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フィギュアでWW2の1/8スケール銃器6種を入手+1/6のMG42

 先日、第二次世界大戦の銃器を持ったキャラクターの中古フィギュアを買った話を書いてました(→ドイツ軍のMG34機関銃やMG42機関銃のためにフィギュアを買う……ということにするバキッ!!☆/(x_x) (2018/08/30))が、その後たまたま以前インストールだけしていたメルカリアプリを開いてみたところ、「1000円引きクーポン」が利用できるということが分かり、「えっ。それなら……」と同様の中古フィギュアを探してみて、1体ほど相場よりも少し安く手に入れることができました。

 で、その後もまた「1000円引きクーポン」が来たりで、うんうん悩んで、Amazonなども利用して最終的にそのフィギュアの種類でもって揃えられるほぼすべてのヨーロッパの銃器の種類をフィギュアを入手して揃えてしまいました(^_^;(フリーガーハマーというのもあったのですが、これは実戦ではほぼ使われなかったらしいので、まあいいかな、とパスしました)


 最終的に揃えた銃器の種類は以下のようになります。

ドイツ軍のMG34
……アルター ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ レビュー : 複合材な日々

ドイツ軍のMG42
……[フィギュア撮影レビュー] アルター ストライクウィッチーズ2 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ

イギリス軍のボーイズ対戦車ライフル
……アルター リネット・ビショップ レビュー : 複合材な日々

イギリス軍のブレン軽機関銃MKⅠ
……アルター ペリーヌ・クロステルマン レビュー : 複合材な日々

アメリカ軍のBAR
……[フィギュア撮影レビュー] アルター ストライクウィッチーズ シャーロット・E・イェーガー

アメリカ軍のM1919A6
……アルター フランチェスカ・ルッキーニ レビュー : 複合材な日々


 これらのフィギュアが店頭で(定価で)売られ始めた頃にも私は手に取ってじーっと見てはいたんですが、単純に顔だけを見て「アニメの顔とちょっと違うよね」と思って「買うのはないなぁ」と思っていました。

 しかし今になって分かってきたのが、このストライクウィッチーズのフィギュアを作っていた会社の中でもアルターという会社のものは、それぞれのキャラが持っている武器の精巧さ、かっこよさ、汚しの素晴らしさ、それに戦闘機(ストライカーユニット)部分の塗りがしっとり落ち着いていて第二次世界大戦らしさを感じられること、マークの緻密さ、回転しているプロペラも非常にいい感じだし、こだわりがすごくて、それらを見ているだけでも癒やされます(^_^;

 もちろんフィギュア本体も良く良く知ってみれば、衣服や肌などもすごいと思いました。

 他にいくらかあるストライクウィッチーズのフィギュアを作っていた会社のものと比べて、アルターのものは私の個人的な嗜好に非常に合うのだなぁということが分かってきた次第です。アルターのストライクウィッチーズのフィギュアは他にも数種類あるのですが、しかし銃器の種類的にかぶる(あるいは日本の銃器になる)ので、とりあえずこれ以上はいいかな……と思っています。



 あと、メルカリの「1000円引きクーポン」は、最終的に1/6のMG42を見つけてそれを購入してみました。ストライクウィッチーズのMG42は史実にはなかったサドルマガジンが付いているので、それなしのものが欲しいというのがありましたので。


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 右端の見切れてしまっているのは、予備銃身でした。その左が予備銃身のキャリングケースのようです(ぴったり入ります)。

 本体や銃弾はプラスチック製なのですが、予備銃身は金属製であるように感じます。排莢された後の空薬莢も金属製っぽいです。あと、ベルトは革製?




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 MG42はWikipediaによると「銃身はMG34のものより軽く摩耗も早かったが、銃身カバー右後端のハッチを開くだけで簡単に銃身を抜くことができ、数秒で交換することができた。戦闘時には脇に予備銃身をおき、時々交換して冷却しながら使用した。」なのですが、それが再現できるようになっていました! すげぇ。元々中に入っていた銃身はプラスチック製っぽく、それを抜いて、金属製っぽい予備銃身ももちろん本体に収めることができました。




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 サドルマガジンを付けてみたところ。



 自分は1/144の戦車や戦闘機、それにこれらフィギュアの銃器や軍服や、あるいはウォーゲームのユニット(特にOCS)とかにかっこよさを感じて(なぜか)癒やされるのだと思います。せっかく手に入れたものなので、折に触れて眺めて癒やされようと思っております(^_^;


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OCS『Smolensk』シナリオ7をプレイしました

 ミドルアース大阪でOCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』のシナリオ7をプレイしました。

 たまたま座った位置で、ワニミさんがドイツ軍、こかどさんがソ連軍の南半分、私がソ連軍の北半分を担当しました。


 ↓セットアップ。

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 シナリオ7は1941年8月26日から始まって5ターンで終了します(キャンペーンもその9月8日ターンで終了です)。すでに両軍の大部分がキエフやヴェルキエ・ルーキ方面に引き抜かれており、シナリオの第3ターンにソ連軍が14個もの戦車旅団の増援を得て、勝利得点ヘクスを1個(史実ではイェルニャ)を奪取できるかどうかが焦点です。

 勝利条件的には、ソ連軍は勝利得点ヘクスを1個奪取して第5ターンを終われば勝利、ドイツ軍は奪われずに終われば勝利です。あるいは、ソ連軍は勝利得点ヘクスを3つ、ドイツ軍は2つを奪取してターンを終了したら、その時点でサドンデス勝利となります。




 ↓第1ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 まあお試しプレイではあるので、状況を色々確認しつつも、適当に攻勢的に動きました。……が、後で気付きましたがこかどさんと私の戦区境界に見事にスキマができてしまっており、当然そこをワニミさんに突かれることになってしまいました(^_^;




 ↓第2ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 第1ターン後攻終了時の写真は撮り忘れてしまっていたようですorz

 ドイツ軍のダブルターンが実現したら「即終了」的なまずさだったのですが、2回に渡ってダブルターンを阻止し、なんとかドイツ軍装甲部隊を砲撃でDGにし続けます。が、3回目はダブルターンを取られ……。


 
 ↓第4ターン先攻(ドイツ軍)終了時。

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 結構な部隊数が半包囲を食らった上、勝利得点ヘクスを1個失ってしまい、またイェルニャへの戦車旅団の増援路も押さえられてしまいました(>_<)


 時間切れでここまででしたが、このシナリオ7は2日あれば必ず終了させることができ、慣れればゲーム会1日でもプレイは可能でしょう。

 OCSシナリオの1回目のプレイは常に失敗だらけなのですが、ソ連軍としては「全力で攻めに行きたくなる」ところですが、それで隙を作ってしまうと(OCSは攻勢を取ろうという瞬間が一番隙が大きくなると思います……)却ってドイツ軍につけこまれてしまうので、予備マーカー(6個)を全部使うことを意識して、攻めが3分で守りが7分くらいの気持ちで少なくとも3ターンまではプレイすべきではないかと思いました。

 あと、ソ連軍はドイツ軍よりは補給事情は(平均的に)良いとはいえ、今回は窮地において航空爆撃が全然当たらず、結局砲撃によってドイツ軍装甲部隊をDGにせざるを得ず、それでSPを使いまくってしまって第4ターンにはマップ上にSPがほとんどない状態で、そんな状況では最後の攻勢もできようもないので、補給管理はきちんと財布の紐を締めた方が良さそうです。


 今回のプレイもだいぶ面白く、終了してすぐに再対戦がしたくなりました(^_^;


『歴史群像』151号に個人的に好みな記事が多かったです

 『歴史群像』の最新号を買ってきて読みました。




 『歴史群像』は佐藤俊之さんの「ナポレオン戦争」という素晴らしい連載が続いていて、買わないという選択肢がないのですが、今号は特に個人的に好みな感じの記事が多かったです。


 まず思ったのが、巻末連載マンガの「翼を持つ魔女」(ソ連空軍の女性パイロットリディア・リトヴァクを主人公にしたマンガ)に今回は作者の説明書きが結構多くあって、それらが「正確な時期は分からないがこれこれの資料の材料から、だいたいこれくらいの時期ではないだろうか」とか「この資料が良さそうで参考にする。一方、この資料は人気は高いが信頼性は低い」とかってなことが書かれていたことで、こういう話が(なぜか)私は大好きなので好感度が更に上昇しました(→『歴史群像』連載「翼をもつ魔女」既刊をコンプリート (2018/03/21) )。


