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大木毅さんの『「砂漠の狐」ロンメル』読了

 大木毅さんの『「砂漠の狐」ロンメル』を、ずいぶん前に読了していたのですが、その前に読んでいた『パットン対ロンメル』からの情報集積作業で手間取っていたため、ブログに書くのがだいぶ遅くなりました(>_<)





 個人的にこの本の一番の収穫は、以前、ロンメルはイタリア軍司令官からの抗議に、ヒトラーの許可を得たのだと嘘をついた? (2017/11/30) で書いていた「ロンメルは嘘をついたのか」という件に関して、「アーヴィングが嘘をついた(ロンメルを貶めるという自説に都合の悪い情報を故意に無視したりした)のであって、ロンメルは嘘をついてない」という詳しい説明があったことでした(P164)。

 アーヴィングが自説に相反する事柄を無視して著作を書いたという件については他にもP228で触れられており、またその直前(P227)にはロンメルに嫌悪感を抱いていたハルダー将軍が、ロンメルが要求した「2個師団」を「2個装甲軍団」と誇張していたと書かれていたりで、そういう情報操作が世の中にはあるものだ、あるいは人間にはそういうことは避けられないものだ、という感を個人的には強くします。


 大木毅さんは山崎雅弘さんの名前をまったく出していませんが、山崎雅弘さんがその著作『ロンメル戦記』でアーヴィングの著作を「基本的には信頼できる」として使用した後、大木毅さんがパウル・カレルを批判する記事で「近年はパウル・カレルを参考文献とする歴史家はいない」ということを書いた時に山崎雅弘さんがブログで、「ためしに手持ちの近年の資料でパウル・カレルを参考文献としているものを探してみたらこんなにありました(笑)」というようなことを書いていたことが、この本を書かせることになったのだと思われます(まあもっと複雑でしょうけども……)。

 例えば、本書P306には、参考文献としてアーヴィングの『キツネの足跡』を挙げた後、こう書かれています。

 本文に示したように、このアーヴィングの著作には、歪曲や捏造、史資料の恣意的引用などが多数ある。むろん、本書では、それらを指摘するために参照したのであって、事実関係を確定するための典拠にしているわけではない。特記する必要もないことであるが、マニアの一部には、参考文献に挙げてあることイコール資料価値を認めたことだと強弁する向きもあるので、敢えて贅言を弄しておく。


 パウル・カレルの『砂漠のキツネ』に関しても同様だとP311にあります。

 個人的には、史実に関する「論争」は終わりのないものだと思いますし、私はそういう論争自体好きなので、論争的なものはどんどんやっていってもらったらなぁ……と思います。





 一時期は『「砂漠の狐」ロンメル』はでっかい本屋に行ってもまったく見つかりませんでしたが、最近は小さい本屋でも平積みにされています。どんどん売れてもらったらいいですね~。



 あと、個人的に2番目の収穫は、↓です。

 このころ【1940年5月の対フランス戦役でダンケルクの戦いが終わった後の、第二段階「赤の場合」の時期】になると、フランス軍は、従来のように戦線の維持を重視するのではなく、森林や村落を拠点として、縦深的に抵抗する戦術を採用していた。それゆえ、ドイツ軍は、5月20日よりフランス軍総司令官になったマキシム・ウェイガン大将にちなんで、「ウェイガン線」と呼ばれた防衛線を突破するのに手こずった。
『「砂漠の狐」ロンメル』P145


というのは、OCS『The Blitzkrieg Legend』のプレイと史実を比べた時に悩むのが、「なぜ史実ではフランス軍やベルギー軍はそんなにもあっという間に退却してしまったのか」ということで、一応推測として「戦線至上主義だったからではないか(戦線の一角が破れると退却するというのが彼らの常識だったのではないか)」というのが個人的に思いついてはいたのですが、『「砂漠の狐」ロンメル』のこの記述はその推測を裏づけるものになりませんでしょうか?

 あるいは、「戦線よりも縦深が大事」というOCSはやっぱり素晴らしいなぁという主張の補強になりませんかね?(おい)

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西部戦線:米軍のホッジス将軍について、ちょい調べ(加筆版)

<以下、2019/05/08のエントリを加筆したものです>

 現在、尼崎会にてOCS『Beyond the Rhine』をプレイ中ですが、西部戦線における連合軍司令官について、パットン、モントゴメリー、ブラッドレーくらい以外は全然知らないので、ちょっと調べてみました。

 まずは、戦区でモントゴメリーとパットンの間に挟まれた第1軍司令官のホッジス将軍について。


 『Beyond the Rhine』セットアップ時の戦線区分についてはこちら→OCS『Beyond the Rhine』フルキャンペーンセットアップ完了 (2019/03/23)

Courtney Hodges

 ↑コートニー・ホッジス将軍(Wikipediaから)



 まずは概略。

 歩兵戦闘のエキスパート。1941年から42年まで情報部長を務めていたが、 1942年の暮れに第10軍団長に任じられた。翌1943年、第3軍にあって中将に昇進したが、間もなくアイゼンハワーの命により、 アメリカ第1軍司令官でブラッドレーのもとで副司令官とされた。この軍は、ヨーロッパ反攻に備えていた。1944年、 ノルマンディー上陸軍はブラッドレーの下で第12軍集団として統合され、ホッジスはアメリカ第1軍の司令官となる。ジークフリート線に達していた彼は、アーヘンを占領、バルジの戦いに際して、アメリカ軍前線の北半分をよく支え、この戦いの勝利を助けた。さらにその軍はレマーゲンの橋を占拠し、ルール地方の包囲に力を与えた。アメリカ陸軍の中ではさして有名な部類には入らないが、おそらく最も優秀な指揮官の1人とされるべき人物である。
『第2次大戦事典②兵器・人名』P363



 「歩兵戦闘のエキスパート」ということで言えば、こんなことも書かれていました。

 歩兵科長官【? chief of infantry】としての在職期間中にコートニー・ホッジスは、携帯式の対戦車兵器であるバズーカやM-1カービン銃の採用、それに空挺部隊の使用などを押し進めた。
『US Commanders of World War II(1)』P15



 『Allied Commanders of World War II』は、ホッジスの無名性と戦線の広さについて特に注目しているようでした。

 マイルズ・デンプシー【がモントゴメリーの陰に隠れていたの】と同様、ホッジスは同時代の異彩を放つ輝き - 彼の場合それはパットンであった - の陰に隠れてしまう運命にあった。……級友であったアイゼンハワーはホッジスを第1軍司令官の副司令官に任命したが、それはブラッドレーが第12軍集団司令官になる時にはその後を引き継ぐという了解のもとでであった。だがブラッドレーは、世間に広く知られる可能性を持っている時期に、野戦司令官の経験のないホッジスを用いるのには気が進まないでいた。ブラッドレーは、自然と注目を集めるパットンの方が良かったと思っていた。
 ホッジスは有能で、物事をうまく処理したが、注目はされなかった。ホッジスは両側面をパットンとモントゴメリーがどんどん進んでいく中、あまりにも広い戦線を担当しなければならない不利を抱えて作戦を行わねばならなかった。このために彼はジークフリートラインを自由に移動することができず、1944年9月中旬までアーヘンを占領できなかった。11月には第1軍はルーア川とユーリヒを目指す攻勢で大損害を被った。担当戦線が長過ぎたためにホッジスはアルデンヌ戦区を弱体なままにしており、12月に【ラインの守り作戦によって】驚愕することになったが、その責めの大部分はブラッドレーが負うべきである。
『Allied Commanders of World War II』P16,7



 無名性ということで言えば、英語版Wikipedia「Courtney Hodges」では、↓とありました。

 アイゼンハワーはホッジスを米軍がドイツ本国へ進出する上での「先鋒であり、輝ける星であった」と語り、「見出し作家からは見過ごされているようだ」が、ホッジスの業績が正当に認識されるように努めた。




 『US Commanders of World War II(1)』のホッジス評は色々書かれていて面白いのですが、相矛盾するようなことが書かれているような感じもします。

