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1789年から1815年の独仏国境周辺

 以前のエントリー「ドイツの歴史地図」にも書いてたんですけども、Wikipedia英語版(あるいはドイツ語版)から、1789年から1815年のドイツ諸邦の地図を落としてきて、それを大変参考にさせてもらってます。

 再度ある場所を書きますと、たとえば以下の様な場所です。

Unification of Germany
Rheinbund
Deutscher Bund

 今回試しに、これらの地図の独仏国境周辺だけを並べたものを作ってみました(サイズが若干違ってたりするので、調整してます。クリックすると元の3232×1200ドットの画像が表示されると思うのですが、FC2ブログが500KBまでの画像しか入れられないので、画質は悪いです)。

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 以前書いた事とだいぶ重なってしまいますが、その後得た知識も含めて書きますと……。

 1789年にはまだ細かい諸邦がたくさんあるのが分かります。ただ、この時点でも(というか結構昔から)プロイセンの領土がこの地域にも存在しています。具体的にはオランダの北東隣の青色の領域はプロイセン領で、同じ色の領土がその下にも点在しています。1789年の地図の右端には、ほんの少しプロイセンのメインの領土が見えています。

 1806年において特筆すべきは、ライン川西岸がすべてフランス領となっている事です。さっき読み返していた『ドイツ史』という本では、ドイツ語を話す地域のうち、このフランス領となった地域がまず、フランスをモデルとする近代化が最も徹底的におこなわれた、とありました。



それから1806年(プロイセン戦役前)においては、(1803年にフランスが占領した)ハノーファーが、プロイセンの領土となっています。プロイセンの領土の移り変わりの地図を今回色々見たのですが、この1806年時の、ハノーファーをナポレオンから得て東西ドイツを貫通している地図というのは、これしか見た事がありません(貴重ですよ!)。それから目に付くこととして、そのプロイセン領とフランスの間に、ミュラに与えられたベルク大公国があります。

 1808年の地図ではさらにベルク大公国の領域が増え、またプロイセンはエルベ川以西の領土を全て失って(ブラウンシュヴァイク公国も消滅)、跡地にはヴェストファーレン王国(国王はナポレオンの弟ジェローム・ボナパルト)が出現しています。

 1812年には、ナポレオンの弟ルイ・ナポレオンに与えられていたオランダ(ホラント)がナポレオンに取り上げられ、フランス帝国の一部となってしまっています。そればかりかデンマークの南の辺りまでフランスが浸食……

 1815年の地図では、プロイセンが大いに領土を拡張していますが、これは実はプロイセンにとって当初の望みを達成したものというわけではありませんでした(と、『プロイセンの歴史』に書いてありました)。プロイセンは元々(ザクセンに与えられていた)ポーランドの領土を希望していたのですが、ロシアに拒否されます(ただしちょっとだけはもらえた)。そこで代わりの領土的要求をザクセン(の全土)に求めたのですが、こっちはオーストリアに拒否されます。プロイセンは結局折れて、ドイツ西部の領土を獲得する事で満足せざるを得ませんでした。ですがこれは、プロイセンが「対仏の防波堤」の役目を、心ならずも引き受けざるを得なくなった事を意味します。このプロイセンの発言力の弱さは、国力的な面はもちろん、それまでのナポレオン戦争で他の大国に比べて敢然とフランスに国として努力して敵対して来なかったという事があったそうです(←これ、言われてみればそうなんですが、ブリュッヒャーやグナイゼナウらの対仏強硬派が最終的にフランスを打倒した部分を知ってしまっているのでどうも、プロイセンは対仏戦に努力した印象を持ってしまっていたかもですね……)。




 『1815 THE WATERLOO CAMPAIGN:Wellington, his German Allies and the Battles of Ligny and Quatre bras』を読んでいても、(ナポレオン帰還前や、あるいは帰還直後の)プロイセンは非常にびくびくしていて、兵の質的には列強中最弱といった体であるのに(あるいはだからこそ)ナポレオンの帰還のニュースを聞いて即刻動員令を発動し(他の大国はまだ全然なのに)、それゆえにワーテルロー戦役前~最中には最大の戦力を持つ事が出来、それがプロイセンにとって「棚からぼた餅」の様に作用した……という面があった様です。

 ブリュッヒャーやグナイゼナウらばかり見ていると、「プロイセンはフランスをやっつけたがっており、ドイツ西方に領土を獲得したのも(面積的に結構大きいし)喜んでいたんだろう」みたいに思っていたんですが、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の臆病さが実は当時としてはでかい側面であって、しかしその臆病さのために西方に領土を持つことになり、そして臆病さがワーテルローの戦勝を可能にしたとは、歴史って面白いですねぇ。



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ネーデルラント連合王国の地図は作れない

 ワーテルロー戦役の地図を作る件ですが、その前に「ネーデルラント連合王国」の領域がどんだけだったのかとか、ネーデルラント(今のベルギー部分)とフランスの国境が今と違っていた……という部分が気になって、その地図を作れないかと試行錯誤しておりました。

 ネット上で、

Netherlans, Belgium & Luxembourg 1815-52

なんていう地図も見つけて、「これはいい……!」と思って、これを元にGoogle Mapを使って地図が作れないものかと……。

 色々やってて、とりあえず1815年のネーデルラント連合王国の領域を確定させようかと。『Illustrator』で、Google Mapを元に、当時の地図の海岸線も参考にしながら、現在の国境で地図を作ります。

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 今回ペンタブレットで描いていったので、腕がほとんど全然疲れませんでした! これはありがたい……。

 で、前回同様の地図を作った時に「一つの国ごとに一本の線で囲んでしまった方がいい」という事を習得していたので、その作業もしました。その際、国境線をコピー&ペーストで増やして連結作業をするのですが、今までペーストが「画面中央」にされてしまい、「元のデータと同じ場所にペースト」が出来ればなぁと思っていたので今回探してみると……。いつも使っている『Illustrator』の本には全く載っていなかったのですが、ネット検索すると「Ctrl+F」すれば元データと同じ場所にペーストできる、とありました。これは!

 これを知らないばかりに今までどれだけ無駄な作業をやってきた事か……(T_T)

 先日知った、「あるデータを別のレイヤーに移す」方法も、もっと前から知っておくべきものでした。こういう事いくらでもあるんでしょうねぇ……。

 で、一応Google Mapを元にしたデータは出来たものの、これを元に1815年当時のネーデルラント連合王国の領域を確定させようとしたのですが……。資料がほんの2、3種類あるのですが、これらが相互に一致する度合いの低いこと……。「うがぁ! こんなんじゃわかんないよ!」

 しょうがないので、気を取り直して1815年当時のフランス国境を確定する作業に……。

 これは『1815 THE WATERLOO CAMPAIGN:Wellington, his German Allies and the Battles of Ligny and Quatre bras』に載っているマップのうちの2種類に1815年当時のシャルルロア南方あたりの国境線が描かれていたので、これを元にすればかなり詳しく分かるだろう、と。

 ところが……。

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 画像からは全然分かりにくいと思いますが、同じ本に載っている地図でさえ全然違うところに国境線が引いてあるやないけ~!!(おまけに1つの地図の国境線はなんか、奔放な線で、いい加減っぽいし……ただし町の位置なんかはかなり正確だったのですが) もちろん、前記のネット上の地図ともかなり一致しません。

 「そうか……そもそもこういうのはいい加減なんだな……

 という事を学びました。

 ってか、以前「なぜイタリア軍は弱かったのか?」という動画を作った時にも、イタリアがフランスから得た領土の領域の広さが、本当に資料によってまちまちで、「どういう事やねん……」と思ったのですが、そもそもこういうのって基本的にいい加減なんですね?

 Google Mapを使おうと思っているのも、何か基本になる地図がなければ色々めんどくさそうだという事で、それを元にしようと思っているという事なんですけども。戦域図なんかは町と道路、川なんかが必要になってきますが、道路と川は時代によって違う可能性があるからこれらはある程度いい加減にして、しかし町の場所はまぁ変わらないだろうからそこらへんの基本を合わせるだけにとどめようと思います。

 領域図は、そもそも複数の資料を元に確定させようとする作業自体が空しそうなので、特定の資料をそのまま引き写しというが吉っぽいですね。

ワーテルロー戦役の地図を作り始めようとしてみる

 (恐らく)風邪の治りかけの最終段階で「思考力が奪われる」という状態がずっと続いており、それが5日ほどにもなんなんとしているのですが、ようやくそれが終わりかけてきた……様な気がします。多分。

 今日は夕方頃からようやく、「マンシュタイン最後の戦い」の歴史記事のための準備作業が長時間出来ました。とりあえずはマンシュタインの『失われた勝利』から、マンシュタインが南方軍集団長を罷免されたところまで重要なところを抜き出し終わりました。他の資料でこの罷免についてはあまり詳しく触れられておらず、「どういう感じだったんだろう?」と思っていたんですが、『失われた勝利』で当該箇所を読んでみると、ヒトラーは(少なくとも表面上は)慇懃であり、マンシュタインの方も形式上穏便にそれを受け取っているのがなかなかに興味深かったです(しかし多分、最後の最後でちくりとイヤミも言っているっぽいのですが~)。




 「思考力なし(で、しんどくて寝て、起きて、また寝る)」という状態は脱したかの様なのですが、今度は目がしばしばして、視力的な問題が出てきそうです。

 で、夜9時頃になるともう眠くて(これは普段からそうです(^_^;)、歴史記事の仕事はできないな~と思って、『1815 THE WATERLOO CAMPAIGN:Wellington, his German Allies and the Battles of Ligny and Quatre bras』のワーテルロー戦役の最初の箇所の和訳作業をやって眠気を増して寝ようと考えました(この本でいよいよワーテルロー戦役に関する話が第5章「ネーデルラントの防衛計画」でP84から始まり、それがP95まで書き込み形式で訳し進んでいる状態です)。



 ところが、「オラニエ公はブレーヌ・ル・コントかニヴェルの線で防衛したいと思っていたけど、プロイセン側はティールモンでそうしたいと思っていた」……とかなんとかかんとか。いや、地図がないとわからん~、と思いまして、今まで訳してきたところにしても、地図でチェックは大してしておらず、しかしどうせ地図は作るつもりなわけですから、地図をちょっと作りながら理解を増していった方がいいな、と考えました。

 ので、必要そうなところを表示したGooglemapを、Onlinescreenというソフト(←超おすすめです! Googleマップだけでなく、Yahoo!マップもキャプチャできる事をだいぶ前に確認しました)でキャプチャしようとしたら……「メモリが足りません」(T_T)

 ダンケルクからアーヘン辺りまで、13000×6000ドットでキャプチャしようとしたのですが、XPマシンでメモリ4GB(尤もXPなので3GBまでしか認識されない)では無理なのか……。

 しょうがないので、8GB積んであるWindows7マシンで同じ作業をくり返してキャプチャしてみたら……出来た! あいやー。Windows7で8GBとか、調子に乗って買ってみたものの何の意味もなかったわんと今まで思っていたのですが、初めて恩恵を感じる事が出来ました。

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 キャプチャした画像は21MBくらいだったのですが、それをまたXP機に持ってきて、『Illustrator』に貼って保存すると、256MBになってました。なんでや。(なぜXP機に持ってくるのかというと、手持ちの『Illustrator』は10で、XP機でないと文字が編集できないのです。Win7でも文字以外は何とかなるとは思うのですがしかし。)

 と、今後年末年始にかけて歴史記事を書く上で気分転換するネタが出来たと思って喜ぶ事にしようと思います。

VASSAL導入動画発見

 ニコニコ動画で、なんとはなしに「ウォーゲーム」タグで動画を表示させて見てたら、VASSAL導入動画を発見しました。

VASSALってなに?

 VASSALは、ボードウォーゲーム(など)をパソコンで、そしてインターネット上で対戦するためのコンピュータソフトです。といっても、CPUと対戦するようなものではありません。実際のウォーゲーム(など)のマップとユニットなどをパソコンの画面上に広げて、それで対人戦をするためのソフトだと思えばいいでしょう。

 VASSALエンジンと呼ばれる基本的なソフトがまずあり、それに各ゲームのモジュールを読み込ませて、プレイが可能になります。VASSALエンジンもモジュールも、無料です。マップやユニットはモジュールによって用意されますが、ユニットの移動や戦闘解決などは人力でやります。ルール(ブック)は付いているわけではないので、そもそもオリジナルゲームをすでに所有していることがプレイのための必須条件です。
(『GameJournal34号』のVASSAL原開発者インタビュー記事のコラムに加筆訂正)





 さらに詳しくはVASSALについてを参照して貰えれば。


 見つけた動画は、アイドルマスターのキャラを使って説明するものです。余談ですが、アニメ版アイドルマスターのショートヘアあずささんが可愛くてしょうがないんですが、動画などが全然作られてない……orz

 以下のもの。最初の動画では『パンツァークリーク』が出てきたりしますが、2回目以降は『Conflict of Heroes』をやっておられます。







 この作者さんの投稿動画を見ていると、他にも『マキャベリ』や、マジック・ザ・ギャザリング? やTPRGや他もろもろ投稿されている様です。

ギャロップの速度など

 今冬3度目の風邪の治りかけ段階なのですが、1度目の時と同じ様に治る最後の段階は思考力が奪われるということを身を以て体験中です……。今冬と言ってもこれからが本番なので、まだ4、5回は風邪を引くとか、イヤすぎます……(マスクとかすべきなのかー)。

 ちょっと思考力がましになったと思うので、細々した事を。


 ミドルアース大阪の下野守さんから『戦闘技術の歴史 古代編』をお借りして読んでいるのですが、その中で非常に興味深い記述に出会いました。



 というのは、馬の話でして、馬がどうやって騎乗され、騎兵として使われる様になっていったかという辺り。最初の頃の馬はだいぶ小さかったとか、口に刃物をはませて言う事を聞かせるため「馬は血の泡を吹く」とか(カワイソス)、馬の扱いが大変で世話に手間がかかるだとか……。『戦闘技術の歴史 近世編』でも確か、騎兵の一番大事な、絶対に欠かすことが出来ない仕事は馬の世話であったとかあったと思うのですが、そこらへん細かく色々知りたいところです(戦闘自体よりもこういう事に興味がかなり行ってますね~)。

 あと、馬は草食動物で野生状態だとずっと草を食べており、胃も小さくて腹持ち?がしない……ってな記述もありまして、そこらへんも興味深かった……。過去のエントリー、

ワーテルロー戦役ゲーム2つ、届きました


 の一番最後のところで、「急いで駆けつけた騎兵が馬たちに餌を食べさせる」シーンの話とかがありますが、これはそういう事なのかもですね。


 あと、前掲書で「あう」と思ったのが、ギャロップの速度を時速70km/hと書いてあった事でした。ゲームジャーナル41号の記事では私は、40~50km/hと書いてます。



 一応色々調べて、70km/hくらいの資料を見つけながらも、各資料間から控えめな数値を選んで記述したのだと思うのですが……。50km/hと70km/hとでは結構インパクトの違いがありますねぇ……。あるいはまた、古代の装備ではそれぐらいでも、ナポレオン時代の装備ではそれほどの速度は出なかったとかも可能性としてはあるかもですが。


 それから、先日「ナポレオンの世界」というサイトをMustAttack上で教えてもらいまして、そのページにあった2つの本を注文してみました。



 左の『French Napoleonic Infantry Tactics 1792-1815 (Elite) 』の方は日本のAmazonに在庫があったらしく、あっという間に届きました。まだちらっと見ているだけなので良く分かりませんが、まあまあ面白そうで、かつ非常に薄く軽い本なので、いつでも持ち歩いて空き時間に(分からない単語に書き込みをして)訳すのにちょうど良さそうです。他の手持ちのワーテルロー本とかは、基本的にかさばり重くて覚悟しないと持ち運べないので……。

 右の本は、ワーテルロー会戦に参加した兵士達の書簡集だと思われます。非常に興味があるのですが、心配なのは訳のしやすさです。本として出版するのが前提でない手紙とかは、訳が難しい可能性が高いと思うんですよねぇ……。


 あと、報告しとかないといけないこととして、先日とある英語学習ムック(手元にないので紹介不能です(^_^;))を買ったのですが、その中に「英辞郎はCD-ROM版が最強最新で、Web版はデータ量の少ない版」という記述がありました。過去のエントリーの

英文和訳ができるようになるために


 に逆の事が書いてありまして、勘違いでした。お詫びして訂正申し上げます。



 (ウォーゲームに)関係ないですが、最近買ったもの。



 波戸君サイコーです! フィギュアも、2つとも小さめですが完成度は非常に高いなぁと思いました。
(女の子のフィギュアを買うと痛いと思うのですが、男の子のフィギュアなので痛くないハズ!)


 あと、買おうかどうか悩んでいるもの。



 小鳩の厨二病と素とのギャップが非常に萌えます。小鳩とマリアのケンカも好きですわ~(メインヒロインの夜空と星奈のケンカは全然萌えないけど)。他のヒロインも残念なところが非常にいい。この作品は最近まで全然知らなかったのですが、どうも私は「残念」なものにひかれるタチなのかなと認識を新たにしています。


Game Journal記事(ワーテルロー、ウクライナ戦)

 そういえば、Game Journal最新号が出ています(12月1日発売)。



 特集記事のうち、デザイナーズノート以外(プレイの指針、ヒストリカルノート、騎兵突撃について、指揮官列伝、参加国解説、ワーテルローゲーム紹介)は私が書かせていただきました……。ワーテルローゲームの一部の写真はSADAさんにお願いして提供してもらったりしました(ありがとうございます!)。

 特にヒストリカルノートについては、紙幅の都合上あまり触れられなかった「通説との違い」について、過去のブログエントリーである程度書いてますので、参考になさって下さい。

ワーテルロー記事:通説との違い


 あ、ただ、「輪るピングドラム」ネタな「プレイの指針」の見出しのほとんどは、私が考えたものではありませんので……(ごく一部は私が考えたのですが(^_^;))。



 「輪るピングドラム」ネタは、コマンドマガジン日本版さんもやってました(というか松田さんがやっていたというべきか?)けども、こういうのはホントは扱いが難しいでしょうね……。


 そいでもって今は、次号のGame Journalの付録ゲームである『マンシュタイン最後の戦い』のヒストリカルノートを書く様に編集長に言われまして、資料を借りてきて書いてます。

 借りてきた資料は以下の様なもの。



 しかし、実は知らなかったのですが、第二次世界大戦ブックスのクルスク本は、私はまったく同一のものを文庫本で持ってました(分かってたら重いから借りなかったのに(T_T))。



 ↑この本はいいと思いますよ~。どれくらい正しいかとかは私は分かりませんけど、第3次ハリコフ戦あたりから書き始めて、クルスク戦後のキエフ失陥の辺りまで続きます。クルスクだけに焦点をあてるのでなく、前後を描いているのがいいし、記述も分かりやすいです。手に入りやすい(多分)のもいい。NF文庫さんはこういう、いい作品なら文庫で過去の第二次世界大戦ブックスのを出すとかしてくれればいいのに……(色々難しいのでしょうね)。

 他に手持ちの史料は、あまりありません(T_T) 以下のものぐらい。



 後ろ2つは萌えミリタリー本だし……。

 『独ソ戦史』は文庫1冊本なので記述が簡略なんですが、最新の知見で書かれているのがいいですね。そこらへん興味ある……(山崎さんにはもっと大部の本を書いてもらえる様になって欲しいです!(しかしどうやって(^_^;)) そしたら独ソ戦の細かい部分に関しても最新の知見が我々にも読めるでしょうから~)。

 『どくそせん』は、マンガパートは毀誉褒貶ありまくりだと思いますが、記述部分はしっかりしてると思います。

 『戦車学校』は実は、このウクライナ戦に関してこの巻で4回も取り扱われてます(第4次ハリコフ戦、ドニエプル河渡河とキエフ解放、チェルカッシー包囲戦とレニングラード解放、フーベ包囲網)。こんなに回数が行けるなら、バルバロッサ作戦も1回で終わるんじゃなくて、4回くらいやって欲しかったですよねぇ……(これまたしょうがないのだとは思います(^_^;))。

 有名女性声優による朗読CD付きのやつを買ってあるので、今回それ聴こうかなーとも思ったのですが、あうあー、あんまり気が乗りませんでした。『戦車学校』の記述部分は、部隊の動きなどに関して占める割合が大きくて、あまりががーっと読む気がしないです……(マンガ部分はネタだらけとはいえ、楽しく読めますし、戦史部分が終わった後の分析の部分などもためになるのですが)。

 『戦車学校』のみならず『宿命のバルバロッサ作戦』を読んでた時にも思った(というか、気づいた)のですが、部隊名を本文の中で大量に並べられても、あまり嬉しくなかったですね……。(尤もこれは、他にいくらか戦闘序列を参照できる可能性があるから思うのであって、そうでないならこんな事は思いもしないだろうと思います)



 基本的に私は戦闘序列好きな人間であろうとは思うのですが、それよりも人間ドラマとか、分析の方を本文では読みたいな、と。戦闘序列は地図とかリストの形で示してくれた方がありがたい。ただ紙媒体ではどうしても紙幅やなんかの関係での難しさがあるのだと思います。

 で、そこで個人的に電子書籍に期待する方向に行くのですが、電子書籍って紙幅の制限はないに等しいし、地図や写真もかなり入れたい放題に出来ます(巻末リストとかも)。それでもって、カラーでも値段が上がったりとかしない。

 戦史本を読んでいて思うのですが、まぢ地図は毎ページ……とまでは言わないにしても、数ページに一枚は必要だと思うのです。指揮官や戦場の写真とか、部隊やネタ知識的なコラム記事だっていっぱいあったら面白い。

(そこらへん、指揮官や戦場の絵の多さは『Waterloo 1815: Quatre Bras & Ligny』が、地図とコラムの多さは『Waterloo Companion』に感心します)



 山崎さんも地図の多さには気を配っておられると思うのですけど、理想的にはもっともっともっと欲しい。地図作りに関しては、私はまだまだですけども、現在ある程度めどのつくところではあるので、どんどん地図を作って、電子書籍を作る時には載せたいと思ってます()。


 さて、『マンシュタイン最後の戦い』のヒストリカルノートなんですけども、史料が多すぎてわけがわからないよ……という状態だったのですが、ここに来てとりあえず自分なりの指針が出来てきました。

1.マンシュタインとヒトラーの戦い(おい)を主軸に据える
(これは付録ゲーム『マンシュタイン最後の戦い』の主題でもあります。マンシュタイン(ドイツ軍プレイヤー)の主敵は、ソ連軍というよりはヒトラーなのです(特に序盤)。ヒトラーの無茶な死守命令のおかげで、テストプレイ中ドイツ軍プレイヤーは「ああ、もうダメだ」と何回嘆息させられた事か!(改訂されてちょっとマシになりましたが)。

2.一番メインの史料は『失われた勝利』にする。二番目の史料は『焦土作戦』。
(マンシュタインが主役なので。『焦土作戦』は、ドイツ軍側視点でかつ詳しい(というか記述量が多い)ので。ホントはソ連軍側の史料とかもむっちゃ使いたい(読みたい)ところですが、紙幅の関係上ほとんど無理だと思われ……)

3.史実の正しさに関しては、私は専門家でないので分からないと諦める。尤も私の好み的に「史料にのってないセリフを自分で作る」とかはイヤで、やらないですが、複数史料間で同一事項に関して異なる記述が見られる時には、あえて「面白い」「記事構成的に都合の良い方」を取り上げ、そうでない方は無視する。


 この3番目の点は、Game Journal最新号(41号)のワーテルロー記事では、むしろ全く逆の方向性でやりました。もちろんワーテルローに関してだって私は専門家でも何でもないので正しさとか分からないわけですが、R/Dさんのサイトや最近の洋書に「これがより史実に近くて、通説は間違っているっぽいですよ」とある部分はなるべく尊重して、「確実に史実」でない部分はなるべく切り捨てる方向でやりました。

 これが可能なら、その方が私としては好みなのですが、ウクライナ戦でそれをやるのは、全く無理です( ̄^ ̄)エヘン だったら、分かりやすさやドラマティックさを重視しようと考えたわけです。


 実際読んでると、結構史料の間で食い違いがあります。

 例えば『失われた勝利』は1943年8月31日に「マンシュタインがミウス川からの撤退を命じ、その夜にヒトラーがそれを追認した」とあります。が、『焦土作戦』では9月3日に「マンシュタインが要請する撤退をヒトラーが認めた」とあるのです(つまりマンシュタインの独断が先にある、という書き方ではない)。この件に関しては、後者の方がドラマティックなので後者を採用させてもらうことにしました!

 また、9月8日のマンシュタインとヒトラーの会談で、帰りの飛行機に乗り込む時にヒトラーが「約束の4個師団を(中央軍集団から)回す事については必ず命令する」と言った事に関して、

『失われた勝利』……翌日、命令は発令されず
『焦土作戦』……命令は出されたが、中央軍集団司令官のクルーゲ元帥が拒否した

 という記述の食い違いがありました。この件に関しては、前者の方がドラマティックに書けるので、前者を採用しようと。

 他にも、細かい記述について、今回の記事に都合の良い様に取捨選択していってます。

 やってて思うのですが、「こうやって史実は曲げられていくのダナァ……」と。バキッ!!☆/(x_x)


 ただ実際、編集長から与えられた字数にある程度必要な記述を埋め込んでいったところ、全く紙幅が足りなくて、「マンシュタインとヒトラーとのやりとりだけで他のことは何にも書けない記事になってしまうのでは……!?」という危惧さえ……(そこまでにはならない……というかしない様にしますけど)。

 紙幅(文字数)が決まってると、ホント、取捨選択が重要になってきますね。私としては、「書くべき」と思われる事は全部書いてしまいたいたち(「書いても退屈なだけだな」という事は削りますが)なので、どれだけの分量でも書ける環境にはやはり憧れを感じます。そういう意味でも電子書籍がもっと盛り上がって欲しいなと。

南北戦争電子書籍とワーテルローヒストリカルコメンタリーを公開

 やらなければならない事は多々あるのですが、最近睡眠を多めに取らないと無理の様で、そうしつつ、出来そうな事からやっています。

 今日は最低限やらねばならない仕事をした後、「南北戦争の電子書籍」に手を付けてみてました。地図が出来てからずっと放っておきっぱなしで、さすがに一区切り付けないとまずいだろうなぁという気がしてまして……。

 パブー上で電子書籍を作るわけですけども、試行錯誤して分かって来たのは、電子書籍の中の区分けが、

・章
 ページ
 ページ
 ページ

・章
 ページ
 ページ
 ページ

 という仕組みになっていて、この1つの「ページ」というのには分量的にはどれだけでも入る(限界はあるけど)、という事でした。つまり、パブーのある電子書籍の情報とこに「17ページ」とか書いてあってもそれは普通の本での分量が17ページ分とかって事ではなくて、あくまで章の下の見出し(?)が17ある、という意味であると。その結果必然的に、例えばPDFファイルに出力すると、1つの「ページ」は、下部に空白があったり、あるいは何ページにもまたがってたりします。ただし、パブー上で読むならば、ウェブサイトの様に繋がって表示されるので、気になりません。

 ってか、「ページ」という書き方でなく「小見出し」とでもすれば良かったのではないかとも……。

 あと、この「ページ」には画像が(1つ?)入れられて、しかもサイズがL、M、Sと勝手に調整してくれるのも嬉しいです。最初、画像を入れたくてそのレイアウトとか……って事を考えていたんですが、この「ページ(小見出し)」に画像一個入れるだけなら、ほとんど何も考えなくて済みます。

 で、一応公開しておきました。



 です(公開用ブログパーツがあったのを発見したのでここ訂正:12/4朝)。無料公開しているので、上記のページを開いてそのまま下にスクロールすれば全部読めます。

 PDF版とePub版もダウンロードできるのですが、禁則処理がされてないのがなんだかなぁな……。それ以外は及第点かと思いますけども。


 一応大体仕組みは分かって来た様に思います。レイアウトに関してはあまりままなりませんけども、そこらへんそれほどこだわらなければ、結構簡単に出来る気がします。画像は「オリジナル」というサイズで入れ込む事も出来るので、図表とかをかなり入れても大丈夫でしょうから、そういう意味で良いと思います。



 あと、これはだいぶ前の事なんですが、クラッシュ・オブ・アームズ(CoA)社のワーテルローゲーム、『L'Armée du Nord』のヒストリカルコメンタリーを訳し終わりまして、それをクロノノーツゲームさんの和訳ページにて公開してもらいました。

 クロロノーツさんの和訳アーカイブ

 場所的には和訳アーカイブの上から3つ目のテーブル(表)の一番上です(訳者が書かれてません(^_^;))。

 直接ならこっちへ。

 『L'Armée du Nord』ヒストリカルコメンタリー


 『The Emperor Returns』のヒストリカルノートも訳してはいるのですが、こっちはなかなか訳しづらいです(また、補給品や指揮システムの話が多くて、それほど面白くないかも)。でも『L'Armée du Nord』はワーテルロー戦役に関してうまくまとめられた面白いヒストリカルノートだと思うので、読んでもらったらと思います。難点は、地名がいっぱい出てきてもそれがどこにあるのか分からないという事ですよね……。『L'Armée du Nord』のマップを参照しながらならなんとかなるとは思いますが……。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

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