FC2ブログ

イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その4

 今まで3回ほど、「イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由」についてブログで取り上げてました。

イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由 (2017/04/09)
イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その2 (2017/05/14)
イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その3 (2017/11/21)


 『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』を読んでいましたら、「その2」と同じ、及び上記に挙げたのとはまた違う「合理的な理由」について触れられていたので、引用してみます。

 2単位師団は多くの批判を招きがちである。主として、火力が減少してしまうというような。だが忘れるべきでないのは、このようなコンパクトな編制は、当時視野に入れられていたフランスやユーゴスラヴィアとの戦争での、国境の山がちの地形には適していたということである。それに歩兵連隊を少なめにしていくというのは、戦後には旅団規模がトレンドになっていったという流れを考えれば、それ自体は悪くなかった。むしろ、歩兵用の支援火器と(装甲)車の供給が不充分であったことの方がよほど問題であった。だがまた、歩兵師団を20個から51個にまで増やすことによって、それを指揮するための経験豊かな将校の数に不足をきたしたのも事実である。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』P53


 「戦後には旅団規模がトレンドに」というのは私は良く知らないのですが、同書のこのページの最初のところには、第一次世界大戦後にはそれまで「4単位(1個師団に4個連隊)」が各国で普通であったのが、「3単位」に変えていく流れであった……というようなことが書いてあり、20世紀における全体の潮流として、4個連隊→3個連隊→2個連隊(旅団程度)となっていくというのがあったのでしょうか。そうであれば、イタリア軍の「2単位」というのは潮流を先取りしていたのであり、嘲笑されるようなものではない……と。尤も、他の点で色々問題があったわけですが(^_^;



 あと、同書で昨日読んでいた部分で面白かった記述(P64)として、「イタリア軍は将校と兵士との間の距離が遠かったということが問題として挙げられたりする(ただし、前線にいる期間が長くなったりした場合や、戦車師団やアルピーニ師団や空挺師団などのエリート部隊では、距離はもっと近かった)けども、ソ連軍なんか上官が兵士達を処刑したりしまくっていたのに最終的に勝利したのだから、別に将校と兵士との間の距離が遠いとか、そんなの問題でもなんでもないよね?(超意訳)」というのがありました(^_^;





スポンサーサイト



インパール戦洋書をちょっと読んだ感想(慰安婦、日本軍兵士の強さへの記述等)

 OCS『Burma II』のプレイに向けてインパール戦の洋書を2冊買って少し目を通したわけですが、読んでいて「へええ……」と思った感想をちょっと書いておこうと思います。






 まずは『Burma Victory』の方の、慰安婦に関する記述。

 この道路【ティディム道】上の位置に完全に停止したままでいたこの【第17インド歩兵師団の】兵士達はマニプル州【インパールを中心とするインドの州】の女性達を連れてきており、性病への罹患が重大な問題となっていた。日本軍の方はこの困難な問題により現実的な対処をしており、40人の兵士に一人の割合で朝鮮人「慰安婦(comfort girls)」施設を作っていた。この女性達は自由をあがなうこともできた(could earn their release)が、しばしば彼らの部隊への絆から留まった(stayed on loyally with their unit.)。
『Burma Victory』P25,6


 まず第17インド歩兵師団の方の話なんですが、この師団はティディムを中心とした道路上にいてそこから日本軍に対する小競り合い的作戦に従事して小さい勝利を積み重ねることによって経験と士気を上げてきていたのですが、その場所はインド国内ではなくビルマ国内にありました。ですから一応、短距離とはいえ国外に連れて行ったことにはなるのでしょう。


 ↓Googleマップで「マニプル州」と検索したもの。マニプル州の南にティディムがあります。黒い線がインド・ビルマ国境。

unit9773.jpg


 イギリス軍による慰安婦の件ですが、以前、フランス軍指揮官による娼館の設置にイギリス軍側が怒ってやめさせようとしたという話も読んだことがあった(→OCS『DAK-II』の「移動娼館」ユニットと、占領された後のシチリア島の慰安所 (2017/03/31) )のですが、『ダンケルク』を読んだ時には、フランスにやってきたイギリス大陸派遣軍兵士達はフランスの娼館(軍属でない普通のそういう所?)に行きまくっていたという記述が何度も出てきましたし、確か駐屯地のフランス人女性達が「フランスを守りにわざわざ来てくれている」ということで歓迎して相手をしてくれただとか、イギリス本土へ撤退する時にも「これが最後のチャンスだ」とばかりに娼館に行きまくったとか……ってな話が何度も大量に出てきまして、そこらへんブログに書こうかとも思ったのですが、あまりに大量だし、ミリタリー的な部分とは結構ずれる(軍の娼館の話ではないわけですし)かと思って見送ったのでした(^_^;





 あと、イタリア軍の北アフリカ戦における移動娼館の話は、「The OCS Depots」「DAK & DAK2」のページからリンクされている「The Bordello」というpdf(『Operations #27』の記事)で読めます。私は一応読んでみまして、これもブログに書こうかどうしようか悩んだのですが、まあ見送ったのでした(^_^;



 日本軍の方の話は、日本国内、あるいは日韓両国でかまびすしいところだと思いますが、私はそこらへんの関係書籍はほとんど読んだことがなく、ただちょっと前に『反日種族主義』だけは読みました。



 この本の後半はだいぶ詳しくいわゆる「従軍慰安婦」について書かれていまして、特にビルマ戦線における慰安所について触れられていました(詳細な記録が発見されていたため)。

 読んだ記憶では(記憶違いかもですが)、慰安所には日本人女性もいた(ただし朝鮮人女性が多かった)とあったような気がしますが、『Burma Victory』では明確に「Korean 'comfort girls'」となっていました。また、「慰安婦は性奴隷であった」説に与しない書き方になっていますが、そういえば韓国の挺対協も、今はもうそういう説は無理だと分かってきていて、別の論点でやろうとしているとあったような……。

 『反日種族主義』では、ある一人の女性(挺対協に協力することになった二人目の女性)に特に焦点をあてて記述される部分があるんですが、彼女がビルマ戦線の兵士達について「いい人達だった」と言って泣いていたという話が印象的でした(Kindle版で読んだのですが、線は引いてあるものの、確認や引用のために記述場所を探すのが普通の本に比べてやりにくいったらしょうがない! ので、あくまで記憶で……。やはり電子書籍は、読み捨てか、マンガ等でしかするべきではないですね(T_T))。



 それから、『IMPHAL 1944』の方ですが、この本には日本軍兵士の強さについて記述している部分がある程度あり、日本側のインパール作戦の本ではそういう記述は見ないものですから、印象深く思いました(P14~15)。

 ただ、引用しようと思って改めて見返してみると、スキル的な強さというよりは、武士道とか万歳突撃とか、補給や武器がなくても粘り強く戦うというような、いわゆる「ブラック企業(滅私奉公)」的な強さの話が主で、私も若い頃にはそういう話にポジティブな印象を抱いていたものですが、私自身年もとり、また昨今では日本的なそういう方向性が高度経済成長期には大いにプラスにはなったもののその後の低成長期(失われた20年)にはその方向性がむしろ日本経済の後進性をもたらしたのだ……という話を最近は良く読むようになったこともあり、どちらかというと暗澹たる気持ちになったりしました……(T_T)

 尤も、例えばソ連軍兵士の強さというのも上記と同じ様な側面が強かったと思われますし、1940年のフランス軍がなぜ負けたかというと戦う前から気持ちで負けていたからという話もありますし、イタリア軍兵士はそもそも戦う理由を持たずに侵略側になったために基本的にはやる気が無かったものの、条件さえ良ければ猛烈に戦ったということもあります。ですから戦争の強さということに関して言えば、日本軍兵士は(また、戦後日本の労働者は)悪くはなかった、だが、それを過信して無理強いだけさせる牟田口のような指揮官(今でも根性論だけで労働者を働かせる/根性論だけで生徒に勉強させる人達)が悪いのだ、ということは言えるでしょうか……。



 先日届いた『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』を読んでいますと、「負け戦の話が国全体を燃え上がらせるような『神話』となる例がままある(例えば、ギリシアにとってのテルモピュライや、アメリカにとってのアラモ砦など)。そしてその神話は、ある意味ステレオタイプな語られ方をしがちになる」というようなことが書いてありまして、日本にとってのインパール戦もその一種なのかな、と思いました。神話としてのインパール作戦ではステレオタイプとして、牟田口のあり方に焦点があてられなければならず、「日本軍側がどのように強かったのか」は語られてはならず、また「敵の指揮官がどのように有能であったのか」というような視点は閑却されているのかな、と。尤も、インパール戦に関する最新研究の動向とか全然知らないわけなので、上記のような見方は相当古かったり、あるいは全くの的外れかもしれません(^_^;


 『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』ですが、イタリア軍に関する見方や研究においてこれまでどんな風に視点が追加されてきたりしたかというような事が序章で書かれていまして、個人的に非常に興味深いです。また、ブログに書けるだけの状態になりましたら書きます。




インパール作戦関係書籍などをある程度読んでの感想

 OCS『Burma II』のプレイに向けて、インパール作戦関係の書籍などをある程度読んでの感想です。



 読んだ&読んでいる途中の資料に関しては↓こちら

OCS『Burma II』のプレイのため、インパール作戦の資料を集めました (2020/02/06)



 上記エントリに挙げた資料の他に、OSPREYの『Bill Slim』(イギリス軍側の司令官スリム将軍の伝記)と『IMPHAL 1944』を買ってちょこっと目を通したのと、






平成14年度戦争史研究国際フォーラム報告書

 ↑にあった、日英比較やビルマ戦関係のPDFを印刷して読みました。どれも読み応えがあってオススメなんですが、特に『軍レベルの指揮—ビルマにおけるスリム将軍と第14軍—』は多くの人に読んで欲しい&読まれるべきだと思いました(理由は後述)。



 さてさて、感想なんですが……。

 私はどうも「定説に疑義を唱える説」とか「今まであまり注目されてなかった点を指摘していく説」とかにすごく興味をひかれるたちのようで、NHKの番組なんかでもいわれる「インパール作戦はそもそも無理な作戦だった(のに……)」という定説に対して、『歴史群像 151号』の記事は「それよりも、それまで有効だった日本軍の包囲浸透作戦が、連合軍の補給の空中投下で無効になっていたという、有効戦術の急激な変化という面が大きいんだよ」というようなことを言っていて、「おおー! これが新しい見方なのかー!」とエキサイティングしていた面がありました。

 ところが、1968年改訂の『インパール』(高木 俊朗←Wikipediaに色々書かれてますね(^_^;)にも、空中投下によって日本軍の浸透戦術が有効でなくなってしまったことはびしばし書かれていて、「おおう、どうもそこまで興奮するような新しい見方というわけでもないのかぁ……」となりました(^_^;(もちろん、焦点をどこに当てるか、という面では非常に価値があるとも思います)



 あと、↓
 に書いてた(返信も参照)んですが、「日本側の定説の見方が偏っている可能性」についても非常に興味がありました。


 例えば、日本軍の第33師団が、初戦(3月17日?)で連合軍の補給集積所の占領に成功し、そこには師団を2ヵ月間まかなえるだけの補給物資があった……という話があります。この話を私は『歴史群像』の記事で初めて見たんですが、「えっ、それなら少なくとも第33師団の補給は楽勝になるよなぁ……」と思いましたし、ツイッターに書いていた「3番目の書評」でもこの件が挙げられていて、「インパール作戦は勝てたのに」という様々な理由の内の1つに使われていました。

 ところが、『Burma Victory』を読んでいると、この補給集積所は3月26日に連合軍側が取り返しており、多くの補給物資が無事であった、とあるのです(P29)。だとすれば、少なくとも「3番目の書評(とその典拠)」は「不都合な真実」をあえてスルーしていることによって自説を有利に導こうとしているという批判を免れないでしょう。

 一方、前掲の『インパール』(高木 俊朗)は、日本軍側が補給集積所を一度は取ったことに関して何も触れていませんでした。まあこの本は、第33師団の最初の進撃に関してはさらっと流してその後の苦闘を延々と描いている感じですし、「筆者はその事実を知ってはいたけど、取り返されてしまって補給物資はほとんど手に入っていないので、書く必要性はないと考えた」ということはあるかもです。

 ただ、(入手した)英語側の書籍は、インパール戦の戦闘の経過について初戦から最後までまんべんなく触れられている感じなのに、日本側の書籍(『歴史群像』の記事やpdfではない)は「インパール戦へ向けての経緯」と「日本軍の進撃がストップしてからの苦闘」にものすごーーーーく重点があって、最初の進撃の部分の戦闘の経緯なんかは全然どうでもいいという傾向を強く感じます。もしかすると日本側の書籍は、「インパール作戦は無謀だった」ということを前提とし、描きたいがために、日本軍の進撃局面について描くことに興味がなさ過ぎるのかも?



 欧米人側がインパール作戦の成功の見込みについてどう考えていたかにも非常に興味があったのですが、pdf資料では、「この作戦を肯定的に評価している者は日英見渡してもほとんどいない(注3:例外として【……】牟田口を評価する手紙を書いた元英14軍参謀のパーカー中佐がいる)。」とありました(P145)。

 一方、入門者向けの概説書であろう『IMPHAL 1944』には、「1944年にインドへの攻撃をおこなうという彼【牟田口】の計画は、成功する可能性がかなりあった。」(P11)と書かれていました。

 ただ、『歴史群像』の記事やpdf資料を読んだ感じとして私なりに思うのは、「インパール作戦でコヒマとインパールを占領できた可能性はあるだろう。コヒマの先のディマプールへももしかしたら行けたかもしれない。しかし、それらを占領したところで、連合軍側が大打撃を受けることにはならなかったのではなかろうか(ここらへん、より資料が欲しいところです)。チャーチルとイギリスにとってヨーロッパ戦線が致命的に重要で、ビルマ戦線はあえてわざとごく少ない戦力しか置かれておらず、そのことのリスクはまったくの織り込み済みだった。どのみち国力的・長期的に日本には勝ちの目はまったくない(のに、「なんで戦争しかけてきたの? 謎だ」というのが欧米指導者にとっての共通認識だった)のであり、インパール作戦をやってもやらなくても最終的には日本が負けるという結果は変わらなかった。」という感じなのですが、まあそもそも宣戦布告した時点で「日本の」負けは確定していた(ドイツは勝って戦争を終わらせられる可能性がゼロではなかった)ということを言い始めたらどうしようもない……? ただ、インパール作戦自体に成功すれば、日本側全体の士気は上がる、という効能(それを日本軍上層部は期待していたらしい)は確かにあったかもですね。



 それから、インパール作戦におけるイギリス連邦軍側の司令官であるスリム中将が、私は名前すら知らなかったのですが、関係記述を読んでみればものすごい人物でもう惚れると言いますか、兵士達との信頼関係の醸成とか、本当にもうものすごく尊敬せざるを得ない! スリム将軍について前述の『軍レベルの指揮—ビルマにおけるスリム将軍と第14軍—』のpdfにかなり詳しく書かれているので、ぜひ多くの人に読んで欲しいです。

TNA INF3-5 General William Slim 1939-1946

 ↑スリム将軍(Wikipediaから)


 モントゴメリーよりも明らかに有能で、第二次世界大戦における最も優秀なイギリス軍の将軍であると目されているそうです。牟田口司令官とは違って部下達との関係も良好、緊密であり(ただし、ウィンゲート将軍に対してスリム将軍は批判的だった)もしビルマ戦線の司令官がスリム将軍でなければ、もっともっと日本軍側は楽ができたでしょうに……(最終的には勝てないとしても)。

 もちろん、スリム将軍側にもインパール戦においてミスはあったのであり、1つは戦場の広さ的に「訓令戦術」を取り入れており、そのため第17インド師団の撤退時期について判断を任せていた部下の第4軍団長スクーンズが見誤ってしまったこと(ただしスクーンズ将軍は冷静、穏やかで、混乱したインパール周辺の戦闘で力量を発揮した)、それからもう1つはコヒマへ向かう日本軍の規模が1個旅団程度だと見積もっていた(実際には1個師団まるごとがコヒマへ向かった)ことだそうです。


 日本では牟田口中将への悪口ばかりが取り上げられて、スリム中将は名前がちらっと出てくる程度に過ぎないようなのですが、「牟田口中将とスリム中将との比較論」でもってビルマ戦線を語るとか、冒険的で変人であったことにかけてはもしかしたら牟田口中将以上であったかもしれないウィンゲート少将も交えての比較論とか、同じく「賭け」であったモントゴメリーのマーケットガーデン作戦との比較論とか、そういう視点での書籍なり記事なりがあったらいいと思うのですが、ないですかね……?

 実際の所、牟田口中将のブラックぶりとスリム中将のホワイトぶりは、いまだに日本で跋扈するブラック企業(体育系体質企業)論にも繋がるのではないかと思ったり……(といっても、Amazonなんかものすごいブラック企業らしいので、完全に日本文化論にしようとするのはちょっと違う? リーダーにおけるサイコパス論とかも交えるべきか……)。



 他にも色々考えるところはあったのですが、まあまた書けるほどのネタになったらその時に。とりあえず、やはり洋書は読むのに時間がかかってしまう(和書はぱっと読めてしまうのに)ので、そちらを読んでいく努力を継続したいと思います。


OCS『Burma II』のプレイのため、インパール作戦の資料を集めました

 OCS『Burma II』をプレイしていくということで、インパール作戦の資料を集めてました(といっても、新たに買ったのは洋書1冊だけ)。


 ↓集めた資料

unit9797.jpg

 右上のものはGameJournal誌16号のヒストリカルノート。特に人物紹介が面白くて秀逸です。

 『歴史群像』は手持ちでは2回特集されていて(67号と151号)、どちらの記事も素晴らしいですが、特に新しい方(左)の記事は、戦争中における有効な戦術の急速な変化(日本軍の包囲浸透戦術の有効性が、イギリス軍の空中補給作戦への努力によって無効化されてしまったこと)に焦点が当てられていて、圧巻です。

 右下の『インパール』『インパール作戦』の2冊は、だいぶ昔に買っていたものですが、まだ全然読んでいませんでした。『インパール作戦』の方が概説的、入門的な感じなのでそちらを先に読もうと思います。『インパール』の方は第33歩兵師団のみを扱った本で(『Burma II』の練習シナリオと同じテーマです)、『抗命』『全滅』『憤死』との四部作は最も有名なインパール作戦関係の書物?



 左下の洋書は、『歴史群像』151号の方でお奨めされていたのを買いました。

unit9796.jpg

 というのは、日本人には日本軍側の話はある意味いくらでも読めるわけですが、連合軍側からの視点が中心の本もぜひ欲しかったので。オスプレイのインパール作戦本も検討したのですが、そちらはより概説的でしょうから。

 「なか見!検索」で「はじめに(introduction)」の最初の段落だけ読んだのですが、そこの文章だけでもう惚れて購入を決意しました(若い人に読んで欲しいとか、インド師団への敬意とか)。


 ただ、届いた本をパラパラ見てみてびっくり。地図も写真も図も全くなく、字だけの本で、ミリタリー洋書でそういうのは私初めてかも……。


 ↓最初の2冊は見つけられなかったのですが、それ以外の資料





 と、実はまだ『Burma II』のルールブックを読んでいません(^_^; できれば明日、練習シナリオをセットアップして、着手していきたいと思っています。


『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』を注文しました

 またぞろ、Amazonの「本のおすすめ商品」を見ていましたところ……(この機能、自分の閲覧履歴や注文履歴を元におすすめ商品を表示してくるのだと思いますが、少なくともことミリタリー系の洋書に関しては、「えっ」と思うような自分にとって読みたい、新しく出版された本を表示してくる確率がかなりあると思います。それ以外のカテゴリでそういう風になったことないですけど:p)。