 また、有坂純さんの「マケドニア密集軍の誕生」という記事も、いわゆるファランクスに関して一般に知られているイメージが脆弱な根拠しかないということから始まって、こういう説明とかこういう説もあるけどこうか、いやこうか……というような、様々な説を色々比較するものになっていて、好みでした。


 圧巻は古峰文三さんの「再検証 インパール作戦」で、インパール作戦に関する「牟田口がバカだった(あるいは旧日本陸軍という組織が駄目だった)ことがすべての原因」というような、人口に膾炙している見方は再検証が必要で、実はイギリス軍側の特にインパールやコヒマの防衛戦力は一時期本当にほとんどない状態で、イギリス軍側にとってもギリギリだったのであり、日本軍に「まったく勝機が無かったとも言い切れない」(P49)という見方が提示されていたことでした。

 同記事では「インパール作戦の挫折の最大要因は【日本軍の】補給【の問題】ではなく敵の戦術変容にある。」(P48)としていて、具体的に「敵の戦術変容」とは何かというと、「空中補給(輸送機による補給の投下や輸送)」をイギリス軍がし始めたことによる、と。

 それ以前にはビルマ戦線において、イギリス軍が攻勢をすると日本軍の軽装部隊が疾駆イギリス軍の補給源を突いてイギリス軍が敗北する、というのがパターンだった。ところが、イギリス軍が空中補給という方法をやり出し、インパール作戦において孤立したイギリス軍部隊(インド師団とか)に空中補給するから抵抗がやまない。で、空中補給がなかったらもっと早く日本軍はインパールやコヒマに進出できていたと思われ、だとすればイギリス軍は防御戦力がなかったし、日本軍の補給事情もそれによってもっとマシになっていたと思われる、と。


 この「空中補給が始まった」の話は、実はまさに我々がOCSのプレイにおいて体験した話でもあったりします。尼崎会でワニミさんとOCSをひたすらプレイしているわけですが、結構プレイを積み重ねていたある時、ワニミさんがOCSのルール上包囲されてしまった部隊への空中補給が可能だという事に気付かれ、「そうか……!」というわけでその後は「空中補給する」という選択肢が尼崎会には追加されました(それまではそのような選択肢が存在すること自体分かってませんでした)。

 そうすると、防御側の抵抗拠点が落ちなくなるのです。もちろん、それに対抗する方法もいくつかはあるわけですが……。

 同記事ではこのように書かれています。

 【日本の】第15軍は補給の欠如によって負けたのではなく、連合軍の空中補給によってビルマ戦線の戦いの様相が一変し、イギリス軍部隊が包囲されても敗走せず粘り強く戦うようになったことで、一年前のような軽装部隊による迅速な包囲撃滅が見込めなくなった結果、敗北したのである。……戦術の変容がそれまでの常勝パターンを無効にする事例は、第二次世界大戦中にいくつか存在するものの、昭和19年のビルマ戦線で出現した変化は急激かつ鮮やかなものだった。
『歴史群像』151号P47



 同記事ではイギリス軍の輸送機の数がギリギリだったことが書かれていますが、OCSをプレイしていても輸送機がギリギリというか、「輸送機がもっと多ければなぁ!」と思うことが昨今非常に多いです(以前だったら「もっと爆撃機をくれよ!」とか思っていたのでしょうが(^_^;)。

 また、当時の日本軍は敵の輸送機に対する明確な指針を持っておらず、それよりももう少しで落とせそうなインパールに対する爆撃任務の方に重点を置くようにした結果、ますますイギリス軍の輸送機は安全に空中補給できるようになって被包囲拠点が消滅せずに日本軍を苦しめるようになった……というようなことも書かれていました。

 OCSであれば、敵の輸送機がいそう(スタックの一番上には置かれてないでしょうから)な航空基地に自軍の戦闘機を航空制圧に向かわせて撃破、あるいは非活動状態にするとか、空中補給されてしまいそうな敵部隊の10ヘクス以内に自軍の航空基地を確保してそこに戦闘機を置いて敵の空中補給に対して迎撃させるとかってことになるでしょう(尤もそれに対して敵は、戦闘機・戦闘機・輸送機・輸送機とかの4ユニットで空中補給を試み、迎撃側が空戦の途中で敗北するのを期待することになります)。


 尼崎会では、ワニミさんが「日本人兵士がバタバタ倒れていく情景に耐えられない」ということからOCS『BURMA(II)』のプレイは御法度となっているのですが(私もテレビゲームで、自分がアメリカ兵になって日本人兵士を倒していくというやつは「とてもプレイできない」と思いました)、OCS『BURMA(II)』はコマンドマガジンVol.94の紹介記事(P19)で「現在においてインパール作戦のベストと言っても良いかもしれない。」「ハードルはやや高いものの(それでも十分プレイは可能)、『Burma』の完成度が高いと言えるだろうか。」と(断定的ではないもの(^_^;)書かれているので、今回の同記事を読んでぜひプレイされてみてはどうでしょうか。


 あと、今号の読者の声のページには前号の付録ボードゲームの感想が多数収められていて、初めてウォーゲームに触れてみて面白かったというのも多かったのに非常に嬉しくなりました。ボードウォーゲームが若い人にも再度広がっていくといいなぁと思います。


 『歴史群像』について1つ思うのは、昔の記事にはやはりその戦いについて良く知らない人向けの入門的な記事が多かったと思うのですが、今号のような「色んな説がある」「色んな傾向性の資料がある」ことを前提にした、資料の取捨選択だとか、今までの見方を覆すような説の記事とか、そういう記事が増えてきている……とかってことはあるのでしょうか? ちょっと前(145号)の関ヶ原の戦いの新説の記事は衝撃的でしたが。

 個人的にはそういう記事が好みなので、そういう記事が多くなってもらえると嬉しいなぁと思います。

OSPREYの「RAID」シリーズ:リトルサターン作戦ものを買いました

 ぼーっと試しに「operation little saturn」で検索していて、リトルサターン作戦の中のソ連軍のタチンスカヤ襲撃に関するサイトを見つけました。

Twenty-Fourth Tank Corps of 1st Guards Army in the Tatsinskaya Raid, December 1942

 とりあえず地図がすごく良くて、印刷してみていたのですが、その下にある表紙のようなものは本なのか……っと、その下のリンクをクリックしてみたら、やはり本で、なんとOSPREYの本でした。OSPREYとは思えない表紙でしたが(^_^;





 Amazonの書評を(Google翻訳で)見てみると評価が総じて高く、ペーパーバック版を購入してみました(ウェブサイトの地図を印刷してしまいましたが、これは本の中に入っているものだと思われ……(^_^;)。


 これはOSPREYの「RAID(襲撃)」シリーズというものの一作らしく、試しにAmzonで「osprey raid」で検索してみると、いっぱい出てきました。最初にあったのが赤穂浪士の吉良邸襲撃ものだったのにはびっくりしました(^_^;

 様々な時代、地域の「襲撃」が取り上げられていましたが、私が他に買うとしたら↓とかでしょうか。とりあえず買わないでおきますが……。




 皆さんも一度ぜひ検索してみて下さい。


 というか、洋書を買うものの読む速度が追い付かないです(T_T) ってか、最近はミリタリーに関係ない和書も結構買っていて、それも消化速度が追い付いてません(>_<)

 しかし、ここ2年くらいかけて北アフリカ戦ものは手持ちの和書、洋書両方を総ざらえでチェックして興味のある人物像や部隊評価などの資料を集積してまして、ちょっともうこれ以上は北アフリカ戦の洋書は買わないことに決め、あと手持ちでまだチェックしてないのはチュニジア戦をメインで扱っている『The Campaign for North Africa』だけになってます(→エスイグ氏推薦のチュニジア戦の本を入手しました (2018/04/17))。

 『The Campaign for North Africa』をチェックして、集積した北アフリカ戦の情報をブログに出しながら、次はぜひ最も興味のあるリトルサターン作戦周辺の洋書に目を通して、情報を集積していきたいと思っています。

OCSユニットで見るユダヤ人を大量虐殺したフェーゲラインのSS騎兵部隊

 『ブラッドランド(上)』を読んでましたら(→最近買った本『ブラッドランド』『枢軸の絆』『世界史を動かした脳の病気』など (2018/05/30) )、P311に「親衛騎兵旅団がユダヤ人の処刑をおこなっていた」というような記述があって、OCS上でそこらへんのユニットがあったりするのか気になって見てみました。

 このSS騎兵旅団によるユダヤ人処刑にはヘルマン・フェーゲラインというSS将校がかかわっていたらしく、その関係での記述や部隊名がいくらか見つかるのですが、OCSの方ではそれらSS騎兵部隊のユニットが入っている『Guderian's Blitzkrieg II』『Case Blue』の扱う期間が1941年10月~1943年5月という縛りがあります(それより前の時期を扱う『Smolensk:Barbarossa Derailed』にはSS騎兵部隊は入ってません)。ので、時系列を優先させて記述し、ユニットが登場するようになったらそれも含めて書いていこうと思います。


 まずヘルマン・フェーゲラインに関してなんですが、父親の関係で乗馬とナチ党に関係が深く、高い乗馬技術でベルリンオリンピックに貢献し、「特にヒムラーには気にいられていたが、周囲から出世欲が強く、自分のことしか考えていないと陰口を叩かれるようになっていた。親衛隊騎馬隊には貴族階級の者が多かったが、フェーゲラインはいわば「成り上がり」だったための陰口ともいえる。」だそうです(日本版Wikipedia「ヘルマン・フェーゲライン」から)。


Bundesarchiv Bild 101III-Bueschel-056-21A, Russland, Hermann Fegelein

 ↑ヘルマン・フェーゲライン(Wikipediaから)


 以下、主に記述が一番詳しかった英語版Wikipedia「Hermann Fegelein」、それと『ブラッドライン(上)』『武装SS全史Ⅰ&Ⅱ』『Axis Cavalry in World War II』を参照して記述します(色々資料を見てると、日本版Wikipediaの記述は部隊名や時期に関してちょこちょこ誤っているような気がします)。

 まずポーランド戦後の1939年12月7日にフェーゲライン指揮のSSトーテンコップフ騎兵連隊は、カンピノスの森で1,700人の大量虐殺をおこなっています。
 1941年2月21日にSSトーテンコップフ騎兵連隊は第1SS騎兵連隊に改称されましたが、3月21日に2つに分割されて第1、および第2SS騎兵連隊と呼ばれることになりました。

 で、この第1と第2SS騎兵連隊は7月31日に合わせて「SS騎兵旅団」と呼ばれることになったようなんですが、『GBII』には恐らくこれが第1と第2SS騎兵連隊の形で登場します(OCS上では1942年4月5日に撤収し、同12日に拡張されたSS騎兵師団となって再登場します)。

unit00315.jpg

 ↑上段が戦闘モード、下段が移動モードです。


 
 ↓は『ブラッドランド』から。

 女性と子供の殺害には心理的な抵抗があるものだ。ヒムラーはこれを必ず取りのぞくよう取り計らった。特別行動部隊がおおむねユダヤ人男性だけを殺していたころでさえ、ヒムラーは親衛隊の軍事組織である武装親衛隊の部隊を送って、女性と子供もふくめてコミュニティの住民全員を殺害させていた。1941年7月17日、ヒトラーは占領地域の「鎮圧」をヒムラーに命じた。2日後、ヒムラーはウクライナとベラルーシのあいだにある湿地帯、ポリーシャ親衛隊騎兵旅団を派遣し、ユダヤ人の男性を撃ち殺して女性を沼へ追いこむよう直接命令を下した。彼はゲリラ戦にでものぞむような言葉で指示を出した。
『ブラッドランド(上)』P311


 ここで「親衛隊騎兵旅団」と書かれていて、この時にはまだ旅団ではないはずなんですが、この後旅団になってる8月1日の時にも「騎兵旅団」という記述が出てくるため、そこらへん分かりやすくしたのではないかと推測します。

 で、このSS騎兵が派遣された7月19日にはその指揮官としてエーリヒ・フォン・デム・バッハ=ツェレウスキーという人が任命されたらしいのですが、英語版Wikipediaによると8月5日にはこのSS騎兵旅団の指揮官としてフェーゲラインが任命されたそうです。

