしてたりしたという事は以前ちらっと書きました。

 その後、この本を先頭から読んでいると、ミュフリンクは1794年頃の対フランス戦役中にユサール連隊の連隊長となっていたブリュッヒャーとは別の部隊の騎兵中隊長として、ブリュッヒャーが「完全に信頼する事が出来、彼自身のほとんんど狂信的なまで決然とした精神のいくらかを感染させた若い将校達(前掲書のP34辺り?)」の一人として名前が挙げられてきます。

 その後実際の戦闘の中で、ミュフリンク(中佐)はブリュッヒャー(大佐?)と窮地の戦いを何度も切り抜けるシーンが出てきます。なかなかにスゴイ。


 ……という感じだったのですが、先般フト思いつきまして、ミュフリンクをWikipedia上で探してみたら、日本語版には項目がなかったのですが英語版にはあり、これを訳してみる事にしました。そしたら!

12081001


 Halleで生まれ、Mufflingはプロイセン軍に1790年に入った。

 1799年、MufflingはW.von Leipziger中尉によって編集された軍事辞典に寄稿し、1802年から1803年の冬に、その時準大尉であった彼は補給係将校として、新しく作られた一般幕僚に任命された。彼はそれまでにすでに調査の仕事をしており、この時天文学者のFranz Xaver, Baron Von Zach (1754--1832)の元での調査義務を担当させられた。1805年、フランスとの戦争が視界に入ってきた時に軍は戦時体制を取り、Mufflingは大尉に昇進し、一般幕僚として割り当てられ、連続して、General von Wartensleben, Frederick Louis, Prince of Hohenlohe-Ingelfingen and Gebhard Leberecht von Blu"cherの幕僚となった【?】。

 1806年にはMufflingはHohenlohe, Karl August, Grand Duke of Saxe-Weimar-Eisenach, and Blu"cherの元で仕え、リューベックの戦いの翌日の、その最後の軍団での【?】1806年11月7日のRatekauでの降伏調印にも参加した。この後、彼はWeimar公【? the Duke of Weimar】の行政事務【公務員?】に入った。彼は1813年の解放戦争の勃発で再び軍に入り、シレジア軍の司令部将校となった。彼の仕事の質と良識は非常に高く評価され、Mufflingとグナイゼナウとの間の気質の違いがしばしば摩擦を引き起こしたが、特に前者は戦略家の学校のある程度古くさい地理感覚であったので【? especially as the former was in a measure the representative of the antiquated topographical school of strategists】、イエナの戦いの破滅は(大部分が明らかに)彼に起因していると考えられた【?】。最初のパリの占領と百日戦争との間の期間には、Mufflingはロシアのバルクライ・ド・トリーとFriedrich Graf Kleist von Nollendorf将軍の参謀長として仕えた。ワーテルロー戦役では彼はウェリントン公爵の司令部のプロイセン軍連絡係将校であり、1815年6月16日のワーテルローの戦いに関する様々な議論の中心となって参加した【?】。

 ナポレオンの最終的な退位の後、Mufflingはフランス占領軍のスタッフの一員として働き、数ヶ月間軍政府長官を務めた。彼は自身の時間の一部を調査の仕事でライン川で過ごし、また彼はフリードリヒ・ヴィルヘルム3世に様々な政治的任務で従事した。1821年に彼はベルリンで陸軍参謀総長となり、戦争訓練の費用において地理的業務に熱中しがちという批判を受けはしたものの、彼の仕事は無駄ではなかった。なぜならば、彼は陸軍参謀本部へ優れた組織を与え、精巧で有益な調査を達成したからである。1829年、彼はロシアとトルコの間の平和交渉に関連してコンスタンティノープルとセント・ペテルブルクを訪れた。彼はプロイセンの軍事あるいは政治史において卓越した部分を占め、1838年から1847年まではベルリン総督を務めた。彼はまた、「けば」(地図上で地形の起伏を表す線)というやり方の発案者でもあった。後に健康の悪化から退職し、1851年1月10日に、ベルリン近くのRinghofenの彼の所領で亡くなった。



 参謀総長……? しかも超優秀っぽい書き方……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 慌てて渡辺昇一氏の『ドイツ参謀本部』とヴァルター・ゲルリッツの『ドイツ参謀本部興亡史』をひもといてみたら、全然のってるぅ~! ばっちし読んであって、蛍光ペンで線もいっぱい引いてあるのに、あのミュフリンクとこのミュフリンク様との間が結びついてませんでした……

 この2冊から引用すれば、こう(ある程度分量があるので、印象的なところだけ抜粋してます)。

 ミュフリングは、思想的にはシャルンホルストとは反対であったが、参謀本部の本質的な仕事として将校教育を重んじた点では十分その衣鉢を継ぐ者であった。彼は参謀将校を偵察の目的で旅行させるというシャルンホルストの方法を復活した。そして、兵棋演習(クリークスシュピール)を考え出す独創性をも持っていた
 ……
 些細なことであるが、ミュフリングは参謀将校の服装を華麗なものにした。上衣は紺色で、襟章と袖章は洋紅色、それに銀糸の刺繍がしてあり、ズボンは白色、肩章は銀色、そして帽子は白い羽根のついたスヴァイ・マスター帽である。

                                -『ドイツ参謀本部』P111~2



 ミュフリンクは全くの実務家で古い流派の専門家だったが、参謀本部をなによりもまず、平時の軍事技術上の任務に適合するように再編成した。……
 シャルンホルストによって始められた慣例の演習旅行は拡大され、さらに陸地測量に平板測量法が導入された。ミュフリンクは技術面の極めて豊かな着想の持ち主であって、地図・模型あるいは砂盤を用いての「図上演習」で作戦状況の再現を行なう、という習慣も彼をもってその元祖とする。すなわち、個々の戦略・戦術上の問題の把握において、費用のかかる演習抜きでも参謀将校の訓練ができるようにするためである。これは当時としては全くの新機軸であった。
                                 -『ドイツ参謀本部興亡史』P95







 
 兵棋演習の発明者! ということは、我々ウォーゲーマーの始祖ということになるではないですかあああああああああああああ………………。

 (尤も、兵棋演習の発祥には色々な説があるってことはありがちだと思いますが(調べてません))。



 今回非常に教訓となったのは、本を読んでていて出てくる人物の「人生全体」も見られるならどんどん見ておかないと、という事でした。いや、そういうのを「見たい」という思いはあり、『Waterloo 1815 : Quatre Bras & Ligny』なんかにあったようにコラム形式で書いておいたら面白そうだよね、とは思っていたのですが、いや、もっともっと。


 『THE HUSSAR GENERAL : The Life of Blücher, Man of Waterloo』を見ていると、ブリュッヒャーが激賞している将軍としてリュッヘルやホーエンローエなどが出てきます。ここらへんの人物も、名前は知ってるものの人物像や業績は全然頭になく、興味あるところで、実際ホーエンローエを調べてみたのですが、いや、非常に面白かったです(また書くかもです)。

今までの訪問者数(2011/9/17以降)
プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

Twitter
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
オススメ本
バナーで応援コーナー
ぜひ見て頂きたいページへのリンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR