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ジョン・キーガン編『Churchill's Generals』を購入しました

 以前、チャーチルが軍事作戦に口出しすることなどを北アフリカ戦線:イギリスのチャーチル首相について、まとめ (2018/11/02) で書いていたのですが……。


 メルカリで購入した、『史上最大の決断 「ノルマンディー上陸作戦」を成功に導いた賢慮のリーダーシップ』という本を読んでいましたら、その逆であるかのように見える記述に出会いました。


 かといって、チャーチルがその独裁にも堕しうる権力を思う存分に振るったというわけでもない。彼はあらゆる軍事問題に対して自らの見解を持っていたが、それを幕僚長会議に押しつけたことは皆無だった。
 【……】チャーチルは、政治的・経済的な理由で自らの意見に唱えられた異議には耳を傾けたが、軍事的な問題については幕僚長会議で決定した意見に頑としてこだわった。
『史上最大の決断 「ノルマンディー上陸作戦」を成功に導いた賢慮のリーダーシップ』P45


 尤も、チャーチルは現地指揮官をクビにしたり現地指揮官に攻勢を強要したりはしたけども、「幕僚長会議に自分の意見を押しつけたことはなかった」し、「幕僚長会議で決定されたことに対する異議は受け付けなかった」のかもしれません。そこらへんよくわかりませんが……。


 一方、だいぶ以前に読んだ『昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか』という本を読み返していましたら、このような記述に出会いました。

 たしかにそうした【将官クラスではなく佐官クラスが実権を握る】傾向は日本特有のものかもしれません。英国の戦争指導について書かれた『チャーチルの将軍たち』という本を読むと、そこに登場するのは元帥とか、大将、中将ばかりです。たまに少将や准将が出てくる程度。そうした人たちがいかにチャーチルと丁々発止とやりあいながら戦争を遂行したというものです。書名から言って、当然かもしれませんが、佐官クラスなど登場しません。
 ところが日本で作戦とか戦争指導といえば、先ほどの服部卓四郎大佐とか、辻政信大佐の名前が挙がる。時にはもっと若い瀬島龍三中佐(44期)の名前があがることもある。これは異常ですよ。
『昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか』P104,5

 先ほどチャーチルの話が出ましたが、彼はじつに多くの軍人を罷免しています。もちろんその中には判断ミスもあったわけですが、とにかく評価を下さないと組織を統帥することはできません。手柄を立てれば評価するし、失敗すれば降格させる。降格させれば当然、恨まれるでしょうが、それを引き受ける勇気がリーダーには必要です。その勇気が日本人には残念ながらなかった。
『昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか』P109


 ここに出てきた『チャーチルの将軍たち』という本を探してみたところ、和書・邦訳ではないようでしたが、洋書でこれだろうと思われるものを見つけました。『British Commanders of World War II』の「further reading」にも、「イギリスの将軍達をグループとして扱った著作はほとんどないが、その名誉ある例外がジョン・キーガンの『Churchill's Generals』(London, 1991)である」と書いてありました。




 ジョン・キーガンと言えば、私が持っている本としては他に、『戦場の素顔』と『第二次世界大戦人名事典』があります。他にも様々な邦訳本が出ています→ジョン・キーガンの邦訳本




 試し読みで中身を見てみると、『Churchill's Generals』はジョン・キーガン一人で書いた本ではなく、様々な人が書いた列伝を集めた本のようです(列伝形式すばらしい!→一人の将軍に関して10~30ページ程度で記述する列伝形式の本がいいと思います (2020/04/13) )。取り上げられている人物は、

Ironside, Gort, Dill, Wavell, Alanbrooke, Alexander, Auchinleck, Montgomery, Wilson, O'Connor, Cunningham, Ritchie, Leese, Horrocks, Hobart, Percival, Wingate, Slim, Carton de Wiart, Spears

ということで、個人的には北アフリカ戦のカニンガムとリッチーが入っているのは望外なラッキーさで、他にもウィンゲートやスリムはぜひ読みたいところですし、すでにある程度まとめていたとはいえ、ウェーヴェル、アレクサンダー、ウィルソン、オコーナーなどは加筆に使えそうです。

 また、先日たまたま『第二次世界大戦人名事典』で本間雅晴と本多政材(ビルマ撤退戦の将軍)を読んでみた時に目に入ったホロックス将軍の項が興味深かったので、そこも楽しみな。

 モントゴメリー元帥はホロックスが第二次大戦の最良級の軍団指揮官だと考え、「西部砂漠」のアラム・ハルファ、エルアラメインの第13軍団長にした。ホロックスはモントゴメリーに従ってヨーロッパへ行き、ノルマンディ戦、ブリュッセルへの進撃、アルンヘム奪取のためのマーケットガーデン作戦、それにドイツ国内進撃の第30軍団司令官だった。彼は自分の軍団や軍を思いのままに駆使した。
『第二次世界大戦人名事典』P313




 『Churchill's Generals』はKindle版が479円、古本のペーパーバック版が2000円代で、今までの経験から言うと本のやつを買った方がいいのですが、最近急速に老眼が進んでしまったようで、Kindle版ならばパソコンでものすごく字を大きくして読めるのが魅力なので、今回Kindle版を購入してみました。画面をキャプチャーして印刷して、本の体裁にすることも不可能ではないですし……。


 同様の本として今回、他に『Churchill and the Generals』(2004)という本も見つけてました。これはBBCで放送されたドキュメンタリー(役者による再現の?)を書籍化したもののようでした。




 さらに本来は、以前これまた同様の本として『Churchill's Lions』(2007)という本を注文していたのですが、一向に届かないので諦めてます。新刊が当時確か6,000円代で注文できたのですが、今見ると古本が13,000円代になってますねぇ……(>_<)



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『憎悪の世紀』読後感想(人種差別について+本間中将の逸話)

 『憎悪の世紀』を読み終わりました。





 読んでいて「うええ……」と思ったのは、第二次世界大戦以前とかでも特に東欧からロシアにかけては人種差別による迫害や殺人なんかが起こりまくっていたという話で、そこらへんから考えるとナチス・ドイツが特別というわけではなかったんだなぁ……と(むちゃくちゃ組織的にやったという意味ではやはり特別なのか……)。

 「人種差別はあるのが当たり前」で「それで迫害するのも殺すのも当たり前」というのは、いやしかし今のアメリカとか、あるいは日本でも全然別世界の話とは言えないか……。


 それから、第二次世界大戦の頃に日本軍とかが現地の人達に色々とひどいことをした……という話が延々と続くページがありまして、中には南京大虐殺の話もあって「それはちょっとどうかな」とは思うのですが(よく知らないですが)、しかしフィリピンにおける軍政の話なんかをWikipediaだとか先日の『歴史群像』の記事とかで読みますと、フィリピンでの日本の軍政は全然ダメダメだったようで、日本人として読んでいてつらいものがあります。しかし一方、今村均(大将?)によるジャワ島の軍政はむちゃくちゃ善政であったらしく、今村均の親友で「軍人には合わないほど性格が優しい」と言われた本間雅晴中将がバターン戦に至る不手際を理由に予備役に回されずにフィリピンの軍政を担当していたならば、フィリピンでも善政がひかれたりしたのじゃないかなぁ……と良く知らないながらも思ったり(でも今村均は陸軍中央からその善政が生ぬるいとして左遷されたらしいので、そもそも体質がブラックな組織が上だからダメか)。

 しかしその後『憎悪の世紀』で、日本軍兵士とかに対する連合軍兵士の残虐な扱い(降伏してきてもそのまま殺すとか)が数多くあったとかっていう記述がまた数ページ続くようなところもありまして、「ええっ、そうだったのか!?」と。まあでもそりゃそうか、とも思ったり。

 フィリピン戦に関する資料を読んでましたら、マッカーサーが「日本軍が来たってフィリピンは絶対守れる」と思い込んでいた理由の一つとして「日本人なんていうやつらに何ができる」という人種差別意識があったことは否定できないそうで、フィリピンを空襲した日本軍機を見たマッカーサーが、その動きが上手かったのを見て「あの日本軍機には白人が乗っているに違いない」と言ったとかなんとか。

 あるいは、今日たまたま書店で立ち読みした『アメリカと中国は偉そうに嘘をつく』という本にフィリピン戦の項があったので見てみたら、フィリピン戦の時にテニー・レスターという米軍戦車兵が逃げて入った村に黄色人種がいた(当たり前ですが)のだけども、「我々白人にはその黄色人種達が日本人なのかフィリピン人なのかなんて分かるわけないから、全部銃で撃ち殺したよ」とかって悪びれる感じもなく自著の『バターン死の行進』の中で書いてて、それでいて「バターン死の行進」をさせられたことを非難している……ってなことが書いてありました。




 で、そのテニー氏の本を探してみたのですが、↓これ?

My hitch in hell [electronic resource] : the Bataan death march by Tenney, Lester I


 あるいは↓これ?



 後者の表紙には、「レスター・I・テニーは、日本人を憎んだり残酷だと決めつけたりはしない。」とかって書いてあるんですけども。


 あるいは、以前読んだ『アーロン収容所』に「イギリス軍女性兵士が日本人を人間だとまったく認識してないこと」が書いてあったわけですが、今Amazonの書評を読んでみたら、このようなことが書いてありました。



しかし、イギリス人が敵だった日本人捕虜を家畜扱いしたことを問題視する人が多いが、著者もまた味方のビルマ兵を上等な家畜同然と思っていたとも書いている(P167)ことは見過ごされがちである。味方ですらそうなのだから、敵国人に対する態度がそれより悪くなるのも当然であろう。しかもその扱いに対し、深い反省は見えず、ああ悪い悪い程度の感慨しか感じられなかった。




 進化生物学や脳に関する研究から言えば、自分の属する集団を正義と捉え、それ以外(特に敵対関係)の集団を悪だとか無価値だとか決めつける方が、「進化的に有利」ではあるわけですけども。


 今回フィリピン戦のゲームを自作して、ヒストリカルノートも必要だろうから調べて書いていて、そういう人種差別的な(あるいはマッカーサーが多分私怨で本間中将を死刑にしたり、部下のウェーンライト中将が勲章をもらうのを邪魔したりしたらしい)こととかを書くことも可能なわけですが、まあやめておいた方がいいだろうなあと思って、基本的に純軍事的なことだけに絞って書いてあります。でも、興味をもってこの戦域に関する本を読んだ人が、色々新たに知るとかってのはすごい良いことだと思いますし、私自身そうだったので、そこらへんは期待したいところかなぁと。


 せっかくなので、ヒストリカルノートには書きたくても書けなかった、本間中将に関するエピソードをここに引用しておこうと思います。

 「本間閣下は【中国での】進軍中に味方の戦死者が目にはいると、馬からおりてそばへ行き、帽子をとって最敬礼された」【……】
 【本間は部下に言った】
「味方の死体を見ると、気の毒で気の毒で、心が痛む。思い切った作戦を敢行しようという時も、またたくさんの犠牲者が出るかと思うと決断がにぶってくる。だが戦闘中は作戦第一主義で行かねばならん。決心がにぶらないように、なるべく味方の戦死者を私に見せないようにしてくれ」
『いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝』P124

 【……】商業学校の講堂に児童生徒1500名程度が集まり、【本間】将軍から武漢戦のお話を伺う催しがございました。
 【……】やがて江南山岳戦のことに及び『累々の山岳がすべて敵の堅陣であり、一山また一山と攻略してゆく将兵の労苦は言葉に尽せない。山頂の敵陣に肉迫する歩兵の第一線は、味方砲兵にその位置を知らせるため日章旗を掲げて進んでゆくが、これが敵からも好個の目標とされる。双眼鏡で見ていると、敵の砲火が集中して、日の丸がハタと倒れる。アッやられたかと見るうち、日章旗は再び高く掲げられる。傷ついた兵にかわり、次の者が捧げて進むのである。その日の丸がまた倒れる……』そのような話をしておられた将軍のお声が急に途絶え、見ると静かに目を閉じておられる。戦場を回想し、次の言葉を考えておられるのかと思いましたが、いつまでたっても口を開かれず、そのうち光るものが頬を伝うのが見えました。説明用の長い竹を杖にして、広い壇上に立っておられる将軍のうつむいた頬に涙が次々に流れ落ち、やがて嗚咽の声まで洩れてきました。
 どのくらいの時間だったか、ずいぶん長い間、私どもは電撃を受けたように、身動きは元より呼吸すら憚る思いで将軍を見守り続けておりました。やがて将軍は無言のまま頭を下げて、講壇を去られました。
 講演はそのあと若く快活な中尉に引継がれ、粤漢線の遮断、通城占領に至る兵団勇戦の模様など、大へん面白く分かりやすく聞かせていただきましたが、私どもはこの日以来、子供心にも将軍が赫々たる武勲にも拘らず、深く部下を思う慈愛に満ちたお方と、いっそう尊敬の念を深めたものでした【……】
『いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝』P137


 引用していて私も泣いてしまいましたが、本当に本間中将は軍人よりも教師だとか他の職業に就いた方が良かった人かもと。ある意味なぜそれで軍司令官に任命されるのかといぶかしくも感じますが、陸大の成績も非常に優秀で(隔絶的に優秀だった今村均に負けただけ)作戦立案能力も高いという評価だったということです。







本間雅晴≒ブラッドレー、牟田口廉也≒アレクサンダー?(付:本多政材将軍が凄そう(T_T))

 自作のOCS『Luzon:Withdraw to Bataan』(仮)のために色々資料を集めて読んだのですが、その中で、コヒマで戦った経験を持つイギリス人アーサー・スウィンソン氏が1968年に著した『四人のサムライ 太平洋戦争を戦った悲劇の将軍たち』(原題『FOUR SAMURAI: A Quartet of Japanese Army Commanders in the Second World War』。取り上げられているのは本間雅晴、山下奉文、牟田口廉也、本多政材の4人)のまえがきが興味深かったので、引用してみます。





 【……】英国のマウントバッテンやスリム、米国のマッカーサーやキング(提督)といった主だった連合軍側の司令官の名はあまねく知られ、いまや伝説化しようとさえしている。これらの人たちの個性や生涯は、各国の国民の頭に刻印されている。ところが日本の司令官となると話は別である。大部分の名は、古いウェスタンものの地平線にうかぶ“悪党”のままになっている。戦史好きの人々にも、知られているものは稀であり、その司令官を相手に戦ったかつての兵士にさえ、その氏名も知られないままになっている。1942年(昭和17年)フィリピンを占領した本間雅晴と聞いて、それと分るひと、一人にたいして、ダグラス・マッカーサーのわかるものは一万人いるだろう。山下とか牟田口となると専門家だけが知っている名であり、本多にいたっては公刊戦史にだけその名が記されているにすぎない。
 【……】そして学童でさえネイやスールの名を知っている。それなのに日本の司令官となると、われわれにとって、日本人が全くわけのわからないとつ国びとで、理解する共通の基盤というものがないときめつけているのではないだろうか。この仕事をやっている途中で、戦史を専門にしている一人さえ、「君、日本の場合、モントゴメリーやパットンと同日に性格を談じようたって無理だよ」といった。この人にしてみれば、どの日本人も(もちろん中国人もインド人もだが)一人ひとりの個性などないとみえるらしい。
『四人のサムライ 太平洋戦争を戦った悲劇の将軍たち』P7,8


 私はマウントバッテンスリム将軍については今年に入ってから初めて、インパール作戦についての本をいくらか読んだので今ではある程度分かるのですが、それ以前はまったく知らない名前でした。

 (スリム将軍についてはこちら→インパール作戦関係書籍などをある程度読んでの感想 (2020/02/22)

 マッカーサーは日本に関する歴史的な経緯の問題で日本人で知らない人はいないと思いますが、キング提督というのは、私は現状まったく分からない名前です(ニミッツとかは一応名前くらいは分かるのですが……小学校高学年の時には日本海軍ものの本を読みまくっていたものの、当時は今ほど指揮官像に興味を持っていたわけではないような気がします)。


 日本軍の指揮官に関して言えば、山下奉文牟田口廉也に関しては恐らく、日本ではそれぞれちょっと抜きん出て有名だと思うので私もある程度は知っていましたが、本間雅晴に関しては今回フィリピン戦に関して調べ始めるまで全く知りませんでした(日本陸軍に興味なかったので……)。本多政材は当然の如く?全く知りませんが、同書のまえがきを読んだだけでもかなり興味深そうな人物で後述します(ってか、Wikipediaの記述少なすぎっ!?)。


 著者がコヒマで戦ったイギリス人で、日本軍の指揮官に興味がある人なので「マウントバッテン、スリム、マッカーサー、キング」という人選になる(モントゴメリーやパットンやブラッドレーやロンメルやマンシュタインでなく)のだろうとも思うのですが、それら4人の英米人指揮官が「あまねく知られている」というのは「ほえー、そうなのか……」と思いました。

 そしてまた、「学童さえネイスール(ト)の名を知っている」というのに吹きました。学童というのは小学生ということですが(原文は分かりませんが)、イギリスでは小学生でもほぼ全員(男子だけ?)がナポレオン戦争時のフランス軍のネイ元帥やスールト元帥の名前を知っているのでしょうか……? うーん、すごい。日本で言うとなんなんでしょう。ニミッツとハルゼー? ……あいやいや、呂布と諸葛亮とかかな……(こ、これだあ!)


 ただ、欧米人(の軍事史家やミリタリーファン)が日本軍の指揮官に関して全然知らないどころか、人格や個性などないと見ていたという話ですが、これはあくまで1968年時点での話で、現在ではそこまででもないんだろうという気はします。1968年というとマーチン・ルーサー・キング・ジュニアが暗殺された年ですが、この頃までは本当に、全世界的に依然として人種差別はして当たり前で、イギリスでも戦後かなり長い間は(かつて敵国であったこともあって)日本人は非常に差別的に見られていたらしいです。しかし、1990年代以降?(アパルトヘイトの廃止は1994年)人種差別的な見方が減り、またクールジャパンなどの動きもあって、個々の日本人の人物像に興味を持つ外国人も相当増えたような(もちろん、ここ数年はまた全世界的に差別的な見方が広がってもいるわけですが)。



 また、同書まえがきでこの部分もちょっと気になりました。

 相当の性格、人品、能力もなくて高級司令官、殊に日本帝国陸軍の高い地位に達することはできるものではない。牟田口の本間と違うことは、ちょうどアレキサンダーとオマール・ブラッドレイとの違いである。二人の家筋、結婚観、女性観、文化観その他すべて異る。二人の人生態度、部下の扱い方も違う。二人が日本人であること、同じ陸軍にいたということいがいに、共通するものは殆どない。
『四人のサムライ 太平洋戦争を戦った悲劇の将軍たち』P9


 イギリス軍のアレクサンダー将軍と、アメリカ軍のブラッドレー将軍については私も以前ちょっと興味を持って調べたことがありました。本間雅晴≒ブラッドレーであるのはいいとして、アレクサンダー≒牟田口なのか……? と思ったのですが、アレクサンダー将軍は確かにちょっと傍若無人で差別的?で依怙地っぽい感じがあるかも……。本間≒ブラッドレーというのは、部下のことを思いやって作戦計画が慎重かつ精密というのは確かにかなり似ているような気がします。

サー・ハロルド・アレクサンダー将軍について (2017/01/21)
オマー・ブラッドレー将軍について (2016/11/06)
なぜブラッドレー将軍がノルマンディー上陸作戦時のアメリカ軍司令官に選ばれたのか?(付:OCS Normandy) (2019/05/31)


 また、引用前段を見ると著者は牟田口廉也の人格がある程度以上立派であると判断しているように見えますが、別の箇所(P11)で「牟田口廉也【へ】の結論は古いビルマ関係者に驚きを与えるかもしれない。」と書いていて、そうかもしれないと思えます。まだ牟田口の部分は読んでないのですが……。


 本多政材の部分もまだ読んでいないのですが、まえがきにはこうありました。

 本多政材をとりあげることは、山下や本間に比べるときドン・キホーテ的に思われるかもしれない。たしかに彼の嵩は小さいし、全く知られていない人だ。ビルマ作戦の公刊記録にも、彼についてはただM・HONDAとのみ記され、彼のことはこのほかにはなにも詳述されていない。だが私はどうも退却軍後衛をやった司令官にいつも興味があるのだ。ロンセヴォル戦のローランド、カバールから退くときのシェルトン、モスクワからのネイ。逆境時の勇気の見本として、私にとって本多は素晴らしい。彼の33軍は3回も潰滅した。米スティルウェル中将によって、ついで英スリム大将によって、最後に英コーワン少将によって。しかもその絶望の月の翌月には、この混乱から秩序を回復し、一転して再び戦っている。時には身を細い杖にたよるところまで堕ちながらも、彼は司令力を失うことなく、また将兵に対する権威を放りだすことをしなかった。戦争の終末まぢか、誰もが彼の軍がもう如何なる動きもなし得まいとするときにさえ、彼は恐るべき反撃をなした。かかる粘り、忠誠心、指揮能力、それらは検討に価すると思う。
『四人のサムライ 太平洋戦争を戦った悲劇の将軍たち』P12


 なんかもう、凄そうなんですが……!(T_T)

ミリタリー本なんかの脚注やPCソフトの脚注機能、それに索引とかについて

 本(特に訳書?)を読んでますと、「注」とか「原注」とかが付いていることがありまして、それを読むのも大きな楽しみなのですが、それらが参照しにくいという問題がありました。

 大体の場合、注は巻末にまとめられていて、しかも章毎に通し番号がリセットされるので、探しにくいったらありゃしない! 過去には、通し番号がリセットされない本があって「これはいいな!」と思ったことがありました(→「歴史議論とは反証可能でなければならない」 (2017/10/13) )。


 ところが、最近読んでいっている数冊の本は(同時に何冊も違う本を読んでいるのです(^_^;)、注が見開きページ内に置かれており、読んでいく上で大変楽で、いいなぁ、と。以前にもそういう本はあったかとも思いますが、トレンドとしてそういう本が増えてきていたりもする……?


 ↓『憎悪の世紀』

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 ↓『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』

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 この本は注が膨大で、ページの半分近くが注であることもざら。



 で、それはそれとして、実は自作のOCS『Luzon:Withdraw to Bataan』(仮)のヒストリカルノートを書き始めたのですが(知り合いの方々にテストプレイしてもらうにしても、ヒストリカルノートなしじゃ判断基準が乏しいかと思いまして。むちゃ有名な戦いでもないと思いますし)、私自身が「注」好きであることもあり、「注(主に出典とその何ページに書いてあったか)」を入れていこうと考えました。過去にGameJournal誌の記事用のヒストリカルノートを書いただいぶ後でその内容にミスを見つけた時、記事に書いた間違いの内容をどこで見たのかが探しても見つけられなかったという経験もあり、将来的に注を付けない状態で発表するとしても、自分には分かるようにしておきたいという思いもあります。

 ということでプレーンテキストで書き始め、注の箇所には「*1」と書き入れ、その段落の後ろに「1:」として出典を記すという方法でやっていたのですが……。当然のこととして、推敲したり段落を入れ替えたりしているうちに、注のナンバリングがずれてきます(^_^; 「でもこういうのはPCソフトで自動的にナンバリングが修正されるような機能が当然あるだろうなぁ……」と思って検索してみましたところ、Microsoft Wordの脚注機能というのが検索結果として大量に出てきました。しかし私はWordが嫌いで一太郎派であるので、一太郎でできないのかと探してみたところ、「一太郎2019」からの新機能として脚注機能が実装されたのだとか。私は何度か一太郎を買い換えているのですが、手持ちの最新のは「一太郎2017」でしたorz。

 あと、Word互換フリーソフトである『LibreOffice Writer』やAdobe『InDesign』にも脚注機能があるということが分かり、『LibreOffice Writer』はほとんど触ったことがないし、分からない面が大量にありつつも使ってはいる『InDesign』でやろうか……とも思ったのですが、『InDesign』はやはり大変だし怖いので、『LibreOffice Writer』でもってとりあえず書いていくことにしました。やってみたら全然簡単で、良かったです。


 ↓『LibreOffice Writer』の「脚注機能」でやってみたもの。

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 ナンバリングも自動で修正されますし、注元の文章のページが変わると、注先?のページも勝手に移動してくれるので、便利です。

 良く分かんないですが、最近の本で見開きページ内に脚注を置いてくれることが増えているのは、こういう機能が使われているのでしょうか。しかし欧米由来のソフトではだいぶ昔からある機能らしいのに、日本で最強の「一太郎」が実装したのはようやく2019年というのは、だいぶ差を感じます……。


 日本の本(訳書でない本)では、注を付ける本も少なめだと思いますし、参考文献が書いてあることもほとんどないし、何より、索引が存在することが絶望的に稀で(ミリタリー洋書にはほぼ必ず索引があるのに!)、その点、個人的には欧米の本のようにそれらがあって欲しいと思っています。日本の出版文化とかの背景があるんでしょうか……。


 先日びっくりしたのが、注文した『General Wainwright's Story』という本が、値段的にハードカバーだと思い込んでいたのが届いたら新書サイズのちびっこいペーパーバックで(厚みは結構ある)、しかも古い本でおもちゃみたいな感じであったのに、索引がちゃんとあったことでした。

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 マジ、索引は助かります。オスプレイのキャンペーンシリーズとかにも、あれはそれほど分厚くない入門的な本なのに、必ず?索引があります。そしてむっちゃ有効活用できます。日本の本なんか、中公文庫とかハードカバーとかでかなり詳しいミリタリー系の訳書とか、全然索引がないので、目視で検索するという……(T_T)

 索引も、昔調べたのですがPCソフトである程度簡単に作れるようになっているようですし、まあヒストリカルノートみたいな数ページのものにはいらないでしょうけど、数百ページの本であれば、新書も含めて、付けるようにして欲しいものだと思いますが、色々難しいんですかね……(>_<)


一人の将軍に関して10~30ページ程度で記述する列伝形式の本がいいと思います

 私は、第二次世界大戦やナポレオン戦争期の将軍達の人物像に興味を持ってまして、色々資料を集めて読んだり、いくらかブログに書いていったりしているわけですが……。

 あの大木毅さんがツイッターで、このような事を書いておられました。




 個人的には、列伝形式の本はかなり好きです。勿論、極めて重要な人物に関しては一人一冊で全然良い(というかそれでも足りない)と思うのですが、一方で多くの人物について知っていきたいという事からすると、一人一冊は読むのに(もちろん書くにも)時間がかかりすぎる。逆に記述が少なめの例として、事典形式やコラム形式などで一人半ページ~1ページ半くらいで将軍の経歴や人物について書かれている本も結構多数ありますが、こちらは概略が最小限分かる程度で、ボリュームが足りないと感じます。

 それらに対して一人につき10~30ページ程度で記述する列伝形式の本は、ちょうどいいボリュームでその人物に関する理解や印象が深まり、それでもってある程度の数の人物を扱っていける、ある意味素晴らしい形式ではないかと……(ただし、やや書き手の見解が強めに出る気もします)。



 以前、古本屋でたまたま見つけて買っていた列伝形式の本が3冊ありまして、先日目次を見てみると新たに興味を持つようになった将軍が複数人扱われていたので、読んでみて(あるいは読んでいる途中)、非常に良かったです。しかも改めて確認してみると、著者は3冊とも児島 襄氏でした。




 興味のある方向けに、扱われている人物を挙げておきます(その情報が割と出てないような気がするので)。また、今回私が興味を持って読んだ(読もうとしている)人物には「○」とその理由を書いておきます(結構重複がありますね)。

『素顔のリーダー』
ナポレオン
ヒトラー
西郷隆盛
毛沢東
東條英機(○:OCS『Burma II』のインパール作戦の関係で)
マッカーサー(○:OCS『Luzon:Withdraw to Bataan』(仮)の1941年のルソン島での戦いの関係で)
東郷平八郎
ロンメル(○:なぜか?未読でした(^_^;)
乃木希典
パットン(○:OCS『Sicily II』『Tunisia II』『Beyond the Rhine』の関係で)
山本五十六
チトー
蒋介石
チャーチル(○:ウェーヴェル将軍の関係でチャーチルに興味を持ったので)

 この本には(後の2冊と異なり)主要参考文献が挙げられていまして、日本語のみならず英語やドイツ語、あるいは中国語?の文献も挙げられています。参考文献が挙げられているのは素晴らしいと思います(個人的にその辺の情報が好きなだけ?)。



『指揮官』
第一部
山本五十六
宮崎繁三郎
山下奉文
本間雅晴(○:OCS『Luzon:Withdraw to Bataan』(仮)のルソン島の戦いの日本第14軍司令官)
栗林忠道
栗田健男
牟田口廉也(すでに以前読んでました(^_^;)
牛島満
中川州男
小沢治三郎
安達二十三
大西瀧治郎
東條英機(○:OCS『Burma II』のインパール作戦の関係で)
阿南惟幾

第二部
ダグラス・A・マッカーサー(すでに以前読んでました(^_^;)
オード・C・ウィンゲート(○:OCS『Burma II』で扱われるイギリス軍チンディット部隊の指揮官)
ウィリアム・F・ハルゼー
レイモンド・C・スプルーアンス
ジョージ・パットン
チェスター・ニミッツ
ホーランド・スミス
エルウィン・ロンメル
林彪
グリゴリー・ジューコフ
チャンドラ・ボース(○:OCS『Burma II』のインパール作戦の関係で)
ドワイト・D・アイゼンハワー
アドルフ・ヒトラー


『参謀』
第一部
石原莞爾
中沢佑
辻政信
富岡定俊
草鹿龍之介
前田正美(○:OCS『Luzon:Withdraw to Bataan』(仮)のルソン島の戦いの日本第14軍参謀長)
宇垣纏
井本熊男
野々山秀美
藤原岩市
大谷藤之助
今井武夫
八原博通
池田純久
杉山元

第二部
ハンス・シュパイデル
マイルス・ブローニング
ジョージ・C・マーシャル(○:アメリカ陸軍参謀総長)
アーネスト・キング
ロバート・B・カーニー
アルツール・シュミット
ウォルター・B・スミス
ウィリアム・リーヒ
アルフレート・ヨードル
コートニー・ホイットニー
ジョセフ・スチルウェル(○:OCS『Burma II』で扱われる中国・ビルマ・インド戦域米陸軍司令官)
A・C・ウェデマイヤー
ウィルヘルム・カイテル




 また、だいぶ昔に買っていた列伝形式の将軍本として、柘植久慶氏の『ザ・グレート・ジェネラルズ 名将たちの決断』というのもありました。



 こちらはAmazonのページの「試し読み」で目次が見られるのでそちらで、どの人物が挙げられているかをチェックしてもらったら。




 それから、先日購入して摘まみ読みしてブログにいくらか挙げてました、『Great Generals of the Napoleonic Wars and Their Battles:1805-1815』も、素晴らしい列伝形式の本かと思います(「序論(introduction)」も秀逸!)。この本はそれぞれの人物について「経歴」「人物像」「著者がピックアップした、その人物が指揮した会戦1つ」について述べられているのですが、この最後の「会戦」について、どの会戦が取り上げられているかの情報も今ここに挙げておいた方が良いのではないかと思うので、挙げておきます。



Napoleon……The Battle of Austerlitz:2 December 1805
Eugen de Beauharnais……The Battle of the Mincio:8 Feburary 1814
Lasalle……The Battle of Medelin:28 March 1809
Moore……The Battle of Coruna:16 January 1809
Wellington……The Battle of Toulouse:10 April 1814
Hill……The Battle of Arroyo dos Molinos:28 October 1811
Archduke Charles……The Battle of Aspern-Essling:21-22 May 1809
Blucher and Gneisenau……The Battle of Laon:9-10 March 1814
Bagration and Barclay de Tolly……The Battle of Smolensk:17 August 1812
Kutusov……The Battle of Borodino:7 September 1812


 ブログで挙げていたエントリは↓こちら。

『Great Generals of the Napoleonic Wars and Their Battles:1805-1815』序論から、ナポレオン戦争期の将軍達の色々な話 (2020/01/18)
ウジェーヌはどのように有能だったのか? (2020/01/31)
フランス軍の騎兵部隊指揮官ラサール将軍について (2020/02/02)
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 他に列伝形式の本があったりしないか、Amazonで検索してみたのですが、私が興味を持っている領域で良さげな本はぱっとは見つけられませんでした。和書や洋書で、良さげな列伝形式の本をご存じでしたら、ぜひ教えて下さい!

 一応、持っているけども個人的には好みでなかった本も参考に挙げておきます。




 『ドイツ軍名将列伝―鉄十字の将官300人の肖像』は多数の将軍について経歴を調べたりするにはいいのですが、人物像についてはほとんど何も触れられていないです(特に著名な数人に少し記述がある程度)。まあ、扱っている人数が多すぎて(書名は列伝ですが)事典形式に近いので、当たり前ですが。

 『第二次世界大戦将軍ガイド』も一冊で70人余りを扱ってますから一人数ページで、しかも人物像よりも戦いに関する記述の方が多いですし、内容的にも信頼度に不安を感じたりも……。


 持ってないですが、↓なんかアリかもしれないですが、しかし扱っている人数がページ数の割に多いですから、列伝とまでは言えないでしょうかね……(やはり、一人10ページくらい以上は記述して欲しい……)。






 今まで私がいくらか書いてました、将軍に関するエントリも、ある程度の数はある状態になってきたので、ぱっと一覧できるような状態にできた方がいいですかね……(Wikiからのリンク集を作ったり)。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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