 とすると、↓の8月1日の発言はツェレウスキーの発言であるということになりそうですが、そうでなくてフェーゲラインの発言である可能性もあるような気もします。

 だが8月1日には、騎兵旅団の指揮官がこう明言するようになっていた。「ユダヤ人の男はひとり残らず抹殺せよ。村の家族もひとつ残らず消し去るのだ」と。武装親衛隊はすぐにヒムラーの意図を理解し、彼のメッセージを広める手助けをした。8月13日までにユダヤ人の男性、女性、子供、合わせて1万3788人が殺害された。
『ブラッドランド(上)』P311



 ホロコーストでユダヤ人コミュニティ全体を掃討し始めたのは、このフェーゲラインの部隊が初めてだったそうです。また、ある歴史家はこの時に実際に殺されたユダヤ人の数は23,700名に近いと推定しているとか……。


 ユダヤ人を殺害する理由については、『ブラッドランド(上)』の次のような記述が「なるほどなぁ……」と思いました。

 ……時がたつにつれ、このような軍の将校たちさえ、たいていがユダヤ人の殺害は必要だと思うようになった。その理由は、ヒムラーとヒトラーが信じていたように、1941年の夏でもまだ戦争に勝つ見込みがあったからではない。あっけなく負けてしまいそうだったからだ。
『ブラッドランド(上)』P323

 大量殺人は勝利の象徴ではなく、勝利に代わるものだったのだ。1941年7月末ごろからは、電撃勝利が構想だけに終わり、実現できなかったためにユダヤ人が殺された。同じ年の12月からは、反独同盟が力を増したのを受け、ユダヤ人はユダヤ人であるからという理由で殺害されることになった。ヒトラーはさらに激しい感情をさがし出し、いっそう暴力的な目標を公言した。ドイツが窮地に陥ったことを承知していた指導部は、それを受け入れた。
『ブラッドランド(上)』P335

 いかなる勝利をおさめることも不可能となったこのとき、ドイツ人はユダヤ人の殺害こそが勝利であると考えたのだ。イギリス、アメリカ、ソ連はドイツの敵であり、ユダヤ人もドイツの敵である、だからこれら三つの国はユダヤ人の影響下にある、という誤った論法がまかり通っていた。……ユダヤ人を殺害することは、敵国に対する直接的・間接的な攻撃となる。倫理的・軍事的論理に照らし合わせてみても、正当な行為と言える。……このころには、パルチザン攻撃に対する報復としてユダヤ人を殺害するというロジックが生まれていた。ベラルーシとウクライナのあいだにあるポリーシャ【プリピャチ】湿地帯では、ヒムラーがこれを理由に1941年7月から、ユダヤ人の男女、子供を殺しはじめていた。……英米ソ同盟への報復としてユダヤ人が殺されることになった。だがユダヤ人も、同盟を結んだ三国も、そんなことは理解できなかっただろう。ヒトラーが将来使おうと決めたばかりのこの理屈は、ナチスの世界観の中でしか通用しなかったのだ。
『ブラッドランド(上)』P337


 一つ思うのは、『Barbarossa Derailed』等で言われていたように、バルバロッサ作戦は7月末の時点ですでに挫折してしまっていることが指導部においては明らかだったのかということ。

 もう一つは、最近どこかで「独裁政治がなぜ良くないかというと、独裁者の誤った思い込みを止めるものが何もないからだ」という文を読んだような気がするんですが、ホントにそうだな、と。人間は思い込みをするものだと思うんですが。



 さて、フェーゲライン指揮のSS騎兵部隊は、その後ルジェフで活躍したそうです。

 その後、【SS騎兵】旅団はホルム方面で対パルチザン戦に従事していたが、翌42年1月22日、氷点下45度の酷寒の中で、歩兵3個師団とともにルジェフ西方からの反撃作戦に参加し、突破してきたソ連軍を逆包囲することに成功した。
 この戦功によりフェーゲライン旅団長は、3月2日付で騎士十字章を授与されたが、重火器を装備していない旅団の損害は甚大で、4月には前線から引き揚げられた。
『武装SS全史Ⅰ』P178



 1942年12月1日にフェーゲラインは前線に戻り、ドン川屈曲部で「フェーゲライン」戦闘団の指揮権を与えられたそうで、そのユニットが『Case Blue』に入っており、セットアップや増援到着表的には緊急増援の中に入れられていました(ちなみにその前作である『Enemy at the Gates』にはユニットが入っていませんでした。『Case Blue』で結構ユニットが追加された感がありますから)。

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 42年12月1日といえばウラヌス作戦(11/19~23)が終わった後で、冬の嵐作戦(12/12~23)が始まる前という時期です。

 試しに『Endgame at Stalingrad Volume3. Book Two December 1942 - Feburary 1943』で索引を引いてみると、2箇所にフェーゲライン戦闘団に関する記述があり、1つ目は12月31日頃の位置についてでした(P244)。


 ↓『A Victory Lost』(『激闘! マンシュタイン軍集団』の英語版)のVASSALマップから

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 1942年12月31日頃というのはリトルサターン作戦の終了時で、作戦の主攻勢軸を矢印で、その結果の戦線を破線で表しています。

 ドイツ軍の第385歩兵師団、第387歩兵師団、イタリア軍のアルピニ師団(山岳歩兵師団:△マークのユニット)の辺りはリトルサターン作戦の作戦地域からは外れており、そのままに残っていたんですが、ここにフェーゲライン戦闘団はいたそうです。他に、弱体化した第27装甲師団もこの辺りにいたとか。

 この辺りの戦線は私の最も興味のある場所で、個人的にはこの情報に正直興奮が隠せませんでした(^_^; この後この戦区ではソ連軍のオストロゴジスク=ロッソシ作戦が発動されてイタリア軍のアルピニ軍団が崩壊するのですが、『Case Blue』にはオストロゴジスク=ロッソシ作戦シナリオがないのは当たり前として(というか、この作戦を扱ったゲームは存在するのでしょうか?(>_<))、リトルサターン作戦シナリオも入ってないので(『Enemy at the Gates』には入っていたのに)、『Case Blue』でリトルサターン作戦のセットアップ情報を集めたい、死ぬまでに……というのが私の壮大な野望です(おい)。


 2つ目の場所は注釈で、こうありました。

 フェーゲライン戦闘団は、悪名高いSS将校であるヘルマン・フェーゲラインによって恐らく指揮されており、第27装甲師団に配属されていた。その主たる構成部隊は警察部隊であり、警察第2大隊、第3SS警察歩兵連隊、第15警察連隊などを含み、さらに小さな警察部隊も追加されていた。フェーゲライン戦闘団はどうやら、中央軍集団から第24装甲軍団へと移管されていたらしい。
『Endgame at Stalingrad Volume3. Book Two December 1942 - Feburary 1943』P637


 第27装甲師団はリトルサターン作戦開始時にはミレロヴォのちょっと北辺りにいるので、そこに置けばいいということでしょうかね。(._.)φ


 1943年5月からフェーゲラインはSS騎兵師団長となるらしいのですが、OCS的にそれ以降はカバーできないのでパスで(もしかしたら『Hube's Pocket』がカバーしているかもですが、持ってません(>_<) 『Third Winter』早く出して下さい)。

 フェーゲラインはその後も大量の虐殺行為をおこないつつ出世し、エヴァ・ブラウンの妹と結婚してヒトラーの義弟のような地位を獲得してやりたい放題しますが、第三帝国終焉の直前にヒトラーによって処刑されました。

 あの映画『ヒトラー ~最期の12日間~』にも出てくるそうで、探してみると以下のようなものが。


 ↓ヒムラー(髪型が変なメガネのおっさん(^_^;)と一緒に色々話しているのがフェーゲラインのようです。





 ↓ヒトラーがフェーゲラインを見つけて連れて来いと叫ぶシーン




 ↓フェーゲラインの処刑シーン





YouTubeで「fegelein」と検索してみると、欧米人が作ったらしいパロディ動画が大量にヒットします。日本では「総統閣下シリーズ」というのが一部で大人気でしたが、欧米では「フェーゲラインシリーズ」とでも言うべきものがあったとかなんでしょうか……?

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ゲームをしないウォーゲーマー……でしたが、最近はOCSだけはひたすらプレイしたり情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになりつつありますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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