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SLGamer Vol.10とランダム性

 家に帰ったら、『SLGamer Vol.10』が送られてきてました。今回は(完全にゼロではないものの)本当にほとんどまったく関わってなかったので、送っていただいて申し訳ないです(T_T) しかも、先日の東京のゲームマーケットで配られていたものでしょうか? 『ガザラの戦い』や『ガールズ&パンツァー』ゲーム広告も入れてもらってました。本当にありがとうございます。

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 MustAttackなどで、今回の付録ゲームはカードを使うと聞いていたんですが、中のマンガ記事(すばらしい!)を読んでみると確かにカードを使用して動かせるグループを活性化するという、『激闘! マンシュタイン軍集団』などと同じの「チットシステム」で、しかも結構強烈な味付けがされているようでした。

 『ガザラの戦い』の方はある意味ではもっとすごくて、どちらが動くかはサイコロ次第だとか。

 これらを見て、今までのSLGamerの付録ゲームや、あるいはハガキゲームシリーズなどの中では一番、「やってみたい」気が起きました(ただしハガキ第1弾のグラフ・シュペーは例外的に超やりたい気にさせられたものでしたが)。

 「私はミニゲームはそれほど好きではないらしい」というのはちょっと前に判明してきていたのですが、最近それに加えて、「戦場の霧がまったくないゲームもそれほど好きではないらしい」という事が分かってきたような気がします。「戦場の霧」は、例えばスタックの中を見るのに制限があったり、カードによるイベントがあったり、ターンシークエンスが固定でない(チットシステムもそのうちの1つ?)とかですね。

 チットシステムなんかは「運の要素が強すぎる」として嫌う人もたくさんいますが、私は大好きで、むしろ「スタックの中も全部見られて、しかも対称固定シークエンス」とかってのはもしかしたら私にとっては敬遠すべき?ゲームなのかもという気さえ(^_^;

 考えてみると、私は大学で哲学科にいた時分から「理性の限界」とか「ゲーデルの不完全性定理」とか「ハイゼンベルクの不確定性原理」とか「ポパーの反証主義」とかの、「世界とは本来、分からないものなのだ」という様な事ばかりが好きでした(だから教育の世界を志しつつも、「これが正解なんだ」と答えを押しつけてくるようなカリキュラムに縛られる教育の世界より、フリースクールの世界に行ってしまったと言えます)。


 まあそれはそれとして。

 訳の仕事が降ってきたり、体調が悪かったりでしばらく何も出来ないでいたんですが、ようやく若干体調が持ち直し、また『The Blitzkrieg Legend』をやっていこうと思ってます……と、中央シナリオの初期配置が終わったところだったんですが、こかどさんから電話がありまして、明後日の日曜で『The Blitzkrieg Legend』やりましょうと言われ、しぶしぶ初期配置を崩して持って行くことに……(T_T)
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SLGamer RE:再評価されるべきイタリア

 『SLGamer Re:informence vol.1"バルジ&エルアラメイン"』がさいたまオフラインさんから送られてきました。ありがとうございます~(情報はコチラ)。

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 今回私は何も作業してない(^_^;)のですが、過去に書いた記事3本と、ユニットやマップの作業をした付録ゲーム×2が、菅原さんのリファインのもと入っております。

 増刊号の今回は、本誌ではシールによる提供だったユニットが打ち抜きユニットになってますし、マップもでかいしきれいだし、もうそれだけでもオススメかと思います。しかしもうほとんど売り切れた?ようで……(再録だからということで部数は少なめにされてたのかも)。


 記事の方も、加筆などもあって情報量が増えて良いとも思ったのですが、いくらか誤字がありまして意味が取りにくいので、実はだいぶ以前も公開しようとは思いつつもめんどくさくて(おい)やってなかった、エル・アラメイン号の時に書いた記事「再評価されるべきイタリア そしてイタリア軍の悲劇」をここで公開しようと思います(許可はずいぶん前にいただいてまして、実はすでに「お試し記事」としてさいたまオフラインさんでも公開されてました)。

 今から掲載するのは私が送った元データで、本誌、あるいは増刊号の時の加筆はされてませんが、表現のミスをちょっと前に見つけたもの(さいたまオフラインさんにも報告済み)は修正してあります(具体的には「11人以上」という表現は間違いだと気付いて修正しました)。誤字の類はほとんどないと思います。


 実は以下の記事は、ニコニコ動画などに公開している動画からもリンクしてでもなるべく多くの人に読んでもらいたい内容を含んでいる……と思ったりもしたのですが、たぶんリンクとかはうざいかなと思って思いとどまってます(^_^;)

 動画でも、イタリア軍がバカにされるだけにはならない様にしたつもりですけども、「いやむしろ、イタリア人は凄かった!」と言われるべきだとも個人的には思う様になっております。



再評価されるべきイタリア、そしてイタリア軍の悲劇


■動画で見るイタリア軍の謎

 北アフリカ戦のウォーゲームをプレイしていると、イタリア軍の弱さに泣ける事が多々あります。戦闘力が低い(戦闘力0って駒とか!)、移動力が低い(これは砂漠では超致命的……)、おまけにイタリア軍が戦闘に投入できなくなる様なルールが存在したりとか、果ては驚愕のイタリア軍「パスタ」ルール(おい)ってのがあったりとか……。

 ちょうど『Axis Powers ヘタリア』が流行り始めた頃に、私自身もそこらへんの「ウォーゲームの中のイタリア軍の扱い」や「なぜイタリア軍は弱かったのか?」が気になって色々調べ、試行錯誤しながら動画を5、6本作ってニコニコ動画とYouTubeに投稿してみました。以下のものです。






















(他にネット上では、どなたかがまとめられた「イタリア軍はなぜ弱いのか?」というウェブページもあって参考になります)

 幸いにしていくらかご好評をいただいて、私自身もイタリア軍の弱さの謎がある程度分かった気になっていた……のですが、その後も5、6冊イタリア文化やムッソリーニ関連の本を読んでみると「うおお、そうなのか……!」とさらなる発見がありました。

 今回はそこらへんの事を書いてみようと思います。


■人生は何のためにあるのか?

 北アフリカに船でやってきたドイツ軍が上陸作業する時の様子を見てイタリア軍兵士達は驚いたというのですが、何に驚いたのかというと「うわっ、ドイツ兵のやつら……真面目に船からの積み降ろし作業をやってるぞ!」……って、いや、そんなの当たり前じゃん!!(^_^;)

 と、日本人の私は思ったのですが、こういうことはドイツ人や日本人にとっては「当たり前」であっても、イタリア人(あるいは他の多くの社会の人々)にとっては「当たり前」ではない、というか考えられない様な常識外の行動らしいのです。ドイツ人は真面目でルールに従う事に定評があります。一方日本人は勤勉で集団で事を行うのが得意な国民性でしょう。これは近代産業化には有利な特質であり、実際、ドイツと日本は大国グループの最後尾にも入らないところから始めて、1870年頃から1990年頃にかけて途中で戦争によって壊滅的な打撃を被りつつも、堂々の世界3位と2位の経済大国となりました(イタリアは7位あたり)。それは規格品生産に対する取り組みの勤勉さによるところが大だったでしょう。

 ところがイタリア人の感覚では、「規格品を作る? 生産性? 勤勉さ? ……それってそんなに大事なこと??? 人間にはもっと大事にすべきことがあるんじゃないの?」という事になります。日本では過労死がひところから問題となり、現在もまた違った意味での過重な労働実態などが広範に存在していますが、イタリア人は仕事よりも自分自身と家族や友人達との快活な、そして親愛なコミュニケーションにあふれる生活を大事にし、またイタリア社会ではそれが当たり前だと考えられ、そのための環境整備も広範におこなわれているという点で日本人から見れば「目から鱗」的な社会だとも言えます。

 近代産業化に取り込まれすぎると、人間は機械としての意味しか持たなくなってしまう。規格品を作る為に規格品的な人間を学校で作って、人間を交換可能な部品の様にして働かせる様な社会に、そんなに価値があるのだろうか? と。イタリア社会は近代の産業化社会に対し、その様なアンチテーゼを持った社会とも言えるでしょう。「近代社会の行き詰まり」という事も言われる昨今においては、むしろイタリア的な考え方こそに脚光が当てられるべきなのかもしれません。

 それに、「イタリア人は働かない」と言われたりするのですが、彼らは与えられた無機質な仕事に熱心になれないだけで、個人の創造性が活かせる仕事には大きな喜びを見いだし、その様な仕事には猛烈に打ち込みます。ですからイタリアには巨大でシステマティックな大企業というのは少なく、個人の裁量が活かしやすい小さい企業や工房が無数にあります。「イタリア兵は11人より多いと弱くなる」(つまりサッカーは強いが、それより人数が多くなるとむしろ弱くなる)というジョークがあり、それを信じられない事だと日本人は笑うのですが、彼らはそもそも大人数が同じような行動を取るべきだとされるようなシステムに向いていないのです(逆に日本人は個人の判断力や能力は非常に弱く、集団だと非常に強くなる感じ)。そして戦争というのはまさに、国家が数十万人規模で人間を規格的に集団で戦わせるシステムだったわけです。そのようなものにイタリア人が力を発揮できなかったのは、ある意味当然だったのでしょう。

 また、イタリア人は近くに住む家族や友人達だけでなく、遠いところに住む親族や知り合いのネットワークを非常に大事にし、その間での助け合いに日常的に奔走し、時には「命をかける」ほどの事もしばしばです(これは政府が信用できないからでもあるのですが……マフィアのファミリーなどもこの延長上にあります)。『Axis Powers ヘタリア』では、殺されそうになったイタリア兵がよく使う命乞いとして例えばアメリカ兵に対して「僕、ニューヨークに親戚がいるんだ」などというのがあることがネタにされており、「親戚がいるから何だという話」とコメントされています。日本人にとってもこういうセリフは「だから何なんだ」としか感じられないわけですが、イタリア人にとってはこれは重みのある言葉だと感じられるからこそ、実際に使われていたのでしょう(日本社会は真逆に、「現在所属している狭い範囲の人間関係」が極度に重視される社会で、非常に仲の良かった人も遠方に行ってしまうと関係が疎遠になる傾向が強い社会なのです)。


■貧乏国イタリア!

 一方、時代的な制約について考えてみれば、これまた笑い話ではない状況が浮かび上がってきます。20世紀前半のイタリアは本当に貧しく、飢えから逃れるために祖国を捨てて移民となる人達が後を絶ちませんでした(それは年間数十万人にも達したそうです)。そのためイタリアの植民地主義は「貧乏国植民主義」と呼ばれ、イタリア国民をなんとか食べさせるために必要に迫られて採られたものでした(この辺りの事情は当時の日本も同じです)。

 この様な時代の中で、国家全体の強さを強力なリーダーシップと暴力的行為によって成し遂げようとする「ファシズム」がこのイタリアから誕生し、その統領としてムッソリーニはアルバニアやエチオピアの征服に(なんとか)成功します。貧しいイタリア国民はこれに大喝采を送りました。

 ですが、予想に反してエチオピア侵略に対してイギリスなどが経済制裁を実行してきたため、イタリアはこれに対抗するためにドイツと結ぶ他に選択肢がなくなってしまいます。ところが同盟国となったドイツのヒトラーが着手した第二次世界大戦はムッソリーニにとってもイタリアにとっても(あるいはまた全世界の人々にとっても)予想外のものでした。そしてまた、イタリア軍の実情について軍上層部はムッソリーニに耳障りの良い報告をずっとしてきており、いよいよドイツの側に立って戦わねばならないという時になって、しぶしぶながら軍上層部が報告してきたイタリア軍の内実はムッソリーニを絶望の底に陥れました。

 実際上、それまでの戦争や経済制裁によって軍も経済も弱体化してしまっていたイタリアには戦争できる実力などこれっぽっちもなかったのですが、「いつでも戦争ができる用意と覚悟がある!」という事を振りかざしてきたファシズム的言説の手前、ムッソリーニには実際上退く選択肢はなかったのです。

 雄弁さで政権をとり、はったりで国家運営をして成功してきたムッソリーニは、今度もうまくいくという風に思い込もうとしました。ムッソリーニは次々とイタリア軍に攻勢を命じます。フランスへ、エジプトへ、ギリシアへ(ギリシアは親独の中立国でしたが、イタリアがずっと以前から征服を狙っていた土地だったのです)、そしてドイツ軍のソ連侵攻に付き合う形でロシアの地へ。ところがイタリア軍は連戦連敗。ムッソリーニは屈辱で胃潰瘍を悪化させ、嘔吐と激痛に苦しみ、牛乳と米しか食べられない様になっていきました。

 しかしもっとひどい目に合わざるを得なかったのは前線のイタリア兵達でした。戦う意味も感じられないままに独ソ戦に参加させられ(これはなんとかして軍事的栄光を得ようというムッソリーニの命令によるもので、イタリアの全閣僚は何とかこれを阻止しようとし、ヒトラーも当初断ろうとしたものを彼は突っぱねたのでした)て戦線を守っていたイタリア軍11万名は、1942年12月に突如としてソ連軍に蹂躙されます。この時一部のイタリア軍部隊はソ連軍の猛攻に耐え続けてドイツ軍司令部を驚嘆させましたが、普段から同盟軍(イタリア、ルーマニア、ハンガリーなど)兵士達をバカにしていたドイツ軍兵士達は退却の際にイタリア軍の乗用車や輸送車を取り上げ、乗っていたイタリア軍傷病兵を雪原に放り出して走り去っていったのです。イタリア兵達は破れた靴しか履けるものもなく、凍傷の足を引きずって500kmの道のりを捕虜になることを恐れおののきながら逃げるしかありませんでした。零下30度にも達するブリザードに吹きさらされたイタリア軍兵士達は将校から一兵卒に至るまで、ムッソリーニとドイツ軍に対して抜きがたい憎しみを抱きました。このイタリア兵の生き残り達は、祖国に帰り着いて復讐することだけを生き甲斐として生き延びたのです。


■イタリアの最大の敵はドイツ軍である

 相次ぐイタリア軍の敗報と、帰り着いた兵士達が語る軍の窮状、それに少しずつ悪化する経済状況の中でムッソリーニとその取り巻き達だけが富を肥やしていくのを見ていくうちに、多くのイタリア国民が自分達はムッソリーニとファシズムの美辞麗句に騙されていたのであることに気付き始めました。ムッソリーニがなんとか現状をより良く見せようとしたり、国民への圧力を強化したりするほどに、イタリア国民の反ファシズムの思いは広がり、敵国のロンドン放送を聞く人が増えていきました。1943年にはオリーブ油一びんを買うのに1ヶ月の給料では足りないほどに物価は高騰、全国の工場でストライキが発生し、イタリアの軍需産業を崩壊させかねないほどになりました。反ファシズム運動はイタリア国民全体に広がり、ファシスト幹部さえもがストライキに参加していたのです。

 連合軍がイタリア南部へ上陸を始めると、多くのイタリア軍部隊は戦闘前に武器を捨ててしまっていました。ドイツはこの様な状況の中、以前から企図していたイタリア占領計画の準備を完了。同時に、現実感を失い既に妄想の中に生きていたムッソリーニを巡ってイタリア閣僚の中で陰謀が展開し、ついに1943年7月25日、ムッソリーニは逮捕されます。これを見て翌26日にはドイツ軍がアルプスを越えてイタリアに進駐を始め、8月にはイタリアのほぼ全土を占領下に置きました。イタリアを素早く占領できるのではないかと考えていた連合軍はドイツ軍の抵抗に手こずります。ですが確実に、最も不幸な状態に置かれたのはイタリア国民でした。ファシズムを崩壊させれば平和が来ると思っていたのに、ドイツ軍の占領下で燃料や食料は徴発されてほとんど手に入らなくなり、そして連合軍による爆撃や空襲に耐えねばならなかったのです。

 イタリア軍とイタリア人による、ドイツ軍への抵抗活動が始まりました。今までの様にムッソリーニに命じられてではなく、今度は数多くのイタリア人達が自らの意志で、断固たる戦いを決意したのです。コルシカ島やバルカン半島ではパルチザンと共にイタリア軍兵士達がドイツ軍に抵抗活動を開始し、多くが戦死します。ギリシア領セファロニアではイタリア軍司令官がドイツへの降伏を決定したその晩のうちに将校達が部隊を掌握して兵と共にドイツ軍への抵抗を決意。しかし弾薬がなく、ドイツ軍は450人のイタリア将兵を処刑しました。

 イタリア本土でも、ドイツ軍への抵抗が始まりました。山岳地帯にイタリア軍兵士達がパルチザンとして集結し、イタリア中部では工場や砲台をイタリアの水兵や陸軍、それに労働者達が占拠し、数千のドイツ兵に損害を与えながら数日間持ちこたえました。ローマではイタリア軍のアリエテ師団がドイツ軍と白兵戦を演じます。抵抗運動は激しいものでしたが、強力なドイツ軍に対しては蟷螂の斧にも等しく、ただ勇気ある行動だけが支えとなっていました。例えばあるイタリア軍中尉はドイツ軍への抵抗のための地雷を敷設中にドイツ軍高級将校の一団がやってくるのを目にして、逮捕されるよりも自ら地雷を踏みつけることを選び、ドイツ軍将校団もろとも爆死しました。

 一方で北イタリアではドイツが、救出したムッソリーニを傀儡とする親ドイツファシスト国家であるイタリア社会共和国(RSI)を成立させます。その軍隊の中には、あくまでドイツ側に立って戦う事を続けたイタリア兵士達も多数いました。こうしてイタリアは、「イタリア人同士が血を流し合う」状況の中で、そして14歳~17歳などの10代の若者や女性達も巻き込んでの戦いを、さらに1年半続けざるを得ませんでした。パルチザンへのドイツ軍の報復は苛烈を極め、村人全員が - つまり赤ん坊も老人も、青年も少女も - 全員銃殺という事がまれではありませんでした。ローマ市では、パルチザンが仕掛けた爆弾でドイツ兵50人が死んだ時、ドイツ軍は報復のためにローマ市民から335人を連行し、時間をかけて一人ずつ射殺していきました。ですが、弾圧を強化すればするほど、パルチザンの反抗が激化するのは当然でした。

 1944年春からの連合軍の新攻勢によってイタリア中部までが解放されていく頃には、パルチザンは成長を遂げ、解放区で自由選挙をおこなうほどになっていました。ちなみにこのイタリア戦役ではアメリカ軍の中の日系二世部隊である第100大隊と第442連隊戦闘団が、米軍内の人種的偏見の中でドイツ軍と戦い、その輝かしい戦功によって高い評価を受けています。イタリアで日系二世部隊がパルチザン達の道案内を受けながらドイツ軍占領下から幾多の街を解放した事は、現地の人々から今なお、感謝され続けているのです。

 こうしてイタリアでは、老若男女が約10万人以上の犠牲者を出しながら自らの戦いを続けました。そして……1945年4月28日、ベルリンがソ連軍の攻撃を受け、北イタリアが連合軍によって解放されんとしている時期に、ムッソリーニはパルチザンに捕まり、処刑されます。その2日後にはヒトラーがベルリンで自殺し、5月9日にドイツは無条件降伏。ヨーロッパにおける戦争は終結しました。

 イタリアは「枢軸陣営に属しながら途中で裏切り、勝者の側についた」と揶揄されることがよくあります。私も「そーなのかー」と思ってました。しかし歴史の本をもっともっとと紐解いてみれば、イタリアが直面した運命の過酷さはドイツや日本以上のものがあり、かつイタリアのみが自分たちのファシズム政権を倒したのであり、またその後も自分達の運命を切り開く為に多くのイタリア人が自ら死地に赴いた……という事が分かってきました。特に戦争後半のパルチザンの戦いには涙を禁じ得ないものがあります。もっと多くの事が知りたいとも思うのですが、日本語で読める資料は乏しく、本当に詳しい事が知りたいならばイタリア語文献に手を出さなければならないのかもしれません……(絶対ムリです!)。

 もっとも、物事には様々な見方があり、上記の様な見方が絶対というわけでもないでしょう。しかしともかくも、この拙稿がいくらかのきっかけとなって、イタリア軍に関して「もっと知りたい」と思われる方が一人か二人でも出てきてくれたら、大変嬉しいと思います。





 最後に、主な参考文献も記しておきます。



 私が入手して読んだ中では最も詳しく、立場は客観~ややムッソリーニに辛め。ある意味詳しすぎてしんどい面もありますが、様々なことが知れるという意味では大いにオススメ。




 ムッソリーニを最大限評価する立場で書かれた評伝。ムッソリーニは今では酷評されることが多いので、ある意味「こういう見方もあるか!」と思わされますが、う~ん、ちょっと行きすぎているような気も……(^_^;)




 イタリア人の行動様式などはどういう考え方からのものなのかを述べた本で、私はこの本を読んで「むしろ日本やドイツの行動様式の方が、世界的に見れば相当変なものらしい」という事に気付かされました(その後、最近も日本ホメの本や中韓分析本を読んだりしているのですが、「家族をとにかく大事にする(そして政府は信じない、ってか信じられない)」というのは世界的に見れば普通だ、という思いは増強されつつあります)。尤も、私はイタリア人の様にはなれないと思いますが……しかし、その教育システムは羨ましいなぁと思いました。




 イタリア在住の日本人女性による、イタリア人の天使の様な面と悪魔の様な面を悲喜こもごもに描いたエッセイ。イタリア人女性がなべて、家を毎日掃除してものすごくキレイだとか、色白の女性は気持ち悪いと見られるとか、マザコン過ぎて母が亡くなって仕事がまったくできなくなった中年男性の話とか、えらい記憶に残ってます(^_^;)

SLGamger Vol.9献本いただきました

 SLGamer Vol.9の献本いただいたのが昨日届いてました!

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 ↑ガルパンゲームも! ありがとうございます~。


 Vol.9はユニットの最初の部分だけ作業しました。

SLGamer Vol.9のユニットを作り始めました


 リファイン作業は編集長様におまかせしまして……(編集長の方がセンスが遙かに上なので(^_^;))。

 その他の部分は今回全然噛んでないのですが、ぱらぱら見てると記事の面白さやレイアウトなんかも今までよりもさらにレベルアップしてる様な気がします。また、付録ゲームに関するマンガが載っているのにびっくりしました(絵の描き込みも結構すごい!)。

 またじっくり読もうと思います。

SLGamer Vol.2の裏の続き+α

 ふと思いついて、Vol.2の裏にも部隊名と増援登場情報を書き込んでみました。

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 こうしておくと、ユニットをばらっと広げて裏を向いているものでもそのままセットアップ出来るのではないかと思いまして……。



 ところで先日、日本橋で『ガールズ&パンツァー』の同人誌が出ていて、買ってきました。ガルパンに出てくる戦車に関する解説本です。

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 スペック的なことよりも、運用や乗員の苦労的なことが中心で、非常に興味深く楽しめました。これはオススメかと(こういうのがイヤでなければ)。


 あと、ちょっと前からこういうのも見かけて、買ってます。

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 あくまで軍服が目当てです(バキッ!!☆/(x_x))。


 島田フミカネ描き下ろし「ガルパン」タペストリー5種が3月発売だそうで、島田フミカネさんの絵は大好きなのでいいなぁと思いつつも、場所の問題が……。

SLGamer Vol.2の裏面

 山崎雅弘さんに前回エントリーでコメントをいただきまして、字を大きくして、その後編集長の菅原さんにさらなる改善をしていただこうとデータをお渡ししました(編集長の方がセンスが遙かに上なので(*^_^*))。

 で、私はVol.2の裏面を作ってみてました。最近のSLGamerのユニットは、減少戦力面は帯が付くという流れになっているので、その様にしてみました。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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