 1943年2月に中将に昇進したホッジスは、英本土においてアメリカ第3軍の司令官となった。翌年1月、ブラッドレーの副司令官となる。ブラッドリーが軍集団司令官となると、ホッジスはブラッドリーから第1軍の司令官職を引き継いだ。ブラッドレーが第1軍に残したのは、短気なホッジスと、有能ではあるがかっとしやすい幕僚達とであった。ブラッドレーは幕僚達をコントロールできたが、ホッジスにはコントロールできなかった。その為、戦争の残りの期間中、第1軍の司令部では何度も繰り返し問題が起こった。ホッジスは第1軍を率いて北フランスとベルギーを駆け抜けたが、ジークフリートラインの前で急停止した。アーヘンとルーア川のダムを巡る血みどろの戦いに続き、バルジの戦いが始まった。アイゼンハワー以下のすべてのアメリカ軍上級指揮官同様ホッジスは、アルデンヌを突破するというドイツ軍の攻勢に驚愕した。しかしながらホッジスはこの危機に良く対応し、攻勢の2日目の12月17日に自身の戦線の穴を塞ぐために2個空挺師団を派遣して欲しいとの重要な要請を行った。その後、彼の第1軍はレマーゲン鉄橋を通ってドイツ本土へ進撃し、1945年3月にエルベ川においてソ連軍との邂逅を果たした。その間ずっと、ホッジスは部下達がためらうことをほとんど許さず、軍団司令官1人を交代させることさえした。……
 ブラッドレーはホッジスのことを、冷静で用心深い歩兵戦術家であると考えていた。しかし他の多くの人びとはそうは考えず、ホッジスは高圧的な幕僚にはすぐ屈するし、用心深すぎると思っていた。
ある歴史家はホッジスのことを適正にもこう評している。「几帳面な傾向のある有能な作戦指揮官」
『US Commanders of World War II(1)』P16



 先述の英語版Wikipediaでは、バルジの戦いの時にホッジスがスパの司令部を放棄してリエージュへと撤退したことに関して、不名誉なことであり、もしイギリスの将軍だったならば更迭されたかもしれない……というように書いてあるようで興味を持ちました。

 しかしなんか日本語で読めるそこらへんの経緯は見つけられず、英語であればGoogle Books上で、

Antony Beevor『Ardennes 1944: The Battle of the Bulge』

Christer Bergstrom『The Ardennes, 1944-1945』

 で読めそうでしたが、まあチラリと見たぐらいで、それ以上まではパスで……(^_^;


 それから、第二次世界大戦ブックスの『猛将パットン』を見ていると、バルジの戦いの戦功について、パットンだけが名声を得たのはなぜだろうか……という文に続いて、こうありました。

 第1軍のホッジスの名声は色あせてみえたが、内気なかれは、報道関係者をあつかう才覚に欠け、戦果をあらいざらい発表する能力もなかった。
『猛将パットン』P128



 うーむ、なかなか色々面白いです。



ピーター・ヤング編『第2次大戦事典②兵器・人名』を購入しました

 これまでに、『第二次世界大戦人名事典』(ジョン・キーガン編)と『第二次世界大戦事典』というのを購入していましたが、ふと思いついて、Amazonで「第二次世界大戦 事典」で検索してみました。





 すると、ピーター・ヤング編『第2次大戦事典②兵器・人名』というのがひっかかりまして、中身に関しては全然情報が得られなかったんですが、1000円ちょいで安かったのでまあいいか、と思ってポチりまして。で、それが届きました。



 見てみると、目当てだった人名事典の部はジョン・キーガンによるそれだということ(つまりかぶってしまった)で、「なんじゃそりゃー!」となりました(^_^; が、翻訳の調子が違う&『第二次世界大戦人名事典』の翻訳の方に若干違和感を感じる部分があったので、そこらへん見比べるには良いかも、と。それに、基本的には同一っぽいのですが、最初の項目であるアイアンサイドの項の最後の部分なんかは全然違うことが書いてあったりするので、何か版が違ったりするものなんでしょうか?

 あと、兵器事典の部は各兵器カテゴリ(たとえば「銃」とか「高射砲」とか)について、国別にどういう種類のがあってどんな性能だったか……ということが説明されていて、割と面白い書き方になってました。これだけでも1000円分くらいの価値は全然ありそうに思いました。

 ①もあって、作戦とかの編年体(というか)のものらしいのですが、そちらは私は別にいらないかなぁ、と。




『戦争は女の顔をしていない』が速水螺旋人さん監修で無料コミカライズ化

 スマホでオススメニュースを見ていたら、『戦争は女の顔をしていない』が速水螺旋人さん監修で無料コミカライズ化されたという話が。




 『戦争は女の顔をしていない』は、第二次世界大戦中のソ連で従軍した500人以上の女性から聞き取りをしたインタビュー集で、3年前に文庫本が出ていて本屋で平積みにされてました(著者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチはこの本が初作品で、後にノーベル文学賞を授賞したそうです)。

 私も当時買おうかどうか悩んだのですが、他のメインの関心事の本が大量に積ん読になっているので、後ろ髪を引かれる思いで買わないでおいたものでした。


 それがあの、ソ連愛溢れる速水螺旋人さん監修でコミカライズされていく(今後も不定期更新で?)というのですから、うーん、すごい。

 ↓こちらで読めます。

コミックウォーカー 戦争は女の顔をしていない

 ユーザー登録してお気に入りに指定しておくと、更新されたらメールが来るらしいので、登録しておきました。コミカライズ版の方はぜひ読んでいきたいです。


 ↓しかしもしかしたらこっちで(スマホで)見た方が画質が良いかも……?

戦争は女の顔をしていない (@UnwomanlyFofW) | Twitter


 第1話にはスータリングラードやクールスクという地名が出てくるのですが、まさにスターリングラード戦やクルスク戦の時の話なのでしょうか。個人的には、赤星勲章を受章したという女性の話が感動的でした。最後のページも泣けます。
 


 あと、ツイッターによる感想が↓で読めます。

#戦争は女の顔をしていない

 ツイッターの感想によるワーリャという子に関する分析?は「なるほどなぁ……」と思いました。

 しかし一方で、そうでなければ線引きがちゃんとされていたということなわけでしょうから、それは逆にすごいなぁと思いました。民間人は営倉(って良く知らなかったのですが、兵に対しての懲罰房だそうで)に入れてはいけない、という規則をソ連軍人が守っているというのも意外でした。もっとソ連軍は非人道的かと思ってました……。

 尤も、この洗濯部隊の話は『戦争は女の顔をしていない』の中ではかなり刺激的でない話だそうで、もっとひどい話がたくさんあるそうですが……。



『Churchill's Lions:A Biographical Guide to the Key British Generals of World War II』を注文してしまいました

 オコーナー将軍関係のことを調べていて、『Churchill's Lions:A Biographical Guide to the Key British Generals of World War II』という本を見つけ、注文してしまいました。




 ただ、Amazonだと安い方(5000円くらい)のはいつ入荷するか分からない感じだったので、紀伊國屋書店で見てみたら少し安く、また基本的になんとかして取り寄せる感じだったのでこちらで。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9781862274310


 内容としては第二次世界大戦のイギリス軍の125人の将軍を解説した本のようです。書評の評価も高くて「これはアリかも……!」と思ってポチってしまったのですが、冷静に考えてみると私が今の手持ちの資料で項目がなくて知りたいのはニーム、カニンガム、リッチー辺りしかいないので、そこまでの資料は必要なかったかも……と思わないでもないでもない……けどまあ、注文してしまったので(^_^;


 あと、「Generals of World War II」で検索してみると、↓というアメリカ軍の将軍に関する本が見つかりました。



 これも書評の評価が基本的に高く、買うかどうか悩んだのですが、なかみ検索で見たところ事典形式では全然ない(『Churchill's Lions』ももしかしたら事典形式ではないのかもですが……)のと、アメリカ軍の将軍については手持ちの『Allied Commanders of World War II』と『US Commanders of World War II(1)』だけで、現状知りたい人間についてはほぼ網羅されているかもという気がしたので、「ほしい物リスト」に入れておくだけにしました。ふー。踏みとどまった……(^_^;

洋書のWW2指揮官本をまとめ買いしました (2019/03/16)


 イギリス軍とアメリカ軍の将軍本については、存在まで含めてある程度まで分かったのですが、ソ連軍とイタリア軍の将軍本がぜひ欲しいですねぇ……! 情報お持ちの方、ぜひ教えて下さい! 特にイタリア軍将軍本についてはイタリア語でも全然欲しいです。ソ連軍将軍本はロシア語だったらさすがにパスで(^_^;




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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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