 『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』という本が表示されており、イタリア軍、特に東部戦線のイタリア軍に興味のある私は「おっ?」と、当然クリックしてみますと……。




 とりあえずまず値段が! ハードカバー版が10,662円で、Kindle版でも9,031円。なかなか見ないような値段です。しかし、出版は2019/9/20と最新

 内容紹介を読んでみたところ、研究が少なかった東部戦線のイタリア軍に関して、伊独露の資料を用いて広範に深く、今までの見解に修正を加えた……とかなんとか。「うーん、いいじゃないか」

 裏表紙の「推薦の辞」?みたいなのが読めるので見たところ、まあ絶賛してあるわけですが、その辞を書いた人の名前が「David Stahel」って……。スモレンスク戦の時点で独ソ戦はすでに挫折していたというテーゼを打ち出した本(学位論文?)を書いたストーエル?

 大木毅さんの「隠されたターニング・ポイント スモレンスク戦再評価」という記事(『ドイツ軍事史――その虚像と実像』に収録されていると思いますが、私は同人版で所有)では「ジョン・ストーエル」とあるのですが、一時期フンボルト大学に行ってたとか、ケンブリッジ大学出版局から出版された『バルバロッサ作戦と東方におけるドイツの敗北』という書名などは一致するので、同一人物なのでしょう。




 「うーん、なんかすごいな……」と思いつつ「なか見!検索」を見ていったところ、目次の時点で……


unit9800.jpg

 特に2、8、9、10章に分析的な記事があるようなのを見て、「はい、購入確定!」(^_^;

 実際のところ、これが2万円や3万円でも買わざるを得なかったと思われ……。


 実は『Sacrifice on the Steppe: The Italian Alpine Corps in the Stalingrad Campaign, 1942-1943』(イタリア軍やアルピーニ軍団を過度に肯定している可能性がある)をある程度読んだら、その客観性を次はドイツ語で書かれた東部戦線のイタリア軍に関する本である『Die Italiener an Der Ostfront 1942/43: Dokumente Zu Mussolinis Krieg Gegen Die Sowjetunion』を買って、ネット翻訳でなんとか読んでいかざるを得ないか……とも思っていたのですが、これなら『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』さえあれば、そこらへんの問題は解決する?

 『Die Italiener an Der Ostfront 1942/43: Dokumente Zu Mussolinis Krieg Gegen Die Sowjetunion』に関しては↓こちら。

東部戦線でのイタリア軍兵士のソ連市民への残虐行為はあったか? (2017/10/31)



 『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』なんですが、でっかい本だったりするのだろうかとも思ったのですが、サイズが書いてあったので見てみると、いやいや、普通のサイズです。とすると、チャンドラーの『ナポレオン戦争』の和訳本(原典は1冊本で、数千円で買えるのに、和訳本は5分冊で1冊10,000円)みたいに、「数が売れることが見込めないから1冊の値段を無茶苦茶高くするしかないのよ」というやつなのでしょうか。でもまあ、自分にとってクリティカルなものには、どれだけでもお金を出していくという方向性で。そうすればこそ、その分野で採算が取れ(るのに近づき)、活性化するわけですから。


 先日出版された『戦争は女の顔をしていない』のコミックス版もそうで、コミックスがどれだけ売れるかに今後連載を続けられるかがかかっているということで、私はAmazonで先行予約で4冊注文しました!(そして甥っ子や知り合いに配る)



 昨日届いて読み返していた(ウェブ上ですでに読んでいるので)のですが、また滂沱しながら読んでました。


 皆さんも、『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』は買わなくても読まなくてもいいので、コミックス版『戦争は女の顔をしていない』は買うか、そうでなくてもウェブ版でぜひ読んで下さい!(^_^;





今までの訪問者数(2011/9/17以降)
プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

Twitter
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
オススメ本
バナーで応援コーナー
ぜひ見て頂きたいページへのリンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR