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『日露日本海の戦い』のマップ

 続けて『日露日本海の戦い』のマップを作ってました。

 本当はYahooマップの色使いがいいので、それを使わせてもらえたらデザイン的にはいいなぁ(著作権的には……)と思うのですが、地名が消せないのでやはり自分で描くしかありません。

 土曜の夜から着手したのですが、頸椎の椎間板がすり減っているとかで数日前から左肩~左腕が非常に痛く、ペンタブの姿勢が悪いのか非常に苦しく……。朝、「よーわからんけどマウスでやろう」と思ってやったらなんとかなりました……ぐおお。

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 着手前は「日本の各師団の所在地とかも記そう」なんて考えてたりしたのですが、ごちゃごちゃしすぎてダメだなとこの案は放棄。その代わりに?列強の勢力範囲を描いておこうと思いました。列強のうちのロシアが朝鮮半島(と滿洲)をとるか、日本がとるかの戦いであった事が分かりやすくなるのではないかなと……。

 大韓帝国(当時の朝鮮の呼称)の色使いは最後まで迷ったのですが、日露の引っ張り合いの対象であった事が分かりやすいようにほとんど白色にしてみました(真っ白だとちょっと変なので、少し紫がかった状態にしてあります)。

 一応及第点には達したかと思ったので、とりあえず……もっとかっこよくするにはどうしたらいいのか~。
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『日露日本海の戦い:War at Japan Sea』ユニット

 続いてSLGamer Vo.5向けの、『日露日本海の戦い:War at Japan Sea』のユニットを作っています。

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 各艦のシルエットですが、最初の三笠などを作業した時に『Photoshop』でシルエット以外の部分を「色域指定」で選択していたら黒で塗りつぶす時に指定領域からはみ出すので、「どうしたものか……」と思っていたら、「自動選択ツール」を使えば問題なくはみ出さないという事が分かりました。φ(..)メモメモ

 で、それ以来シルエット作りは一応さくさくは進んだのですが……艦種が多い!(T_T) Vol.4の『ロンメル・アット・エルアラメイン』の時は数種しかシルエットを作らないでよかったのですが……。やっぱ種類が多いと大変でした。

 しかも全長を、たとえば三笠の131mならば1万分の1にして13.1mm、それを0.8倍して10.48mmくらいになるように……と調整して置いていったのですが、巡洋艦とか駆逐艦(日露戦争当時の区分はかなり違うらしいですが)の方が戦艦よりでかかったりする!!

 特にノヴィーク/ディアーナやロシア/グロモボイ辺りの存在感のでかさは異常……。多分、でかくても時代遅れの艦だったりして戦力的には大して強くない、とかだと思うのですが(良く知らないのですが……)。

 数字とアルファベットのフォントを、なんかかっこいいのに……と思って探していたのですが、「Empire」というフォントがあって、まあまあよさげなので、「ロシア帝国」と「大日本帝国」との戦いだからちょうどよかろう、という事でそれを採用してみました。

 あと、マーカー類はとりあえず作ってみただけなので、もうちとかっこよくしたいところです。が、マーカー類のかっこよく仕方が分からない……(とりあえずCMJのとか研究してみます)。

 それから、マップを作らねばなりませんが、まったく着手してません。あと一日で出来るかなぁ……。



SLGamer Vol.5 日本海海戦

 初心者向けウォーゲーム同人誌『SLGamer』Vol.5向けの、日本海海戦のユニットのリファイン作業に再着手し始めてます。


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 まだ全然途中なので、能力値の部分はめちゃくちゃです……。名前をどうやって入れていくかが問題です。ロシアの2艦ずつあるやつは、日本ののみたいに1行には入らないですかねぇ……。

アウエルシュタットのゲームの縮尺を比較してみた

 とある経緯から、OSGの『The Coming Storm』を手に入れる事になりました。

 1806年のイエナ・アウエルシュタットの戦い、プルツスク/ゴリミンの戦い(←この戦い全然知らないんですが)、1807年のアイラウの戦い、フリートラントの戦いの4つの戦いを扱ったクワドリ(4つのゲームを同じシステムで同梱した)ゲームです。ケヴィン・ザッカーによる新しいシリーズらしく、旅団規模で1ヘクスは500m程度、カードを使用しますが、カードドリブンシステムというわけではないようです。

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 私は現状、1815年に非常に興味があり、あとは1806年と1813年(←いずれもドイツが舞台ですね)にも若干興味があります(逆に言えば、ナポレオニックでもそれ以外の年に興味がない……)。1806年といえばイエナの戦いとアウエルシュタットの戦いで、いくらかゲームを持っているので縮尺を比べてみようと思い立ちました。

 比べてみるゲームはAHの『War and Peace』、OSGの『1806』、OSGの『The Coming Storm』、CoAの『La Bataille D'Auerstaedt』です。これらのゲームはホントにだんだん縮尺が大きくなっていく関係になってますね。

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 まずは『War and Peace』です。全体像は↓です。

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 が、ここからだと次の『1806』のが分かりにくいので、中央の2枚だけにしますと、

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 四角く囲った部分が、『1806』の領域です。エアフルトとヴァイマル(とバイロイト)の位置から合わせましたが、ライプツィヒはホントは『1806』のマップ外です。……あいや、良く考えたらエアフルトは私が貼ったやつなので、ほんとはもっと北西にあってとかかも……。

 次は『1806』の中の『The Coming Storm』の領域です。『1806』はフルマップ2枚です。

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 良く分かってないんですが、フランス軍はこのマップの下(南)の方から侵入した……らしい?


 次は、『The Coming Storm』のイエナ・アウエルシュタットマップの中の『La Bataille D'Auerstaedt』の領域です。

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 なんと、『La Bataille D'Auerstaedt』にはアウエルシュタット村は入ってなかったのですね……。むかーしにプレイした事はあったのですが、全然分かってませんでした(^_^;

 最後に、『La Bataille D'Auerstaedt』のマップです。

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 やってみて思うに、こういうの結構好みですわー。『L'Armée du Nord』の中のバタイユシリーズのマップの領域……とか、面白い様な気がします。そのうちやりましょう……。

『The Legend Begins』のイタリア軍を……

 ミドルアース大阪に行ってきました。

 ゲームは北アフリカキャンペーンを扱った『The Legend Begins』に参加させてもらいましたが、だいぶ前に一回やっただけでルールを覚える余裕もないので、イタリア軍だけを担当させてもらいました。……といっても、大して何もせず見ているだけでしたが(^_^;

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 シナリオはロンメルの第二次攻勢で、セットアップ戦力を見ているとかなり色々ぼろぼろです。なかなかに興味深い……。イタリア軍は、トリエステ自動車化歩兵師団だけがなんとか(足の速い歩兵戦力として)使い物になるという感じでしょうか。ドイツ軍もけっこう傷を負った状態でした……。写真はエル・アゲイラから東方を見たところ(この視点いいなぁ)

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 面白いなぁと思ったのは、すぐに増援でリットリオ戦車師団がかなり戦力を持って登場するのですが、「戦略予備」に指定されていて(史実通り)戦闘に投入出来ないこと。守備隊に指定して、そこに英連邦軍が攻撃してくれば戦闘できるのですが。

 私は明日から仕事で多忙で体調も悪かったので、ごく早めに切り上げて帰らせてもらいました。

ミューズ川突破されました(T_T)

 ミドルアースでの『Wave of Terror』2日目に参加してきました。

 が。やはりかなりやばいと感じていた様に、ディナン方面はまったく手の施しようがなく、2日目に1ターンだけはなんとか防いだものの、その後はまったく放棄せざるを得なくなりました……。

 しかし、勝利ポイントがいくらか入るだけだと思っていたら、実はそこにいるドイツ軍ユニットの数の分、毎ターン勝利ポイントが入るのだとのこと!(全然把握してませんでした……)

 そりゃーどうしようもないなぁ、という事で、ディナン方面への突破と、あとアメリカ軍のバストーニュ方面への攻勢だけ処理して終わることになりました……。バストーニュ方面への攻勢は私が指揮していたわけですが、うーん、正直あんまり強力な攻勢とは言い難かったですねぇ。

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 「なぜ負けたのか」ですが、とりあえず損害が多すぎたのではないかというのは昨日から言われてました。しかし具体的にどうすれば良いのか……?

 色々意見が出たのですが、ある程度有力かと思えたのは、

1.撃破されやすい小戦力スタックよりも、大戦力スタックをなるべく作る
2.「戦闘-移動」を使って、殴ってから逃げる

 特に2は、今回とにかくゲームでは逃げてばかりだったのですが、史実ではアメリカ軍は強力に反撃していたわけで、「らしい」なと。

 で、3時くらいに終わったこともあり、その後さらに練習プレイをやってみてました。

 結果としてはしかし、1と2をやりまくったからといってうまくいくもんでもないなぁ……と。小戦力スタックも、かなり作らねばならないし、反撃したら良いというものでもない。結局、やることの「軽重」をその都度はかりながら行動すること、また、捨てるべきものは思い切って捨てること、計画出来る事はなるべく計画すること……なんかが必要かなと思いました。

 今回負けてしまいましたが、同じ連合軍を担当した人とも、「かなり楽しめた」と話してました。悩んでプレイし、考えるのが楽しいですね。

 『Wave of Terror』はかなり簡単で楽しめるゲームなので、またやりたいです。


 次回の予約は今回してないんですが、可能であればなんらかのナポレオニックゲームが出来れば嬉しいですね……。

1.『L'Armée du Nord』
2.『1806』
3.『Hundred Days Battles』

 という順番でしょうか。しかしルールを把握してません(^_^;

バルジの戦い(『Wave of Terror』)

 ミドルアース大阪にて、『Wave of Terror』の多人数対戦に参加してきました。2日かけての1日目です。

 前回の練習の時には連合軍北翼を担当したのですが、今回は連合軍南翼を担当しました。バストーニュ方面ですね。

 前回北から見ていた時には南翼はユニットが多そうなイメージを持っていたのですが、あにはからんやコマの少ないこと……。でも私はコマがびっしり並ぶのはあまり好きではなく、すきまだらけの方が好きなので、むしろ良かったです(#^.^#)

 展開は緊張感があってよかったです。なるべく相手の邪魔をするように、戦略移動が出来ない様にさせる……というのは結構うまくいったと思いますが、全体として連合軍の損害がものすごかったので、1ユニット~2ユニットのスタックで守るのは得策ではなく、なるべく3ユニット~4ユニットのスタックで重点防御した方がいいのかな? というのが反省点ですが、そうすると開放する進撃路は開放しまくるという事にもなると思いますし……ううーん、難しい。

 努力はしたつもりなのですが、橋が全然落ちなかったりで、バストーニュは完全包囲されてしまい、風前の灯火です。それはまあ覚悟の上なのでしょうがないのですが、ディナン方面(西)に突破されかかっている……という辺りで1日目のお開きとなりました(第5ターン第2カプレットの連合軍移動直前)。

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↑紫波線が攻勢発起線で、黒い矢印がドイツ軍の主な進撃路。緑波線がアメリカ軍の戦線で、数カ所破断し、被包囲もあります(南東の包囲がバストーニュです)。ミューズ川沿いには茶色波線のイギリス軍がいますが……。

 北翼でも大穴が開いてますし、まじやばいです。練習の時にも装甲師団数個が波の様に波濤を形成していて「恐怖の波」と呼ばれていたのですが、それの再来となるか……。


 明日、続き(で、さらに1人入って5人プレイになる予定)なのですが、開始1時間くらいで「あ、もう無理ですね」とならないか怖いところです(^_^; イギリス軍ユニットもいるし、サドンデスにはならないのじゃないかなぁと思うのですが……。

プロイセンの領土とネーデルラント連合王国

 年末年始の10日間ほどは、ずーっと記事や翻訳の仕事してました……。目も精神もしんどいので、「もー、明日(6日)は仕事しねーぞ!」と思って、基本好きな事をやってました。

 プロイセンの領土やネーデルラント連合王国についてここんとこ興味を持っているわけですが、フト思いついて、「Prussian Territory」というキーワードでネット検索してみたところ、また結構色んな画像やサイトが引っかかりました。

Prussia
 ↑ここは、若干ドットの粗いぼやけた地図ですが、1805年から1807年までのプロイセンを図示した、あまり見ない地図です。
 フランス第1帝政とむしろ同盟してハノーヴァーを手中にした状態から、1806~7年の戦役で矢印の様にどどどどんと蹂躙され、緑色の領域を失う事になったわけです。


http://www.ieg-maps.uni-mainz.de/gif/d814_a3.htm
 ↑は、何のサイトのか良く分かりませんが、1814年のどうもパリ陥落後のヨーロッパ地図であるような気がします(フランスが王国になってるっぽい)。
 ラインラントの辺りはもちろん、ベルギー辺りまでがプロイセン領……というか、unter Preussischer Verwaltungと書いてあるので、「プロイセンの管理下」になっている様です。のみならず、その右下は「オーストリア管理下」、さらにザクセンとポーランドは「ロシア管理下」になっている! この地図は、なかなかに見られない貴重なものの様な気が


HISTORY OF PRUSSIA
 ↑ここもよーわからんのですが、プロイセンの領土の変遷の地図が何枚かあります。肝心の我らが1815年の地図がないような気がしますが、1820年の地図をクリックすると……あら不思議、1815年の地図でした(なんでやねん)
 この地図は、1810年のプロイセンが最悪の時の領域を基本として、「1789年に持っていた領土を再度得たもの」と「1815年に新しく得たもの」を非常に分かりやすく、細かく明確に綺麗に描いてあってかなりオススメの様な気がします。


The Hohenzollern State (Prussia), 1786-1806
 ↑フランス革命のちょっと前からプロイセンがどんどん領土を増やし始め、1806年戦役でがくんと領土を失った経過を3枚の地図とある程度の量の文で説明してあるサイトです。
 「読みたい」と思ったのですが、すらすら読めるだけの英語力がないので、印刷してみて分からない単語を書き加えていく方法で読んでみました。簡潔ですがなかなか面白いです。
 興味深かったのは、アンスバッハとバイロイトを「購入した」と書いてあった(と読める)ところなんですが、そういうことがあったんでしょうか?
 それから、「この時代にプロイセンの領土は急激に増大し、そして急激にそれを失った」という説明があって、なるほど~、と(それでまた、1815年にかなりの領土を得るわけですが、しかしそれは1806年までに得ていたポーランド方向とハノーヴァー方向を失い、代わりにラインラント方向を得るというものでした)。
 説明にはフリードリヒ・ヴィルヘルム3世なんかの事もいくらか書いてあるのですが、説明が簡潔で良く分からない面があります。フリードリヒ・ヴィルヘルム3世についても詳しく知りたいですねぇ……。


The Crossroads: Netherlands Forces at Les Quatre Bras 15 - 16 June 1815
Part I: The Kingdom of the Netherlands

 ↑題名だけ見ると、カトル・ブラに関して書かれた記事っぽい印象を受けますがあにはからんや、ネーデルラント連合王国成立の事情なんかを詳しく書いたネット記事の様な気がします。
 このページの最初のあたりに一枚の牧歌的な絵があるのですが、これがワーテルロー戦役当時のカトル・ブラの様子(直後に描かれたと推定されてる)だそうです。これはすばらしい! 南から見た風景で、すなわち絵の向こう側がワーテルローの方向で、右の方向にリニーがあるわけです。
 それから、交差点の右側にある建物は今でも残っている……と説明がありました。で、写真がたくさん載っている『Waterloo 1815:Quatre Bras & Ligny』なら写真が載っているのではないかなぁと見返してみたら……ありました! P60に白黒写真がありまして、交差点の中央からこの建物を撮ったものっぽいです。しかし色が黒っぽいのはなぜなのか……。しかも建物にはでかでかと「←WATERLOO Mcdnald's」と、おなじみのMのマークのマクドナルドの看板が出てまして、なんか雰囲気ぶちこわしや~。ワーテルロー村にはマクドナルドの店があるのでしょうか? ちなみにこの写真のキャプションによると、この建物は今使われておらず、早急に修理が必要な悲しい状態だ、ということです(T_T)



 あと、この本には4ページだけカラーページがあり、その中にカトル・ブラの街道の様子を描いた絵もあるのですが、交差点は描かれておらず、どこを描いた絵か良く分かりません。ただ、キャプションにも説明のある面白いところは、馬車(車輪)用の石畳の舗装道路部分が街道の5分の3くらいあって、残りは車輪以外で使用する砂利道になっている、というところですね。

 元のネット記事の話に戻りますが、最初の方だけ読んでみたのですが、ネーデルラントはちょっと前からイギリスがアントワープという重要な港を守るための緩衝国を作ろうと思っていて……とか、それで亡命してあちこちを転々としていた元々オランダ元首の家系であるオラニエ・ナッサウ家のウィレム(いわゆるワーテルローのオラニエ公の父ちゃん)に「君をネーデルラント連合王国の君主にするつもりだよん」と伝えると、ウィレムは速攻図にのって「ベルギーだけじゃなくてライン川あたりも欲しいぞ!(by 我那覇響) だってそこをプロイセンに取られたら、まずいんだぞ!」と運動を始めたらしいのですが、イギリス側はそういう事には興味がなく、「でも君ぃ、ナポレオン戦争の時の態度は曖昧、どっちつかずだったよねぇ……? くっくっく」とかやり始めた……という辺りまで読みました。かーなーり、面白いです(#^.^#)


The Crossroads: Netherlands Forces at Les Quatre Bras 15 - 16 June 1815
Part I (continued): The Kingdom of the Netherlands

 ↑こちらは先ほどの記事の続きで、肖像画はさきほどのウィレム(オラニエ公の父ちゃん……といっても、1814年当時は彼がオラニエ公なのでややこしい)。この記事の一番最後の注記(Notes)の直前にネーデルラント連合王国の地図があるのですが、この地図の「ワーテルロー戦役前と後のフランスとの国境の変化」は、今まで見た中でなんとなく一番信用出来る線であるような気がします(^-^) ので、これを使って作成中の地図の作業を再度やろうかと……。

 ただここでまだ問題なのが、ルクセンブルクの領域です。今まで見てきた資料では、1815年のルクセンブルクの領域は現在のルクセンブルクの領域とほぼ同じだったのですが、今日見てきた資料だと西にもうちょっと膨らんでるものが多い。こちらを採用すべきなのでしょうか……。尤もこれも、ワーテルロー前と後とかって問題もあり得る……。

 まあ、(本とかでなく)ブログ上で発表する程度の作業なので、「暫定です。間違いが分かったら訂正します」で全然いいとは思うのですが(というか、あらゆる本は暫定的な仮説であって、「絶対に間違いのない本」など存在し得ませんが)。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

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